其之17 むかしがたり
<ご挨拶>
初めての方も、いつもの方も、ありがとうございます!
本作の舞台は、実在の地名も歴史ネタも入り混じる、ガッツリ日本なのですが。
ストーリー進行とともに、どんどんファンタジー密度が上がってしまったので、ふと「これは現実恋愛で良いのか?」なんて気になってみたり。
そもそも、恋愛一辺倒でもないので、作者自身、何ジャンルなのか迷いつつも頑張って書いております。
「あの御社は」
夕紀子さんはぽつりとつぶやく。
「ご祭神は、全国の稲荷社と同様に、宇迦之御魂神様なのだそうだけれど。あそこにあの御社が建てられた由縁は別にあるそうで。その昔、あの辺りには、小さな農村があって、付近に酷くイタズラ好きな狐の妖怪が住んでいたのよ」
「狐の妖怪……!」
途端に、わたしはドキリとした。
だって、現在の「あのヒト」は、「神の御使い」でなく「妖狐」だから。
「その妖狐を疎んじていた村人らは、顔見知りのとある力自慢の野伏に、『あの狐をなんとかしてくれ』と頼み込んだらしいの。その野伏は、かつて没落名家に仕えていた落ち武者で。他の山賊のような武士崩れと一緒くたにされたくないとの矜持を持った節度守る人だったから」
わたしには、落ち武者と武士崩れの違いがいまいち分からなかったけれど。
ただ、「武士」がいるなら、少なくとも、50年以上は昔。
さらには、「落ち武者」ということで、合戦とかたくさんあった時代まで遡るなら、200年は優に超えると思う。
なにより、あの御神木だって、樹齢300年くらいだったし。
「とはいえ、その妖狐は、実に狡猾でね。いつも、追い詰めたと思ったところで逃げられる。だから、野伏は、その奸智を逆手に罠を仕掛けて、まんまと妖狐を捕まえたそうなの」
言われ、わたしは、心なしかガガンとなった。
「ええっ。捕まっちゃったんですかっ!?」
「あら。なんで残念がるの」
「あ。いえ。その――」
「まあ、いいわ」
そんな雑談も交じえながら。
夕紀子さんは表情を変えずに話を続けた。
「そこで、野伏は、妖狐に『二度と悪さはしません』と約束させて、どこか人里離れた遠くの山に帰せば良かったのに。結局、その野伏は、妖狐を殺してしまった」
「――!」
「なぜなら、彼は、その妖狐の素晴らしい白銀の毛並みに魅せられてしまった。一目見るなり、それを我が物としたくなったのよ。ただの獣ではない。他でもない大妖怪の毛皮なら、それを討ち獲ったという稀有な武功の証となる。しかも、この世に二つとないほど美しい。さぞや、魔性の毛皮は、彼の自尊心と優越感を刺激したのでしょうね。野伏は、妖狐を殺し、その白銀の毛皮を剥いだ。不要になった肉と骨は、その辺の路傍に打ち捨てた」
「酷い……!!」
「けれど、やがて、妖狐の死体を打ち捨てた一帯は、不毛の大地になってしまった」
「えっ」
「それどころか、妖狐を殺した野伏とその一族は、度重なる不運に見舞われて。次々、命を落としたのよ。果ては、一族郎党、御家断絶になって。野伏に妖狐退治を依頼した者等の村でも、原因不明の疫病が流行るようになり、田畑に作物も実らなくなった。ついぞ、雨まで降らなくなって、井戸の水まで枯れてしまった」
「それって、もしかして、殺された妖狐の祟り――」
「おそらくね。ただ、あまりに酷い有様なので、人々は、それを祟りではなく『災禍』と呼んだ。言霊は力を持つから。『祟り』と呼べば、外面的にもよろしくないし、もっと酷くなると思って、きっと、天災に偽装しようとしたのね」
「だからって、偽装って。それは、ちょっとズルくないですか? だって、身から出た錆なのに、自分達は被害者だって振る舞うんでしょう?」
「それでも小賢しい人間はそうするのよ。それが、案外、世渡り上手だと受け取られ、称賛されることもあるから。そして、或る日、祟りの噂を聞きつけた高名な僧侶が現れて、それを祓おうとしたのだけれど。その怨念凄まじく、僧侶は逆に取り殺される羽目になってしまった。村人らもまた、次々と亡くなっていった。けれど、そんな村人の中にも、ただ1人だけ、善良な人があった」
「善良な人??」
「ええ。実は、野伏が妖狐を捕まえた時、その荷物持ちをしていた若者がいたのだけど。その人だけは、妖狐を殺すことを反対した。なぜなら、その人は、昔、その妖狐に助けられたことがあったから」
「――妖狐に助けられた?」
「彼は、子供の頃、病弱な母親のために薬草を取りに山へ入ったことがあって。けれど、彼は、うっかり崖から落ちて、大怪我をしてしまった。それを通りがかった妖狐がたまたま助けた。妖狐は、イタズラ好きではあったけれど、清らかな心根の者を好んでいたから。気まぐれでそういった者に手を差し伸べることもあったみたいで」
「清らかな心根の――」
そういえば、「あのヒト」は、わたしによく「穢れをつけるな」って言う。
それは、元が神使だからかな、と思ったのだけれど。
もしかしたら、最初から、そういう性質を持ち合わせていたのかもしれない。
「妖狐は、善良な少年の怪我を治し、彼が必要とする薬草の在処を教えてくれた。もちろん、安全な家までの帰り道も。おかげで、少年の母も病床から回復して、家事どころか、野良仕事もできるくらいに健康になった。彼は、大人になるまで、その御恩を忘れずにいた」
「すごい……。そんな長い間……」
「けれど、そんな彼も、たった1人では、欲望に駆られた強者達の暴走は止められなかった。野伏どころか村人からも反感を買って、若者は村八分にされ、日々の暮らしもどんどん困窮していった。ただ、彼は、村に疫病が広がり始めた頃には、既に身一つでも生きられるよう、村外れの山野辺に居を移していた。それがゆえに、その難から逃れたともいえるけれど」
「フクザツですね。仲間外れにされるのは悲しいけれど。命には換えられないし」
「本当ね。そうして、その善良な彼には、愛する女がいたの。庄屋の娘で、彼女だけは、いつも酷い目に遭っていた彼の味方になってくれていた。だけれど、彼女は、庄屋のご贔屓の商人の息子と結婚させられそうになっていた」
「それは流石に……! あんまりにも踏んだり蹴ったりじゃないですか」
「わたくしもそう思うわ。とはいえ、村は、疫病、飢饉、旱魃と、まったく災難続きで、とても婚礼など挙げられる状態ではなかったから。その話もずっと止まっていたそうなのよ」
「ああ。良かった! いえ、中には祟りに直接関係ない村人もいたでしょうし、その善良な人も、村八分のままだから、良くはないですけど」
そう、わたしが率直な感想を述べると、夕紀子さんも苦笑した。
たぶん、夕紀子さんも、わたしと同じ感想を持っていたのかもしれない。
「そうしたら、或る時、その善良な若者の前に、1人の不思議な行者が現れてね。その行者は彼に告げたのだそうよ。『あの狐の毛皮と骨とを一所にお祀りして、その怒りを鎮めてくれるよう、お祈りしなさい』と」
「じゃあ、もしかして、あの御社は――」
「ええ。その『災禍』を鎮めるために、死した妖狐を祀り、その名を『彩迦』へと改めた。それこそが、あの【彩迦稲荷大明神】」
わたしは目を見開いた。
そして、少し不安になる。
だって。「災禍」が「彩迦」になった――ということは。
つまり、裏を返せば、ソレの逆転もあり得るということで――。
だからこそ、「あのヒト」は「神格」の喪失から、これ以上「怨霊化」が進行しないよう、その「名」を消さざるを得なかったのでは? なんて。
字は違っても、その「響き」は同じだから。
「そうして、あの若者に助言した行者こそが、実は稲荷神の化身だったとも云われているの。だから、あの御社の場合、『妖狐そのものが神になった』というよりは、『改心した妖狐が天狐に昇格し、稲荷神の御使いになった』ということらしいわね。妖狐側にも、人間に討たれる理由が幾らかあったから」
「そうなんですか……」
考えてみれば、初めて会った時から、「あのヒト」は、「私は神ではない。神使だ」って何度も主張していた。
稲荷神のおかげで、崇められることになったから、主祭神に敬愛と恩義を感じて、神の眷属として下った、ってことなのかもしれない。
「ちなみに、妖狐をお祀りした若者は、最後は、村人達から救世主として称賛されて、無事、愛する恋人と結ばれたそうよ。庄屋の娘は、村が大変なことになっても無事だったけれど、その許婚だった商人の息子は、疫病で亡くなったそうだから」
そうして、夕紀子さんは穏やかに語りを終えた。
<執筆後記>
今回は、まるっと昔話回になってしまいました。
いろいろ設定を詰めていった結果、ホラーというか、ダーク味増してきてしまって。最初は、ほっこりお悩み解決ものを目指してたはずなんですけどねえ……。
日本全国・世界各国で起こった酷い災害の報道もですけど、被災地での火事場泥棒や詐欺被害なんて報道まで出てきてしまって。そういったものは本当にお気の毒というか、身に沁みるように胸が痛みます。
当方でも、かねてから危惧していた不穏な予感が的中したかも(?)とか。
最近、気が滅入ることが多いから、こうなってしまったんでしょうか……。
申し訳ありません。
なんだか、少し愚痴みたいなコメントになってしまいましたね。
次回も、舞台はこのままで。
この紗江と夕紀子の対面は、もう少し続きます。




