其之25 じゃあ月賦で!
あまりの青天の霹靂ぶりに、わたしもすっかり動揺していたんだけれど。
そこには、さらなる驚きがまだまだ残っていて。
紫希は、ふう、と溜息をついた。
「ちなみに、我が御社が健在であれば――。『御二人のご婚礼は我が御社で』とお約束をしていたんだがね。まあ、彼女が無事、あのバンカラ小僧と婚約破棄しない限りは、どだい無理な話であったが」
「えええっ!?」
わたしはあんぐりした。
白無垢姿の夕紀子さんと、紋付き羽織袴の九鬼さんの神前式なんて。
それはものすごく見てみたいわ。
ただ、あの御社があんな状態では、ちょっと――。
わたしがしゅんとしていると、紫希はまた、半眼で呆れたように告げる。
「ついでに申せば、昨日、彼が紗江に出会ったのも偶然でない。彼は、夕紀子嬢にアヤカシが――というかサイカが接触したのを霊的な呪法で察知したので、あのような形で『探り』を入れてきたのだ」
(霊的な探り、って何!?)
確かに、夕紀子さんの、あの華ちりめんの名刺入れの裏側にあった【左三ツ巴】の紋は赤く光っていたけど。アレって、わたしの幻覚じゃなかったのね。
「はあ……」
でも、まさか、見るからにハイカラな欧風紳士である九鬼さんが、そんな陰陽師みたいな御業を習得されていて、それを使って探偵紛いのことをなさるだなんて。
わたしも戸惑わずにいられなかったけれど。
とりあえず、九鬼さんがものすごく夕紀子さんのことを愛していて、気にかけているということだけは伝わった。
まあ、ちょっと度が過ぎているというか、やんわり怖いけど。
しかして、九鬼さんもばつが悪かったのか、前髪を掻き上げ、ふう、と大きな溜息を1つ吐いた。アンニュイな感じが大人の男性の色香を醸し出している。
まもなく、九鬼さんは、ガタリと席を立つや、役員デスクの内線電話のところまで行き、店内の方に連絡を取った。
「……ああ。社長だ。……そう。アレをすぐに持ってきてくれ」
そんな指示を出してから内線を切ると、数分後には、さっきの売場店員さんが、あの銀のメモリアル・ペンダントを持って上がってきた。
それに合わせるように、紫希も、ボムッと、モガな美女の瑤子様に化ける。
だって、急に客人が別人になったら、あの店員さんも腰抜かしちゃうものね。
店員さんは九鬼さんに「どうぞ」とメモリアル・ペンダントを手渡すと、すぐにまた、売場へ戻っていった。
「佐久間に様子を見に行かせた時に、君が熱心にこれに興味を示していたと聞いたからね」
「佐久間さん、って?」
わたしが尋ねると、九鬼さんも頷く。
「私の秘書だよ。接客中の野村君のところへ声を掛けに行った」
「ああ! このお部屋までわたし達をご案内してくださった御方ですね」
「そう。それで。どうやら、私は君のお連れのご不興を買ってしまったようだからね。そのお詫びにこれを差し上げようと思い立ち――」
「ええっ!? そんなっ……。タダで戴けませんっ。こんな高級品っ――」
「しかし、必要なものでは?」
「まあ。確かに必要ですけど。でも、タダは駄目ですよ」
わたしも気後れしながら断る。
だって、神様の御使いが宿る場所だもの。
竹筒でさえ、「満月の光を一晩浴びさせる」とかいう条件がつくんだから。
自力で用意したものでないと、きっと、罰が当たっちゃうと思うの。
「せめて、月賦にするとか。とにかく、時間はかかると思いますけど。全額、きっかり、わたしに支払わせてください」
「……」
九鬼さんは意外そうに目を白黒させていたけれど。
まもなく、フッと柔和に、感心したように微笑んだ。
「なるほど。流石は、【彼】と縁を結んだだけのことはある。確かに、君のおっしゃる通りかもしれない。では、君のご希望通り、月賦にして差し上げるから。どうぞ、遠慮なく受け取ってくれたまえ」
「え」
「さあ。何回払いが良いかね? 私は君の懐事情を知らないから。君が一月に支払える額というのが、私には、よく分からない。君が望む額で承ろう」
「あ。えっと。そ、それでは……、月50銭くらいでもよろしいでしょうか?」
「ああ。そのぐらいか。女学生さんだものな。よろしい。では、24回払いでどうかね」
「本当ですかっ? それなら、なんとか――」
わたしも安堵して、ホクホクと答えた。
九鬼さんは、ペンダントをわたしに手渡してくれながら、にこやかに言う。
「まあ。【彼】が【野放し】のままは、よろしくないからね。もし、急遽、支払いに遅れが生じそうなら、都度、この蘇芳屋に一報入れてくれたまえ。君の都合に合わせて、こちらも対応するゆえ」
「!」
わたしは何にも使い道を話してないのに、九鬼さんは理解しているらしかった。
(霊能力者だから? それとも、このおキツネ様のお知り合いだからかしら??)
いざ受け取ってみると、それは、石飾り付きメモリアル・ペンダントだった。
(あの中で1番高級そうに見えたヤツ!?)
正直言うと、わたしは、あの数種類あった中で、それが1番素敵だと思っていた。でも、1番お高そうだったから「どうしよう」って考えちゃって。
嬉しい反面、「あの月賦の回数で良かったのかしら?」って、ちょっと不安になる。わたしの見立てでは、この石飾りのは、さっき承知していただいた額より、もう少しお高い気がするんだけど。
とはいえ――。
「うわぁ。ホント綺麗! 水晶はわかるんですけど、こっちの石は……?」
そこには、水晶と何か白い宝石が象嵌されていた。
九鬼さんは明朗に解説する。
「月長石さ。古来より、西洋では、月の霊力を秘めた神聖なる石とされていてね。実に浄化の力が強い石だ。人々はソレに豊穣の祈りも込めたりね」
「そうなんですかっ!? すごいっ! お稲荷様にピッタリ!!」
「ああ。まったくだ。ゆえに、君もそのペンダントに惹かれたのだろう」
九鬼さんも満足そうに頷いた。
「狐上君のことは任せたよ。おそらく君だけが頼りの綱だ」
「はあ。なんだか、よく分かりませんけど。ありがとうございます! わたしも何か御力になりたいとは考えているので。とりあえず、頑張りますね!!」
そんなわたし達の商談(?)も、瑤子様は無言のまま、見守っていた。
そうして、わたし達は、九鬼さんに丁寧にご挨拶した後、蘇芳屋を後にしたのだった。
<執筆後記>
ようやくおキツネ様専用の「クダ」を手に入れた紗江ですが。
この先、2人の関係性にも変化が――(!?)
次回は、再び、あのご令嬢の出番です。




