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第7話 魔王の残影 その1 万能神の因縁 後編

画面の中のオムニアは、腕を組んでふんぞり返ることも、勝ち誇った笑みを浮かべることもしていない。

険しく、どこか苦々しげな表情で、小さく息を整えてから口を開いた。


『……我と【魔王】の因縁について話すわ』


いつもより一段と真剣な口調に、俺と桜井は自然と身を乗り出した。


『あれは、我が魔王を討伐すべく単身で、ヤツの居城に乗り込んだときのことよ』


桜井はメガネのブリッジをクイッと押し上げ、姿勢を正す。


『魔王の玉座にたどり着いたとき、ヤツが「ワシと戦う権利があるか試してやる」と、我に金属のパズルを渡してきたの』


「……パズル?」


『そう! 全知全能のこの我なら一発よって、パズルをガチャガチャって解いた。そしたら――』


オムニアはガクッと肩を落とし、遠い目をしながら言った。


『パズルのロックが外れた瞬間、我を光の輪が包み、パズルのなかに吸い込まれ、そのまま封印されたの! ヤツの巧妙な罠にはまったのよ!』


俺たちは、笑うというより、あまりのポンコツぶりに呆れていた。


「……いや、少しは疑うだろ?」


「パズルを解く前に、それを罠だと気がつかない時点で、万能とは程遠いです」


桜井が冷徹な眼差しで、オムニアを見つめる。


『我も疑ったわよ! でも、パズルを解いたら玉座を明け渡すというから、それならと……』


「お前、神様のくせにどんだけポンコツなんだよ……!」


『仕方ないでしょう! 敵ながらヤツのトラップの設計が巧妙すぎたのよ!』


オムニアはプンスカと頬を膨らませたが、すぐに顔を曇らせた。


『数年後に魔王と勇者の戦いが始まり、そのゴタゴタの中、我を封印したパズルはいつのまにかあちこちの闇市に転売されて……結局、封印を解除されることはなく時だけが過ぎたわ』


オムニアは、気を取り直したように腕を組み、胸を張った。


『ふふん……これが我と魔王オムニヴィデンスとの因縁の全てよ』


「因縁って、ただの自業自得だろ!」


俺は呆れながら、つっこむしかできなかった。

もはや笑えるジョークの域を超えていた。


(『絶対に笑わないでよ』って……ポンコツすぎて笑えないだろ)


「つまり、封印されたまま、転売されて、最終的にたどり着いた露店で、じっちゃんに1000Gで買われたということだな」


『……うぅぅ、まあ、そういうことになるわ』


スマホの画面の隅で小さく体育座りをして、頭を抱えるオムニアを見て、桜井はノートPCの画面を軽く叩いた。


「騙されたのであれば、今度はこちらがさらに上をいく巧妙な策でエンペラーと、その魔王と呼ばれるオブジェクトを騙せばよいだけです」


メガネの位置を軽く整えると、画面の中で俯くオムニアをジト目で見つめた。

おそらく、これ以上オムニアに恥の上塗りをさせないために、桜井なりの配慮なのだろう。


「よし、昔話はここまでにして、エンペラーと魔王にどう対抗するか考えよう」


オムニアのポンコツは仕方ないとして、異世界の魔王の力がどうエンペラーに影響しているのか、不確定の要素が多すぎる。


「オムニア、対抗策はあるんだろうな」


さっきまでの暗い空気は消え、秘密基地の中には戦闘モードの空気が戻ってきた。


『ふふん、あるわ! エンペラーには、魔王の魔力によって生成されたプログラムが仕込まれているの。エンペラーの挙動が変わった時に確認したわ』


桜井がPCのデータを確認した後、オムニアに視線をうつす。


「外部から注入された【不正プログラム】と仮定した場合、エンペラーに毒(ハルシネーションデータ)を仕込むのは問題ありません」


桜井はキーボードから手を離し、わずかに眉をひそめた。


「……ただ。その【魔王というオブジェクト】がどういった影響を及ぼすかは不透明です」


『桜井、それなら大丈夫よ。ヤツの魔力は微量だった。おそらく魔王自体がこの現代に存在していないから、対策は可能よ』


オムニアが、スマホの中で俺を指差した。


『真一、あの裏山のポータルの歪みと、この魔王の出現は関係してると思う』


俺は、思わずスマホを手にした。


「ポータル! じっちゃんの? どういうことだ」


『魔王の肉体の一部、欠片といえばわかりやすいと思うわ。その欠片がなんらかの力を使い、あのポータルから出てきたと思うわ。その時にポータルに歪みが生じたという仮説が成り立つわ』


オムニアがいつになく真剣な面持ちで話を続ける。


『そして、その欠片はこの現代では存在できない。我が神力の代わりにスマホの電力を使うように、ヤツは依代として、人に憑依したと思うわ』


「人に! そんなことが。……じゃ、憑依された人間はどうなる?」


『……残念だけど、意識や精神はヤツに支配されるわ』


驚いて俯く俺を気にもとめず、オムニアは淡々と会話をつづけた。


『人に憑依したところで、本来の魔力は戻らないわ。だからヤツはJTTHDが保有する【データセンター】を狙ったのよ』


「データセンターだって! 何のために?」


『決まってるでしょう。魔力を回復し実体化することよ。そのために大容量のサーバーからネットワークを侵食して、SNSに溢れている負のエネルギーを集めるのよ』


俺たちはポータルを安定させるためにデータセンターを新たに作ることを考え、そのためにJTTHDの株主になることを目的に動いてきた。

一方、敵はJTTHDが保有する既存のデータセンターを利用しようとしている。


(目的は違うが、データセンターを狙うのは同じということか)


『桜井、対策の話に戻るけど、ヤツが実体化してなければ、我の神力を使いプログラムを経由して、欠片に直接攻撃できるわ』


「直接! 攻撃だって、憑依した人間にか」


俺は思わず声を荒げ、強い嫌悪感をあらわにした。


『人間じゃないわ、欠片よ。そこに我の聖なる神力をぶつけるの。それで消滅するわ。ただ、かなりの神力を消費するの』


さっきまで無言で思考を巡らせていた桜井が、静かに口を開いた。


「つまり、オムニアがマジェスティ側のネットワークに侵入し、敵のサーバーを経由して、ホスト側の異常プロセス(魔王の欠片)に直接デバッグ処理を行う――ということですね。非常に合理的です」


桜井の論理的な分析に、画面の中のオムニアは小さく頷いた。


『理解が早いわね。ただ、今回は一つ問題があるの。直接攻撃するには、依代となった人間がネットワークに接続された端末を操作している必要があるの』


いつもなら『ふふん! 万能神たる我に任せなさい』と自信満々に話すオムニアが、いつになく慎重なトーンで告げた。


『魔王宛にファイルを一つ送り、その端末で開かせる必要があるの。ファイルが開かれれば、そこから我の神力を送り込むための経路を作れるわ。ただ、肝心の送り先がわからないと、そのファイルを届けられないの』


俺はオムニアがいつも使う【神の目】を万能だと思い込んでいた。


「神の目があるだろ」


『あれはターゲットがわかってるからできるのよ! それに、攻撃に使う神技ではないわ。今回は別の神技を使うのよ』


カタカタとPCのキーボードを叩く音が響く。その音が止まった瞬間、桜井が呟く。


「トロイの木馬」


「トロイの木馬?」


「ファイルそのものが攻撃手段ではなく、オムニアが相手のネットワークへ侵入するための経路を作る――そういうことですね」


『そうよ。その経路を通して我の神力を送り込み、魔王の欠片に直接ぶつけるの』


「なるほど。マルウェアを仕込んだファイルを送り込んで、相手自身に侵入口を開かせるようなものか」


「その認識で問題ありません」


その時、桜井が珍しく声を上げた。それは、俺たちゲーマーがゲーム中に攻略法が見つかった時の歓声にも似ていた。


「来た! ありました! これです」


PCの画面には、マジェスティの経営戦略に関するインタビューに答える1人の人物の名前があった。


「【取締役営業本部長 神門賢治】この人です」


そのインタビューには【AIが管理する次世代の大規模なデータセンター】と大きくタイトルが掲げられていた。


その時、スマホの周りに桜色に輝く魔法陣が現れた。


『ふふん、相手が分かれば、我の【神の目】が使えるわ。少し待って……ようやく会えたわね』


オムニアが不敵な笑みを初めて見せた。


『見つけたわ。神門で間違いない。まあ、我が覗いたことには、向こうも気づいてないでしょうけど』


そして、ついに相手の黒幕がわかった。

あとは作戦を組み直すだけだ。


(だが、どうする?)


もう時間はない。

今から間に合うのか。


『桜井、アンタのPCにファイルを送ったわ。明日、それをこの男に送って、タイミングは我が示すわ』


桜井は、メガネのブリッジに軽く触れた。


「了解」


二人は既に納得しているようだが、あらためて作戦を確認することにした。


「もう対策はできたのか?」


『ふふん、我は万能神よ、ターゲットさえ特定できれば簡単なことよ。さっき桜井が言っていたマルウェアを渡しておいたわ。ちゃんとヤツが開くように我の痕跡をしっかり残してあるデータをね』


続けて桜井が作戦について説明をはじめた。


「明日ですが、作戦の大枠に変更ありません。市場が開いたら、一気に5%の株式を売却します」


この後は、エンペラーが食いついて、マジェスティの株保有率が30%になる直前に毒を打ち込む流れに変更はない。


桜井がスマホの中のオムニアに目線を移す。


「今回、追加になるファイル送信のタイミングはオムニアに任せます」


オムニアが上機嫌な顔で、桜色の粒子を光らせながら答えた。


『ふふん、任せなさい。完璧なタイミングで指示を出すわ』


この短時間で新しい作戦の組み込みまでできるとは思っていなかった。案外、オムニアと桜井は馬が合うのかもしれない。俺は思わず、さっきまでの緊張から解放されて笑みが溢れた。


「桜井、作戦は問題ないんだな」


「問題ありません」


その会話を遮るように、オムニアが口を挟んだ。


『ちょっと待ちなさい。さっき言い忘れたけど、魔王の欠片が消えたら、依代にされた人間は元にもどるから、安心しなさい』


「そうか! なら安心して作戦実行できる! よし! 明日のレイド戦、サクッと終わらせて有意義な有給にしよう」


勝てば、俺の、俺たちの平和な社畜日常とデータセンターを守れる。あとは実行あるのみだ。


「明日、早いけど改めて集合だ」


「了解です。お疲れ様でした」


桜井は、PCを片付けるとスッと腰を上げた。

俺も続けて部屋から出た。


(明日は、絶対に勝つ!)


『真一……スマホのバッテリーがもうないんですけどぉぉぉ!!』


万能神の絶叫を聞きながら、俺は桜井と別れるといつもの駅へとむかった。

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