其之13 成金坊ちゃんと子爵令嬢(突撃! 酉田屋・後編)
<ご挨拶>
初めての方も、いつもの方も、ありがとうございます!
日本が舞台のお話だと、古来からの自然を愛でる文化ならではの言い換えや季語など、どういう表現で演出するか、創作の醍醐味の1つでもありますよね。
とはいえ、ドンピシャなものがないと、やはり造語に頼るしかなく――。
たとえば、今回の「月」の呼称など、「十三夜」だと9月になってしまうので、それでは困る、ということで。
ビジュアル的に「これかな?」と思ったものにいたしました。
(※補足でスミマセン。辞書にない語で『なんやコレ?』になるといけないので)
「いらっしゃいませ!」
開口一番、そう出迎えてくれたのは、酉田屋の手代さんだった。
あまりに愛想が良すぎるので、わたしもちょっと腰が引ける。
「あ。はい。あの、わたし、申し訳ありませんけど、お客でなくて。新宿の純喫茶『ともしび亭』で女給をしております、神谷、と申します。実は、お宅の坊ちゃんがお忘れ物をされたので、お届けに参った次第で――」
とりあえず、それらしい挨拶をした。
すると、愛想の良すぎる手代さんは、本当に困り果てたように眉をハの字に下げる。
「それはそれは。ご苦労様でございました。ですが、ただいま、坊ちゃんはお出掛けになられていて――」
「あ。直接でなくとも。こちらでお預かりいただけましたら」
わたしも動揺しながら、一言、断りを入れる。
というか、むしろ、わたしはアイツに会いたくないし。
しかして、奥から番頭さんっぽい人が出てきて、手代さんに何か耳打ちする。
手代さんは、一瞬、目をギョッとさせたみたいで、だけれど、わたしのつまさきから頭のてっぺんまで舐めるように見て、額に脂汗滲ませながら、こく、と頷いた。
そして、少々嘘くさい恵比須顔でわたしに向き直る。
「いえ。それは承れないんですよ。ご本人同士でなくば。ほら、仮にお渡しになる前に紛失してしまいますと、なんともややこしいことになりまして。お互い困りますし」
それって窃盗を疑われるってことかしら?
でも、そんな状態じゃ、お店の売上金の管理を人に任す事なんてできないし。
それほど手癖の悪い人がいるお店って、普段の商売でも危ないんじゃないの??
――って、わたしは首を傾げてしまうけれど。
ただ、用心に越したことはない、ということもあるし。
「そのような訳で、あなたには、奥のお部屋でお待ちいただきたいんですけれど。お時間よろしいでしょうか?」
「……はあ。まあ。そういうことでしたら」
わたしもおずおずと首を縦に振る。
本音で言えば、今にも帰ってしまいたかったけど。
そこで、わたしは、手代さんに案内されるまま店の奥に上がり、お得意さんと商談する小部屋みたいなところへ誘導された。
けれど、その道すがら、
不意に、わたしの胸の辺りがぽうっと温かくなって。
「……おいおい。本当に来たよ」
「……坊ちゃんも策士だな」
どこからか、男の人らのヒソヒソ声が聞こえてきた。
それなのに、辺りを見回してみても、誰もいない。
「……こりゃアレかい? 今日は帰れなくしちまって、『泊めてやる』って誘ってやってよ」
「……ああ。きっと、手籠めにする気だぜ。うちの坊ちゃん、色好みだからなァ」
「……けど、あの嬢ちゃん、どう見ても、おぼこだぜ。大丈夫なのかね?」
「……ありゃあ、どうせ貧乏な田舎娘だ。坊ちゃんに逆らうどころか、ちょろっと大金つかませてやりゃ、しまいにゃ泣いて喜ぶさ」
(なんですって!?)
わたしはすっかり呆れてしまって、開いた口が塞がらなかった。
すると、ふと、琥狐が思念波みたいなものでつぶやく。
〔ヤハリ、アノ者等ハ、サモシイナ。あれらニ、我ガ御社ヲ潰サレルトハ〕
なんて、すっごく怒ってる。
そして、たぶん、あのヒソヒソ声は、琥狐が何か霊的な方法で、奥に隠れている酉田屋の人々の声を拾ってきたんだろう。
だから、わたしと琥狐を繋ぐ膻中の徴がほのかに熱を持った。
霊的作用に【氣】の巡りが活発化したとか、そういう感じで。
(だとしたら、豪太のヤツ、わざと忘れ物したってコト!?)
察するなり、わたしは、本当に腹立たしくなった。
だから、通された先の小部屋で、じっと座っていても、始終、イライラしてしまって。
けれども、しばらくして、酉田屋の暖簾先で、一際大きなざわつきがあった。
わたしも何事かと思って腰を浮かせると、ほどなく廊下から複数の足音が聞こえてくる。
「あら」
冷ややかな女性の声がしたかと思うと、小部屋の障子の向こうに、艶やかな訪問着を着たお嬢様が現れた。その隣には、少しおろおろした豪太がいた。
豪太は、詰襟シャツに長着と羽織を重ね、山高帽を被るという和洋折衷な装い。
豪太は容姿だけは良いから、コレだと小洒落た感じに見えて、女の子ウケしそうだけど。それでも、さっき思念波で聴いてしまった、手下ぐるみのコイツの悪巧みが尾を引いて、わたしは「カッコつけんなっ、バーカッ!」としか思わなかった。
しかして、意外にも、このお嬢様も冷めていて。
「こちらのお嬢さん、どなた?」
「い、いやっ……、これは、その……っ」
じとっとした目で尋ねてくるお嬢様に、豪太はたじたじになっている。
ただ、わたしは、豪太のことなんか、どうでもよくて。
むしろ、このお嬢様が何か見たことがあるような気がするのに、どうしてもパッと浮かんでこないのがモヤモヤして、必死にうんうん思い出していた。
果たして、ようやく、わたしは「あ」と目を見開いた。
「あなた……っ! 一昨日の朝、あの廃神社でお参りされてた銀嶺台女学校のお嬢様っ!?」
「――ッ??」
わたしの発言に、お嬢様も驚いていた。
そこで、わたしもはにかんで、慌てて、ペコッと頭を下げた。
「あっ! わたし、新宿にある純喫茶『ともしび亭』で働いております、神谷紗江と申します。本日は、こちらの坊ちゃんが、うちのお店にお忘れ物なさったのをお届けに参って――」
「……そう。それはご苦労様。わたくしは、子爵・神宮寺廣宗の娘、夕紀子と申します。こちらの豪太さんとは、御家同士が決めた許婚で――」
そう名乗るお嬢様は、少し不機嫌そうだった。
わたしのこと、許婚の浮気相手だとでも思ったのかしら?
でも、何より、わたしは――。
「ええっ!? もったいない! あなたみたいに素敵なお嬢様がこんなのとっ!!」
などと、口走ってしまっていた。
案の定、豪太ら酉田屋の面々は、激怒したかの顔をしていたものの――。
このお嬢様は、お怒りになるどころか、意外にも「無」な顔をしていた。
そのうえ、お嬢様がそんな虚無の瞳で、ちら、と許婚を見遣ると、さっきの横暴そうな形相はどこへやら、豪太はビクッと身をすくめて、明らかに気まずそうにしていた。
(まあ、成金の坊ちゃんと子爵令嬢様じゃ、家格が違いすぎるものね)
そうして、わたしは、ハッとして、あの忘れ物のカバンをサッと取り上げ、有無を言わさず、豪太に「はい!」と手渡した。
突然のことに、豪太も「うお!」と怯む。
「どうぞ! 坊ちゃんっ。こちらが件のお忘れ物です。これにて、わたしの任務は完了いたしましたので。それでは!!」
キリッとした顔で一方的に宣言すると、わたしは、一目散にてってけてーっと、酉田屋を出て行った。
そのわたしの背後で、うろたえた豪太が、
「オイッ! 待てよ……ッ、紗江っ!!!」
と、必死に叫んでいた気がするけれど。
とかく、わたしは一切振り返らなかった。
だって、わたしは、アイツとは何の関係もないんだもの。
本音を言えば、あのお嬢様に、あの日のお参りのこととか、色々、お話を聞いてみたい気はしたけれど――。
ひとまず、今日は、これ以上、酉田屋に留まるのはよろしくないと思ったから、早々に近くのタクシー乗降所へ行った。
辺りを見回すと、仕事帰りの雑踏あふれる街並みも暮れなずんでいた。そうして、東の空には、満月にはやや早い檸檬月もうっすら浮かんでいる。
そのまま、わたしは、タクシーを使って、新宿の純喫茶「ともしび亭」へと帰っていったのだった。
<執筆後記>
やっとのご対面です!(遅くなってしまって、申し訳ございません)
果たして、紗江と夕紀子は、これからどういった選択肢をとるんでしょうか。
彼女らの選択がこの行く末を決めるものの、それは、もうしばらく先のお話。
ちょっとずつ積み重ねていきますので、乞うご期待!
ちなみに、夕紀子のお話が、プロモ短編として、先月8/21(金)に投稿済です。まだ未読で、お気になられた方は、是非ぜひ、こちらもご覧ください!
☆『いわくつき令嬢は連敗中』【https://ncode.syosetu.com/n2941mq/】
(本連載の前日譚です。おキツネ様もチョイ役で出ています)
※こちらの短編ですが、なろうランキング
2026/08/22(土)[日間]現実世界〔恋愛〕短編 18:00-19:00更新 56位
2026/08/27(木)[週間]現実世界〔恋愛〕短編 04:00-07:00更新 100 位
に入っていました!(拙作の中で1番の好成績です)
ご評価くださった方、感謝御礼申し上げます!!
閲覧数低迷、代表作にて剽窃被害に遭い、現在でもその脅威にさらされて、一度は心折られた経験上、モチベーション維持に途方に暮れる毎日なのですが。
こういったことは、本当にありがたく、執筆の励みになります。
1日1話のスローペースで誠に恐縮なのですが、
当方も良作をお届けできるよう頑張りますので。
皆様、これからも応援よろしくお願い申し上げます。




