其之10 こんな初〇〇〇ってある!?
<ご挨拶>
初めての方も、いつもの方も、ありがとうございます!
この連載も、いよいよ話数が2桁になって参りました。
当初の予定では、多くても全15話くらいにしようと思ったんですが。
このペースだと、その倍くらいになりそうです……。
(まだ、どうなるか分かりませんが)
どうぞ、皆様、もうしばらく、このお話にお付き合いくださいませ。
何か、ご感想、ご反応などいただけますと、書き手として嬉しいですし、執筆の励みになりますので。
何卒よろしくお願い申し上げます。
(こ、これって……接吻……!?)
気づけば、紫希がわたしに齧りつくように唇を重ねていた。
その触感は、ひやり、と。
氷のように冷たく、およそ人間らしくない。
その割には、さらりと流れ落ちてくる白銀髪が、わたしの顔や首周りに、やたら、つんつんチクチク当たって、くすぐったくて。
「んん~~っ! んんん~~~ッッッ!?」
ふぁん、と。
伽羅香(?)みたいな、木繊維質ながらも甘くも辛く、そして、苦い刺激的な芳香が、ほんのり漂ってきた。たぶん、紫希の全身から。
(――あ)
その香りに中てられた、わたしは、ぼうっと陶酔し、脳天から痺れそうになった。夢見心地、というのは、こういう感じなのかもしれない。
けれど、ソレとコレとは別問題――。
「んんんっ! んんんんんっっっ!!!」
わたしは、ボッと顔から火が出て、ジタバタするものの。
「……暴れるな。舌を噛み切るぞ」
ボソッと、わたしの耳元で、ドスの効いた声で紫希が囁いた。
(なんて物騒な!!)
ゾッと身をすくめるのも虚しく、紫希は、そんなわたしを強引に制してくる。
鋭い爪を備えた両手で、ますます、わたしの細い両手首をぐっと抑え込んでくるのだ。すごく力が強い。細腕なのに。物怪らしい怪力ぶり。
そして、一層、深く執拗に、わたしの唇を奪う。
「……ふ。…………!!!」
わたしはものすごく恥ずかしかった。
それでいて、ただ唇を重ねるだけでなく、時折、ワンコみたいに、ぴちゃぴちゃと表面を舐めるしぐさが混ざってくるので、
「あっ……。あんっ。ちょっ……、やめ……ッ」
と、あまりにくすぐったくなって、わたしも自然と悶える声を上げる。
それがかえって嬌声みたいになっちゃって。
ますます、恥ずかしいのなんのって。
だけれど、紫希の攻めはとどまることを知らず。
いくら狐耳と尻尾が生えていようと、見た目は、普通に人間の美青年だから、なんか、わたしもだんだんと変な気持ちになってくる。
(どうしよう……)
背には布団。わたしは浴衣で、紫希は単衣で。
油断すると、お互いはだけて素肌が露になりかねない状態だから、傍から見ると、明らかに「そういうこと」をしているように見えると思う。
ううん。どちらかというと、上側になってる紫希の着物の方が着崩れしやすいから、さっきの、ただ横並びになっていた時よりは、明らかに見え隠れする率が高くなっている。
「……ッ」
その雪肌に似合わぬ男性らしい胸板に、思わずドキドキしてしまった。
(なんで、私達、こんなことになってるの……??)
だんだん、呼吸も荒くなってきて。
とろりと唾液が混ざり合うと、わたしも体中が熱くなってきて。
ドックンドックンと心臓の音が大きくなるたび、恋という名の熱病に浮かされた夢遊病者のような痴態をさらすことになったらどうしよう、と惑う。
それどころか、ぬらり、と。
急に長い舌が、わたしの口の中に入り込んできて。
「!」
散々、口腔内を引っ掻き回された後、最後は、わたしの舌がズゾゾと激しく吸われた。
(ヤ……ッ! なにコレ!?)
酷く動物的なソレに、官能さとか、甘やかさとか、微塵もなかった。
なんていうか、明らかに獲物の血肉を啜っている感じ。
とかく吸いつきすぎだし、逃げようとしても、強引に牙で屈服させてくる。
(危ないわ。このままじゃ、わたし、たぶん普通に死んじゃう……っ!!)
実際、吸われるほどに全身から力が抜けて、失神しそうになるし。
なので、わたしも、ドンッ! と精一杯、紫希を張っ飛ばした。
「ちょっ……! もう! 何するんですかっ!?」
紫希は悪びれるでもなく、小首を傾げ、きょとんとした。
「……【口吸い】だが?」
「ヒッ!」
わたしは恐くなって、慌てて両手で自分の体を守るように身を縮こめた。
おそらく、さっきのは、接吻っていうよりは、怪談とかでもよくある、物怪に精を吸われる行為の一種だと思うけど――。
言葉の響きが俄然ダメ駄目すぎる。
(このヒト……、その言葉の意味、ちゃんと分かって使ってる??)
だって、【口吸い】って。
普通の口づけじゃないんだもの。
そう、あれは、この前のこと――。
呑み屋が軒を連ねる通りの目と鼻の先にある、とある街角で、酔っぱらったおじさん達が、猥談で盛り上がっているところを、たまたま通りがかっちゃって。
「遊女を本気でオトしたきゃ、紙花を惜しまねえのはもちろんのこと、ただ、おだてるだけじゃ、まったく足んねえ。口吸いが巧くなきゃな。上の口、下の口、手練手管で一気に攻め立て、いっちょ極楽まで昇天させてやる。そんで、他の男に目移りできなくなっちまうよう、散々、おれの形を覚え込ませてやんのさ」
そんな風に、いやらしい嗤い声を上げていた。
もちろん、おぼこなわたしには、実家のお兄ちゃんの部屋とかで、偶然見つけたことのある春画くらいの知識しかなかったけど。
あの下卑いた赤ら顔から、そのおじさん達の言わんとすることは分かった。
要するに、【口吸い】は、愛し合う恋人同士の愛情表現というよりは、かなり猥褻な性的お戯れに直結する行為っていうか。不純な目的が土台にある。
だから、わたしも、「なんで聞いちゃったんだろう……」って、ゲンナリしたんだけれど。
(そうよ。あれはきっと、この日の為の警告みたいなものだったんだわ)
なんて、わたしは、むりやり自分を納得させて、キッと紫希を睨んだ。
とりあえず威嚇したかったのだ。
「ま、まままままさかっ……、あなた……っ、わたしのことを……!?」
「……?」
紫希は眉をひそめて、わたしが怒るのを不思議そうに見つめてくる。
その白蝶真珠みたいな美貌にドキリとした。
そして、告げたことには――。
「私は人間の女に興味はない」
いや。冗談じゃなくて。
ホントに無関心な顔。
わたしも困惑した。
「え。じゃあ。なんで」
「私が興味あるのは、君から如何に上質な【氣】を得られるか否か。とどのつまりは、大陸の道教――【タオ】の思想では、男が【陽】で、女が【陰】、その氣を循環させる養生法としての【房中術】には【口吸い】も含まれていて――」
うわ。駄目だ。なんか急に専門的な話になったわ。
わたし、陰陽道とか、ふわっとしか分からないのに。
「そっ……そんな小難しい理屈はどうでもいいんですっ! っていうか!! あなた、接吻しましたよねっ。わたしっ。まだ恋人もいないんですよ!? どうしてくれるんですかっ」
「どう……??」
「これじゃあ、わたしっ、お嫁に行けなくなっちゃうじゃないっ!」
「はて? 私は、まだ、君とは交合していないが。よもや、先ので子が出来たとでも??」
「子……ッ!? そ、そそそそういう露骨なおっしゃり方はやめてくださいっ! 動物じゃないんですからっ」
「いや。私は狐だが?」
あっけらかんと答えられ、わたしはガックリ項垂れた。
(そうだわ……。このヒト、美青年だけど、キツネが化けてるんだったわ)
「……」
紫希はちょっと考えた後、ボムッ、と妖艶な美女に変化した。
「瑤子様っ!?」
わたしはギョッとした。
そう。初めて廃神社であった時の、あの姿だ。
ただ、服装は単衣のままだけど。
そして、薄着になってみると、正真正銘女の子のわたしより、胸が大きい。
……地味に悔しい。
しょぼん、としたところで、瑤子様は、
「これなら、問題ないかしら?」
――と。どこからか扇子を出して口元を隠し、ニコッと微笑む。
それは毒のない笑みではあったのだけど。
なんていうか、とにかく目がコワイ。
何を仕掛けてくるか分からない空気がビンビンで。
だからって、ここで怯んでは、ナメられちゃうから。
「わ……っ、わたし、エスじゃありませんっ!」
反射的に、わたしはトンデモナイことを口走っていた。
瑤子様も目をぱちくりとさせる。
「……えす? ああ。女色のこと??」
「にょ……ッ」
わたしは口をパクパクさせながら、カアアッと恥ずかしくなった。
(そういうの、ちゃんとボカシてよ!)
でも、たぶん、キツネに人間の道理は通じない。
だって、キツネだから。
瑤子様はころころと笑いながら、
「大丈夫よ。私、無駄なことはしない主義なの」
ひたすら、飄々と言う。
「ただでさえ、霊力が不安定で、いつ尽きるかしれないのに。そんなくだらないことしてる暇はないもの。そもそも、陰と陰が交わったところで何もならないのだから。この姿で、あなたに手を出すはずがないでしょう?」
「い……陰と陰がまじ――――」
果たして、わたしは、サーッと血の気が引いた。
(じゃあ、紫希のままだったら、手を出す気だったの!?)
それも性愛的な意味じゃなくて。
おそらく、物怪のゴチソウ的な意味で。
さっきの道教なんたらの【氣】の巡りのために。
「もうっ!」
わたしは、ついカッとなって、ブンッ! と箱枕を瑤子様に向かって投げてしまった。
(あっ……!!)
青くなったところで、後の祭りだ。
けれど、瑤子様は、飛来する箱枕を、ひょいと避ける。
それどころか、瑤子様の脇を擦り抜けた箱枕は、ぽぽんっと、西洋風の柔らかい羽根枕に変わって、ぼすんっと押し入れの戸にぶつかった。羽根枕は、ぼわっと白い羽根を噴いて、べちゃっと畳に落ちる。
そして、また、硬い箱枕の形状に戻り、コトッとその場に倒れていた。
「あらあら。乱暴なこと。あなた、普通の人間にソレやったら、きっと、頭、かち割れちゃうわよ。私が狐で良かったわね」
「~~~~~~~ッ!!」
わたしは返す言葉がなかった。
そんなわたしの姿を、面白おかしそうに瑤子様は観察している。
(というか、結局、このヒト、男なの? 女なの??)
わたし、この先、こんな訳わからないのと同居するだなんて。
なんかもう、完全にハズレクジを引かされた気分だ。
だから、わたしは、赤面したまま、涙で顔をクシャクシャにして、フンッとそっぽ向いた。ガバッと頭から布団を引っ被る。
そうして、わたしは、そのまま、瑤子様とは一切顔を合わせずに、夜が明けるまでフテ寝したのだった。
<執筆後記>
明らかに紗江は紫希を意識してますが、
果たして、おキツネ様に人間の恋心は理解できるんでしょうか??
さてさて。
次回は、とうとう、あの不運続きのご令嬢の登場です。
彼女は、紗江達にどんな反応を見せるんでしょうか。
乞うご期待!




