其之20 ほんわかなゆうべ(めをとぜんざい・前編)
その日、女給仕事を終えたわたしは、慌てて近所の米穀屋さんに駆け込んだ。
だって、昨日、琥狐が「お餅入りぜんざいを食べたい」と言ったから。
家に小豆とお餅は無かったから、「急いで買わなくちゃ」って。
けれど、時間が時間だし、そんな一般客向けに、いつでも販売しているものでもなくって。
そうしたら、たまたま通りがかった偉丈夫の欧風紳士さんが、わたしに声を掛けてくれた。その人は、日本橋で商いをやっている御方らしく――。
どうやら、ちょうど、仕事関係の商談だか接待だかが、近くであったそうだ。
わたしの事情を聴いた後、その人は気の毒に思ってくれて。
なんと、お知り合いの甘味処に掛け合ってくれた、っていう。
そうして、わたしは、その甘味処さんから、ちょうど1人分のぜんざいを作れるだけの「小豆とお餅と砂糖」を分けてもらえた。
それも、欧風紳士さんの口利きによる格安価格で。
その欧風紳士さんは、別れ際に、わたしに名刺をくれたのだけど。
日が暮れかかっていたから、なんだか向こうも急いでいて。
わたしもろくに確認しないまま、
「ありがとうございました。それでは、さようなら」
と、簡単に挨拶するだけで、その人と別れてしまった。
わたしは、下宿先に帰るや、まずすべき日課を全部終えた上で、順番通りお風呂も済ませた。後は歯を磨いて寝るだけなんだけど。
その前に、火鉢に鉄鍋を掛けて、クツクツと小豆を焚いていた。
「でも、今日はツイてたよね。あんなに親切な御方に助けてもらえるだなんて」
わたしが嬉々とすると、琥狐は三尾の白狐らしからぬ人間くさい溜息をついた。
「マッタク、君ハ呑気ダナ。マサカ、あれヲ偶然ト思うトハ……」
「え? 何なにっ!? ごめんっ! 今の、煮炊きの音で聞き取れなかった!」
「イヤ……。何デモナイ」
「……? はあ……??」
わたしは首を傾げながら、鍋の頃合いを見て、砂糖を入れる。
お餅は、パチパチと、網を掛けた七輪の上で焼いている。
琥狐が「餅は稲霊。ゆえに丸餅が良い」と言ったけど。
関東は角餅の方が主流だから、仕方なく角餅だ。
火鉢と七輪、両方並べて、交互に火加減みるのは、なかなか骨が折れるけど。
なので、今回は、火事の懸念から、流石に部屋では調理できない、と。
離れにもある土間で煮炊き作業をしている。
部屋より隙間風が入ってくるけど、現在がまだ夏で良かったと思う。
土間なんて、冬だったら絶対寒いに違いないから。
そうはいっても、そのうち、良い感じに蒸らしたお豆の香りも立ってきて。
木杓子で、もったり混ぜて潰れたお豆と砂糖が織り成す甘い匂いには、食欲がそそられた。
網焼きのお餅もこんがりと香ばしい焼き色だ。
角餅は、元の形のままでなく、焼く前に包丁で4等分に切ってある。小さな琥狐でも食べやすいように、って、最初は思ったものの――。
「それより、本当にいいの? このおぜんざい、あなたのために作ったんだけど」
わたしは琥狐に尋ねる。
わたし同様、ほわぁっと鍋から広がる湯気と香りに、小さな鼻をヒクヒクさせていた琥狐は、大きな三角耳をピクンッと動かした。
「イイヤ。半分ニシロ」
そう。実のところ、わたしは、このどうにか手に入れた1人分のぜんざいを、全部、琥狐に食べさせてあげるつもりだったんだけど。
「ソモソモ、君ガ作ッタノニ、君ガ食セナイノハ、馬鹿ラシクナイカ?」
フンと琥狐は怒ったように、わたしの厚意を却下する。
「ちょっと! そんな身も蓋もないこと言わないでください!! それじゃ、なんか、わたし、いじましい人みたいっ……」
「イジマシイ事ナドアルカ。君ニハ、ソノ権利ガアル。足リヌナラ、分カチ合エバ良イ。タダ、ソレダケノコト」
琥狐の発言はもっともだった。
わたしだって、ぜんざいを食べられるのは嬉しいけれど。
しかして、そんな言い合いをしていると、沸騰したぜんざいが、ボコボコと吹きこぼれそうになって慌てた。
急いで、赤々と燃えていた炭火に灰を掛け、消火する。
「危ない、危ない……。ガスより火力が弱いと思って、油断しちゃった」
わたしは、出来上がったぜんざいを器によそう。
琥狐の分はやや深めのお皿に、自分の分はお椀に。
琥狐はぜんざいだけで良かったらしいけど、一応、清水も盃に注いで添えた。わたしは箸休めが欲しかったから、自分には煎茶と塩昆布も用意した。
もちろん、実食するのは、部屋の方で。
半分コしたぜんざいを運んでいると、琥狐もちょこちょこと後からついてくる。
こういうの、なんか普通にワンコ飼ってるみたいで、すごくカワイイ。
そうして、配膳が完了すると、わたしと琥狐は向かい合って座る。
正座するわたしには箱膳が必要だったけど、お座敷犬な大きさの琥狐には、お盆に載せた状態がぴったりだった。
「いただきます」
わたしは手を合わせて、琥狐はペコと一礼する感じで食前の挨拶を済ませて、ぜんざいを食べる。
「うん。お砂糖バッチリ! ああ~。あったかくて沁みるぅ~っ」
作ってる間に、わたしの身体もすっかり湯冷めしちゃってたから。
ズズと啜る、豆々しい甘いお汁に、すごく満たされた感じがした。
「やっぱり汁物だと餡子として食べるより、ちょっとほっとするよね~っ」
「……」
久々のぜんざいに浮かれるわたしと異なり、琥狐は無言でカフカフ食べていた。小さい頭がぴこぴこ動く様は、キュンときちゃうけど、せめて何か一言欲しい。
それとも、わたし基準の味付けはイマイチだったのかしら?
「ね、ねえ……。お味、どう? お口に合う??」
「……」
やっぱり琥狐は返事をしないまま、ぜんざいを食べ続けていた。
ただ、お餅を食べる段になって、牙にねちょねちょくっつくのと、喉に詰まらせないよう飲み込むのに、ものすごい悪戦苦闘してるっていうか。割に大変そう。
お餅は、網で焼く都合上、小さく切れなかったから、そこだけは申し訳ない。
だから、そんな仕草もいじらしくて、眺めるだけで目端が緩んじゃうんだけど。
とにかくツレないのだけは寂しすぎる。
(なんか、わたし1人だけで、はしゃいでるみたい……)
わたしは、しょぼんとしながら、モソモソお餅を食べて、ズズッとほどよく煮崩れた小豆を啜った。とはいえ、やっぱり甘いものを食べると元気になるのは変わらなくて。しまいには、「ま、いっか」と流す。
そして、ぜんざいは半分コしたから、量的には、あっという間になくなっちゃったけど。お豆もお餅も腹持ちが良いから、これはこれで、結構いい塩梅のオヤツになったかもしれない。
(でも、就寝前にこんなの食べると、太っちゃうかしら?)
なんて、罪悪感もちょっこしあったりして。
琥狐は終始無言のまま、ぺろりとぜんざいを平らげて。
わたしは最後はお茶で締めた。
「ごちそうさまでした」
また手を合わせると、ほどなく、わたしは食器も調理器具も速やかに片づけた。
<執筆後記>
今回は完全に古民家スローライフなテイストです。
いえ、さらっと流しても良かったんですが。
前回までが、少々ヘビーな方向へ傾いていたので。
ところで、「半分コのぜんざい」といえば、大阪の法善寺横丁の「あのお店」が有名ですよね。(本作とは関係ありませんが……)
そして、「あんこ」と「ぜんざい」は、ほぼほぼ同じ材料なのに、「ぜんざい」として見ると、なぜか特別感が出る不思議。しかも、美味しい。
いや、考えると、無性に食べたくなってきちゃいました。
さてさて。
前編ということは後編もあるということで。
次回は、またアダルティ(?)な流れで、もう1つの「甘い」にいきます。




