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第2話「公開処刑のつもりが、まさかの因果応報でした」その3

翌日、午前10時。


俺は修正版の報告書PDFを大谷へ提出した。


大谷は届いたメールに添付されたPDFを鼻歌混じりにダウンロードした。


「今度は少しはマシになったか?」


余裕の笑みを浮かべながら資料に目を通している。


だが、その後も大谷の公開説教は続いた。


「ここはもっと論理構成を整理しろ」


「“なぜ”がまだ浅い」


「親会社向け文書としての視点が足りない」


フロアの同僚たちは、相変わらず見て見ぬふりをしている。


俺は表情を変えずに頷き続けた。


(……十分だな)


イヤホンの奥で、オムニアが小さく笑う。


『録画時間42分。追加のパワハラ該当発言、さらに9件検出したわ』


(よし!今だ!)

心の中でタイミングを見極めた俺は、ズボン越しにスマホを軽く叩いた。


『ふふん。任せなさい』


スマホの画面に桜色に輝く魔法陣が小さく浮かび上がる。


『神技――神聖なる開示 レヴェラティオ・ディヴィナ』


『真実は神の前に隠せないわ!』


同時に、JTTHD人事本部長とJTTCOM社長宛てに、録画ファイルと証拠データ一式が匿名送信された。


数時間後。


フロアに緊張が走る。


「大谷課長、人事部長がお呼びです」


大谷は怪訝そうな顔で席を立った。


「……何だ?」


余裕を崩さないまま会議室の方へ消えていく。


それから数時間後。


戻ってきた大谷は、別人のようだった。


ネクタイは曲がり、顔色は真っ青。肩は完全に落ちている。


彼は自席で黙々と私物を鞄に詰め始めた。


周囲の社員たちは誰も声をかけない。


やがて、掠れた声が小さく漏れた。


「……俺、何をやっていたんだろうな……」


その呟きには、もう威圧感はなかった。


俺は自席からその背中を見つめ、小さく呟く。


「……因果応報、ですよ」


イヤホンの奥で、オムニアが満足げに鼻を鳴らした。


『ふふん。神の怒りに触れて、その程度の処分で済んだだけでも感謝しなさい。次に同じことをしたら――神敵として、我自ら罰を執行してあげるわ』


「物騒なこと言うなって……」


俺は苦笑しながらスマホをポケットへしまおうとして――ふと画面の隅に目が留まった。


「あっ、40%か。充電少ないけど、もう慣れたし平気だろ」


『慣れるわけないでしょ! 早く充電しなさいよ!』


オムニアが血相を変えて叫んだ。


「はいはい、帰ったら充電するよ」


『絶対よ!? “あとで充電する”って言う人間ほど忘れるんだから!』


俺は思わず吹き出した。


窓の外では、夕日がオフィス街を赤く染めている。


時計を見る。


17時45分。


残業命令も、追加レビューも、今日は飛んでこない。


俺は立ち上がり、大きく背伸びをした。


「よし。今日は帰るか」


『それよそれ! 社畜脱却の第一歩は定時退社からよ!』


俺はノートPCを閉じ、デスクの引き出しを確認すると、肩に鞄をかけた。


いつもなら、この時間から「もうひと仕事」が始まる。


だが今日は違う。


定時で帰れるというだけで、身体が妙に軽かった。


退勤打刻へ向かいながら、俺はポケットのスマホへ小さく声をかける。


「なあ、オムニア」


『なによ、真一』


「お前って、どうやって俺の世界の言葉とか会社のルールを覚えてるんだ?」


オムニアは得意げに胸を張った。


『ふふん。知りたい? 仕方ないから教えてあげるわ』


「嫌な予感しかしないな……」


オムニアはスマホの画面をぴょんと跳ねるように移動し、得意満面で言い放つ。


『このスマホに入ってるAIアプリよ。質問すると何でも教えてくれるから便利なの』


「あ? AIアプリ? 勝手に使うな!」


『我が使ってあげてるんだから、むしろ光栄に思いなさい』


「いや、普通に怖いんだが……」


オムニアはケラケラと笑いながら、さらに続けた。


『人間って面白いわよね。“人工知能”なんて大層な名前を付けてるけど、まだまだ神界の知識には遠く及ばないわ』


「そのAIに、変な質問とかしてないだろうな?」


『もちろんしてるわ』


「してるのかよ!」


『ネットワーク構造、金融市場、企業会計、暗号化技術――この世界を理解するには必要でしょう?』


俺は嫌な予感を覚えながら額を押さえた。


「……頼むから、世界征服の準備だけはするなよ」


『失礼ね。我が興味あるのは、真一が定時で帰れる世界を作ることだけよ』


「それ、方向性だけ聞くと妙に良い話に聞こえるんだよな……」


ポケットの中から聞こえるポンコツ神様の抗議を聞きながら、俺は軽い足取りで退勤打刻へ向かった。


これが、俺にとって初めての――


勝って帰る定時退社だった。


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