第4話 手取り25万円が親会社を買う日 その1
モバイルバッテリーから電力を吸い上げ、すっかり元気を取り戻したオムニアが、スマホの画面で腕組みをした。
『ふぅ……これで一安心ね。でも真一、問題はここからよ』
オムニアは画面の端を指差し、青く揺らめく“次元ポータル”を仰いだ。
『我が神力で固定したけど、この扉を開けっ放しにするには大量の電力が必要なの。スマホの充電どころじゃないわ。ざっくり言えば、現代でいうデータセンターくらいの電源が必要よ』
「データセンターてっ!? 裏山にそんな設備、どうやって用意するんだよ!?」
『だから言ってるでしょうが。このままじゃ電力不足で扉が閉じるわよ』
俺は頭を抱えた。
データセンターレベルの電力を裏山に引き込むなんて、一平社員の俺にできるわけがない。
……いや、待てよ?
俺の勤めているJTTホールディングスって、巨大な通信インフラ会社だ。
自社で発電設備もデータセンターも持っているし、送電設備や大規模電源工事に関わる部門だってある。
「……なぁオムニア。この壁の金、ちょっと換金したら何億どころじゃないよな?」
『“ちょっと”の基準が狂ってるけど、兆単位の資産なのは間違いないわね』
「じゃあ。この金換金して、俺のいる会社の親会社を丸ごと押さえちゃえばよくないか?」
オムニアがじっと俺を見つめた。
『真一。我は万能神だけど、今の発想は流石に頭が痛くなるわ!それだけの金が世の中に出たら、ハイパーインフレで、この国の通貨は紙切れになるわよ!』
「どういうことだ?」
『会社帰りの牛丼が食べられなくなるわよ!』
「それはまずい!!」
『だから、発想が雑すぎるのよ』
「いや、買収して俺が偉くなれば、誰も俺に残業命令を出せなくなると安易に考えた」
『目的が結局そこなのね!?』
画面の中でオムニアが額を押さえる。
だが、次の瞬間――ぴたりと動きが止まった。
『……ちょっと待ちなさい』
「ん?」
オムニアはスマホ内でAIアプリを高速で操作し始めた。
『金融市場、企業買収スキーム、持株会社構造、国際ファンド経由の資金調達……AIに照会中……』
「お前、また勝手にAI使ってるだろ」
『便利なものは使うのが神の流儀よ』
ブツブツと呟きながら操作を続けるオムニア。
やがて、画面の中のポンコツ神様がニヤリと笑った。
『……真一』
「なんだよ。その顔怖いんだけど」
『あんたの雑な思いつき、AIの計算に乗せたら意外と筋が通ったわ』
「マジで!?」
オムニアは得意げに胸を張った。
『これはAIが出した最適解だから市場を荒らさず、当局にも目立ちにくい。しかも最終的には持株会社ごと支配できる可能性があるわ』
「それってつまり……」
『JTTホールディングスを実質的にこちら側で動かせる、ということね』
「どのくらいでできるんだ」
『色々と準備が必要よ、海外の銀行に口座と貸金庫をつくる。そして、そこに少量の実物を転移するのと合わせて、我の神力で残りの金塊の鑑定証明データも送るわ。転移は我の神力とここのポータルを使うわ、あとは、この金を担保に資金を作り。そして急ぎ株式の33.4%以上を確保して、そこから順次買収するのよ』
俺はしばらく地下空間にそびえる黄金の壁を見上げた。
手取り25万円。
残業だらけの平社員。
その俺が今、“親会社を買収する方法”の説明を受けている。
状況がおかしすぎて、笑うしかない。
「よし」
『よし、じゃないわよ。普通の人間ならここで怖くなる場面なんだから』
「でも、親会社を押さえればこの裏山に電力を引けるんだろ?」
『理論上はね』
「しかも定時退社も守れる」
オムニアが深いため息をついた。
『真一、あんた本当に“定時退社”のためなら国家予算級の話まで持っていくのね……』
「社畜の執念を舐めるな」
『褒めてないんだけど』
俺はスマホの画面を指で軽く叩いた。
オムニアも呆れ顔のまま、小さな手をこちらへ向ける。
地下空間の真ん中で、俺たちは画面越しに小さなハイタッチを交わした。
こうして――
「オムニアと一緒にクリアする。最初の高難易度クエストだな!」
『なによそれ!?』
手取り25万円の平社員と、AIを使いこなすポンコツ万能神による“親会社実質買収計画”が、静かに動き始めたのだった。




