其之19 おキツネ様と子爵令嬢 〔夕紀子サイド〕
<ご挨拶>
初めての方も、いつもの方も、ありがとうございます!
今回は、あの「いわくつき令嬢」夕紀子サイドのお話です。
これまで、「1人称地の文は主人公に限定した方が分かりやすいかな?」と。
頑張って紗江サイド・オンリーで続けていたんですが。
エピソード的に「これは難しいな」ということで。
語り手が交代してますが、時系列的には前回の続きです。
>>> -*-*-*- 〔夕紀子サイド〕 -*-*-*- >>>
わたくしは、あの純朴でお可愛らしいお若い女給さんの背を見送った後、そのカップに残った最後のカフェオレを飲み干しました。
しかして、この香ばしい焙煎の馨りをミルクが優しく包み込むかの如く、彼女は、その慈母のようなおおらかな心で、今にも地獄の底から噴き出してきそうな禍々しき【何か】を穏やかに抱えている気がいたしました。
そう、あれは、まるで――。
かの遥か遠き異国、希臘の神話に語られる、【パンドーラーの箱】のような。
だって、わたくしには、そういう人ならざるものの気配が視えますから。
その稀有なる能力の所為で、歴代の婚約者らには、どうにも煙たがられ、散々浮気された挙句、婚約破棄されること数知れず。それも98回。とかく凶事累々。
そうした奇異なる噂が、さらなる悪評を招いて、
「神宮寺夕紀子は『不吉な女』『呪われた女』だ」――と。
理不尽に腐してくる輩に、わたくしどころか、我が子爵家まで罵られたのは、まったくもって、怒り心頭以外の何物でもなかったのですが――。
しかしながら、いずれの婚約者も、わたくしにとっては、ただの通りすがりの端男に過ぎず。さして思い入れもない相手ばかりでしたから、それらとの御縁があろうがなかろうが、もはや、どうでも良かったのですけれど。
(ああ……庚興さん! 幼い頃より、ずっと恋い焦がれていた貴男にようやく巡り逢えたのに。わたくしは、どうして、あんな品性の欠片もないハリボテのような豪太さんとご婚礼を挙げなければならないのかしら)
瞼を伏せ、一息ついたところ、頓に、ふうっと生温かい風を感じました。
これに、わたくしは、「来た」と。
何故か、そんな気がいたしました。
すると――。
「――やはり、貴女は鋭い御方のようだ。あの時、貴女にお会い出来て、ほんに良うございました」
どこか妖艶な響きを持つ低い声音が、わたくしの耳に届いたのです。
ハッとして、面を上げると、いつの間にか、目の前のソファー、つまりは、今しがたまで紗江さんが座っていた――その場所に。
見知らぬ白い狩衣姿の殿方が座していました。
それも、きっと、只の殿方でない。
その狩衣には、見覚えのある神紋が。
足元まで長い白銀の御髪に、雪のように白い肌、琥珀の瞳を持つ。
青白き後光さす、この世のものとは思えぬ美麗なる殿方。
そして、彼には、その髪と同じ色、同じ毛質の、狐の耳と尾が生えていた。
その狐尾も、傍目には1つであるのに、どうやら、本当は9つあるようで。
「――ッ!」
わたくしは目を剥きました。
「九尾の狐」といえば、えてして「美女に化けるもの」で。
古代中国の殷の紂王の寵姫・妲己は、傾国の美女にして、原初の女神が遣わした千年狐狸精であったとの伝説は有名ですし。
我が国、日本の平安の世でも、玉藻前という、時の帝の寵姫がそうであった、との伝説も残ります。
ですが、大陸の伝承における、「天狐」という狐精もまた、九尾の狐であって。こちらは天帝に仕えるものとされている。
そのうえ、狐は、とかく変化の術が得意なアヤカシですから。たまたま伝承には「女」ばかりが語られていても、必ずしも「男」になれない訳ではない。
そうして、なにより、わたくしには、この気配に確信があったのです。
これは、紛れもなく、あの日、蜃気楼のように白日の下に現れた幻の社務所にて、神職として、わたくしにあの「良縁成就守り」を授与してくれた御仁――。
「まさか……貴方っ、あの御社の――ッ」
彼は、小さくクスと口元を綻ばせるだけで、まなざし涼しく、いったい何を考えているのか分かりませんでした。
果たして、わたくしも、慌ててキョロキョロと辺りを確認しました。
だって、こんな異形のものが、多くの人々が和やかに集う憩いの場に這入り込んでいるんですもの。きっと、大騒ぎになるはず――。
すると、狐耳狐尾の御仁は、どこからか扇子を出して、御顔の下半分を隠し、その黄金と見紛う双眸のみ覗かせたまま、クククと笑っていました。
「視えておりませんよ。貴女以外には。それは、貴女が一番ご存知のはずでは?」
「それは……っ」
彼は、わたくしが霊視眼を持っていることを悟っているようでした。
とはいえ、わたくしは、あの御社でのご祈願の際にも、それを心に思ったことはありません。
しかし、彼は、まったく飄々として、話を続けます。
「さあらばこそ、貴女は、無事、素晴らしき御縁に恵まれたようで何より。また、その折には、我が御社まで、きちんとご報告に御足をお運びくださって、まことにありがとうございました。私も貴女にアレを授与した甲斐があったと、なんとも感無量でした」
「その件につきましては、わたくしこそ、御礼申し上げますわ」
少しきまり悪くなりながら、わたくしはそっぽ向きました。
けれど――。
「……貴方、大丈夫ですの?」
まもなく、わたくしは、彼へ、怪訝な眼を向けました。
きっと、いくらか牽制したかったのです。
これに狐耳狐尾の御仁は、眉をピクと動かしました。
しかし、
「大丈夫、とは――?」
などと、彼は、すっとぼけた風に訊き返してきました。
にもかかわらず、その振る舞いは雅なままなので、これは明らかにこちらを侮っている、と。わたくしも、いささかカチンときてしまいました。
「貴方のご気配。以前より、やや悪しき色に染まっているようなのですが」
「それはそうでしょう。私は、いまや【御社持たず】ですよ? かような状態で、まともに【陽】の神気を保てるとお思いとでも??」
「では、貴方、今、紗江さんに取り憑いてらっしゃるの?」
「ほ! それはまた。随分とあからさまに」
驚いたように、狐耳狐尾の御仁は目を丸くされますけれど。
それは何もかも嘘くさく見えました。
「紗江さんの御体に、彼女のものとは明らかに異なる【流れ】が視えますの。それは、彼女生来の溌溂とした【氣】で中和されているようですが、ややもすると、彼女もその【流れ】に取り込まれかねない……」
「フフ。まあ、否定はできませんけれどね。されど、彼女なら。きっと、耐えられるでしょう」
「なぜ、そう言い切れますの?」
「――何故?」
狐耳狐尾の御仁は、わたくしの言葉を復唱すると、まもなく、不敵に眼を細ませました。
「さあ? 何故でしょう。私が彼女の【シキ】だからでしょうか」
「シキ……??」
わたくしには、この御方が、どういうつもりで、こちらに現れているのか分かりませんでした。
なぜなら、彼は、もはや、神使でない。
むしろ、かつての祟り神というか。
どうにも、恐ろしき物怪の様相に近づいていましたから。
(……祀られた御社を失くしたから? それとも、祟らずにいられない【何か】が既に――)
ここで問いただすこともできたかもしれませんが。
ただ、おそらく、この御方はまともに答えてはくださらないでしょう。
そんなわたくしの心を見透かしたように、狐耳狐尾の御仁も、悠然と開いた扇子でパタパタと、涼やかな御顔で知らぬ存ぜぬを決め込みます。
「ゆえに、夕紀子嬢。どうぞ、紗江に手を差し伸べてあげてください。彼女だけで、アレに立ち向かうのは、如何せん、危うい。それが廻り回って貴女のためにもなりますから」
「ですから、おっしゃっている意味が分かりません」
「――【縁切り】」
狐耳狐尾の御仁は、妖しくも嗤いました。
「なさりたいのでしょう? あの不届きなご婚約者殿と」
「……!!」
わたくしは、額に脂汗滲ませ、身じろぎしかけました。
かたや、狐耳狐尾の御仁は、
「なれど、今の私だけでは、おそらくお手伝いして差し上げられない」
などと、やや小芝居めいて、よよよと。
袖元で顔隠し、大仰としなだれる風に、さも悲しげに告げます。
「さあらば、紗江のように純真無垢で闊達なる処女こそ、左様な明るき道を拓けることもある。99回も敗け続けて、ようやく【彼】を見つけた貴女なら、そのご苦労、よくお分かりのはず――」
弱々しく見せながら、なかなかの毒を吐く彼に、わたくしも腹が立ちました。
「まだ98回ですわ。勝手に1つ足さないでちょうだい」
「ですが、いずれ破談させたいのでしょう? ならば、結局、同じことではございませんか。100回目にて、ご成就など。まったく、とんだお百度参りをされたものです。さればこそ、叶った暁は縁起が良い」
「……!」
わたくしは絶句しました。
しかして、ほどなく――。
「お待たせいたしました」
「ああっ、お嬢様」
紗江さんがタツを連れて戻って来ました。
「ご無理はなさらないでくださいましね。夕紀子お嬢様。このタツは、何がございましても、お嬢様のお味方ですゆえ」
心配そうにタツがわたくしの顔を覗き込んできます。
また、傍らで紗江さんがニコニコと無垢な笑顔で見守ってくれているのに、わたくしは奇妙な安堵感を覚えました。
なんだか、彼女が微笑んでいると、無条件に「何の憂いもない」と保証してくれているみたいで。
けれども――。
あの狐耳狐尾の御仁は、もう、そこにいませんでした。
2人がやって来るのと交代に、なんと、忽然と掻き消えていたのです。
ただ、穏やかな紗江さんの胸の辺りに、その「彼」と同じ気配が――。
わたくしは、何か少し察した気がいたしました。
そうして、わたくしは、速やかに席から立ち上がり、
「ありがとう、タツ」
と、我が忠実な侍女に微笑みかけた後、スッと紗江さんに手を差し出しました。
「神谷紗江さん。今更だけれど。あなた、わたくしの――神宮寺夕紀子のご友人になってくださらないかしら?」
「え?」
紗江さんは、目を白黒させて、一旦は戸惑っていましたけれど。
まもなく、面映ゆそうに柔和な表情となり、
「はい! 喜んでっ。こちらこそ、よろしくお願いいたします!!」
――と。
わたくし達は、固く握手をしたのでした。
<執筆後記>
やっぱり、クールで視える夕紀子だと、おキツネ様もダーク味増しますね。
ここで、一応、告知をば。
既にお読みの方もあると思いますが。
夕紀子の御守りのくだりについては、こちらの短編連作をご参照。
☆短編『いわくつき令嬢は連敗中』
運命の出逢い編(ユキコ視点)
【https://ncode.syosetu.com/n2941mq/】
☆短編『ヤンデレハイカラ紳士は、いわくつき令嬢を愛でたくて仕方がない』
御礼参り編(ミツオキ視点)
【https://ncode.syosetu.com/n6593mq/】
※どちらも独立した話なので、未読でも分かる仕様にしてますが。
読まれた方が、この連載も倍楽しめるかもしれません。
さてさて。
次回からは、また紗江サイドのお話に戻ります。
暗いお話が続いたので、お次は、ちょこっとゆる~く息抜きな感じで。




