其之18 理不尽な世の中
わたしは、しばらく放心してしまっていた。
だって、このお話通りなら、「あのヒト」は、そういう壮絶な過去に見舞われたんだってことで。
聞けば聞くほどに、胸が苦しくなって。
わたしは、知らず知らず、涙がぽろりと流れた。
それに夕紀子さんはハッとして。
「貴女は、とても感受性が豊かな女の子なのね」
と、痛々しげに微笑んでくれた。
それに、わたしも、ますます、ぼろぼろ涙が止まらなくなって。
「ゆ……夕紀子さんは、どちらで、そのお話を?」
「あの御社の敬虔な氏子だったお婆様に教えていただいたのよ。そのお狐様をお祀りした若者夫妻の子孫だという御方にね」
「……! 子孫の御方がいらっしゃったんですかっ!?」
「ええ。だけれど、そのお婆様は、たいそうご高齢の御方でね。旦那さんは若くして脳溢血で亡くなり、ご子息夫妻も不慮の事故で亡くなり、唯一のお身内だったお孫さんも、日清戦争で出征して戦死なさっていたそうなの」
良いお話かと思えば、悲しいお話だった。
わたしは胸がしんみりする。
夕紀子さんも憐憫に満ちた様子でうつむいていた。
「だから、あのお婆様は、毎日、あの御社に参拝して、亡くなった方々を偲んでいたのでしょうね。けれども、あの御社がなくなった後、そのお婆様もどうやら、ぽっくりと逝かれたご様子で」
「ええっ!? そのお婆さんまでお亡くなりになってしまったんですかっ??」
わたしがギョッと目を剥くと、夕紀子さんもやるせない様子で頷いた。
「お知り合いの御方に伺ったお話だと、『天寿を全うした』とのことだったけれど。わたくしが思うに、唯一の御心の支えだった御社が無くなってしまって、ご自身もすっかり生きる気力を失くされてしまったのではないかしら」
そう一言、「無」だった夕紀子さんの顔も雨降らしたようになって、その瞳も潤む。わたしも、さらに、もらい泣きしてしまった。
「そんな……! それはそれで、切なすぎます!!」
見ず知らずの人だけど。
ただ真面目に襟正しく生きてきた人ばかりが割を食う。
ほんの一部の身勝手な人々のために、或る日、突然、ずっと大切にしていたものが理不尽に奪われて、しまいには絶望を味わわされるなんて。
(そういう罰当たりなことをする人にこそ、天罰が下って、破滅してしまえば良いんだわ!)
って、ついつい考えてしまう。(不謹慎かもしれないけれど)
だからこそ、わたしは、やっぱり、あの悪徳成金子息を許せなくて。
わたし自身はもちろん、つらい思いをしている「あのヒト」のためにも。
とりあえず、今、わたしに出来ることを一生懸命がんばれば、わたし達だけじゃなく、この婚約を破棄したがってる夕紀子さんのためにもなるんじゃないかしら。
「そのような訳で」
夕紀子さんは、ふう、と溜息をついた。
「この御守りの【御名】の消失と、あの御社の悲惨な有様とを受けて、わたくしも、その因果関係に思うところがあったから、度々、あの御社をお訪ねしていたのよ。そこへ行ったところで明確な答えが出る訳ではなかったけれど。どうにも、居ても立ってもいられなくてね」
「分かります、それ! わたしが夕紀子さんでも、きっと同じことをしたと思います!!」
「ふふ。ありがとう。そんな事おっしゃってくださるのは、タツのほかには、あなたが3人目よ。お兄様など、一見、わたくしの味方のようでいらっしゃっても、最後は、お父様の言いなりになってしまうもの」
(3人目……? それって、夕紀子さんがお慕いする殿方も入っているのかしら??)
考えるや、わたしは、こんな素敵なお嬢様である夕紀子さんが想いを寄せる御方がどんな男性なのか、ものすごく気になった。
とはいえ、豪太との婚約の成立の方が先だということは、夕紀子さんがその御方に出会ったのは、それより後になるし。
馴れ初めとか、どうだったんだろう、と。
しかして、夕紀子さんは、また1つ、ふう、と大きな溜息をつく。
「本当にね。なんとも、せちがらい事ばかりというか。あの御社近辺に住んでらっしゃる御方でさえ、『そこへお参りすると祟りをもらって、大変な病になるよ』と忠告してくるんですもの。わたくしが御守りを戴いた時には、そんな惨状ではなかったはずなのに。あのお亡くなりになったお婆様が唯一の氏子だったのかと思い知らされると、なんだか悲しくなってしまってね」
(信者の減少……。それは、きっと豪太が流した酷い噂の所為ね)
わたしは見ていないけど。
当事者である「あのヒト」がそう激怒していたし。
ただ、夕紀子さんは豪太の許婚だから、それについては、なんとなく言えなかった。
いくら夕紀子さんが婚約破棄したいと考えていても、それは彼女の一存で出来ることではなさそうだし。確実に破棄できる材料が揃うまでは、黙っていた方が良いかもしれない、――と。
だって、夕紀子さんは、物静かに見えても、そういう方面では毅然とされる方で、だからこそ、出る杭打たれる傾向が多そうに映ったから。
夕紀子さんは沈鬱な顔のままでつぶやく。
「それで、昨日の胸騒ぎも捨て置けなかったのよ」
「え」
「なんだか、この御守りのお導きみたいでね――」
「……!」
「そう。なぜか、あの時、わたくしは、一刻も早く、『酉田屋へ行かなければならない』と。そんな気がしたの」
(……もしかして。宿主の操が危ないと思って、琥狐が夕紀子さんを呼び寄せてくれたのかしら?)
だって、豪太の許婚である夕紀子さんが間に入ったなら。
酉田屋ひいては坪井家の面目丸潰れになるから、あんな悪巧み、取り止めるしかないもの。
わたしは、今すぐ琥狐本人に確かめたい気もしたけれど、目の前には夕紀子さんがいるから、どうにも訊くことができなかった。
かたや、夕紀子さんは、サッと御守りを元のようにしまい込んでいた。
すると、わたしは、ふと、その華ちりめんの名刺入れ(?)の裏側に、実は【左三ツ巴】の家紋が入っていたことに、気がついた。
(……神宮寺家の家紋なのかしら?)
その家紋がどことなくぼんやり赤く光って視えた気がしたのは、わたしの錯覚かもしれないけれど。
「それに、貴女は、ずいぶんとおかしなものを抱えてらっしゃるようだから。先日お会いしてからというものの、どうしても気になってしまって。一度、お話ししてみたくなったのよ」
「――はい? あの。それってどういう……??」
わたしが首を傾げると、夕紀子さんは、わたしの顔から胸辺りまでを、じいっと順に見た。
「いいえ。何でもないわ」
夕紀子さんは、クス、と口端を釣り上げて言う。
「それより、貴女もそろそろお仕事に戻ってちょうだい。わたくしも本日はこれでお暇するから。なので、申し訳ないのだけれど。わたくしの侍女・タツを呼んで来てくださらないかしら?」
「あ。はい」
つられるように、わたしも頷いてしまう。
わたしは、そのまま、ガタリと席を立って、タツさんを呼びに行ったのだった。
<執筆後記>
できれば、この世は「性善説」がスタンダードな世であってほしいですが。
現実には、やっぱり「性悪説」が当てはまるケースが結構あるんですよね。
そして、後者の方が声が大きいことが多いので、そちらが幅を利かせて、みんな流言に乗せられて、正しい方が間違いだと言われてしまう。
本当に悲しいことです。
きちんと調べれば、どちらが正しいのか、一目瞭然なのに。
次回は、ちょっぴりオカルト風味です。




