第6話 激突 全知と全能 その3「全知を欺く罠」
出社した俺は、眠気覚ましに社内の自動販売機で缶コーヒーを買っていた。ガコンと重い音を立てて落ちてきた缶を取り出した瞬間、背後から声をかけられた。
「平野! 昨日は本当にありがとう!」
振り返ると、晴れやかな顔をした浅見が立っていた。昨日のどんよりとした表情が嘘のようだ。
「……浅見か。うまくいったみたいだな」
「ああ、バッチリだよ! 平野がくれた映像と音声を持って、朝一番で難波のところに突撃したんだ。難波課長はぐうの音も出ずに青ざめてさ……。即刻、自宅待機を命じられて、後日、懲罰委員会が開かれることも決まったよ。河合さんもすごく感謝してたよ」
「そうか。面倒なNPCが減ってなによりだ」
「本当に助かったよ、平野。今度何か奢らせてくれ!」
浅見は何度も頭を下げて去っていった。俺はぬるい缶コーヒーのプルタブを引き、ひとくち口に含んでから自分のデスクへと向かった。
デスクに着いてPCを立ち上げると、胸ポケットのスマホが小刻みに震えた。イヤホンを装着すると、オムニアの声が響く。
『真一、市場が開き次第、マジェスティの動きをリアルタイムで追跡・監視するわ。……ただ、ひとつ気になることがあるのよ』
俺は周囲に聞こえないよう、小さな声で答えた。
「気になること?」
『……昨日は言いそびれたんだけど、敵の投資AI【エンペラー】を監視していて、どうも違和感があるのよね。何か妙な引っかかりを感じるというか……具体的に何なのかは、まだ掴めていないんだけど』
「万能神のお前が違和感を覚えるレベルか。……一筋縄ではいかなさそうだな」
俺は眉をひそめ、モニターを見つめながら小さく呟いた。
「エンペラーか……厄介な相手になりそうだ」
――
そして、その日の夜。
いつものカラオケBOXは、いつの間にか俺たちの【秘密基地】になっていた。
テーブルの上には、俺のウーロン茶と桜井のブラックコーヒーが置いてある。
スタンドにセットされたスマホの画面には、オムニアが腕を組みながら待機していた。
「……では、昨日の続きです」
桜井がタブレットの画面を俺とオムニア(スマホ画面)に見せるように置いた。画面には複雑な株式の推移グラフと、数字のシミュレーションが映し出されている。
「投資AI【エンペラー】に毒データを喰わせるトラップシナリオを組み上げました」
「おお、さすが桜井! で、どうやるんだ?」
「前段階として……まずは、こちらから市場で買い増しを仕掛けます」
「買い増し?」
「ええ。防衛買いを装って保有比率37%を目指して株式を買い増し、一時的に敵の取得ペースを押し戻します。AI【エンペラー】に買収への抵抗が始まったと判断させ、買い付けを加速するよう誘導するのです」
桜井の目がレンズの奥で怪しく光る。
「マジェスティの買い付けが進み、23%に達したら……一転して、平野さんが保有する株式【6.6%分】を、順次市場に売り出します」
「……売り出す!?」
「はい。激しい競り合いの直後に売りが出れば、エンペラーは『防衛側が焦って買い支えた結果、資金が底をついて投げ売りを始めた』と誤認します。……言わば『飴と鞭』です。敵は勝ちを確信し、買い付けをさらに加速させ、その6.6%を一気に買い占めようと動くはずです」
「なるほど……相手の油断を誘う罠か! だが待て、29.6%まで持っていかれたら……」
「だからこそ、敵が完全勝利を確信して29.6%に達したその瞬間、ガードが最も甘くなるタイミングを狙って『毒』を注入するのです。……ただし」
桜井がふっと表情を曇らせた。
「毒でエンペラーの判断ロジックを狂わせ、保有株29.6%分を市場へ放出させた後、その株式を一気に買い戻す必要があります。それには……通常の個人資産では到底賄えない、莫大な資金が必要になります」
俺はニヤリと笑うと、スマホの画面に目をやった。
「オムニア! あれ(9,999兆円)使えるな」
画面の中のちびオムニアが、小さな胸を張って『ふふん!』と鼻を鳴らした。
『愚問ね真一! 我の神力をもってすれば、裏の投資ルートから合法的に莫大な資金を調達するなんて朝飯前よ! 我に任せておきなさい!』
自慢げなドヤ顔で言い放つオムニアを見て、桜井も小さく頷いた。
「頼もしいですね。……成功すれば、マジェスティを返り討ちにできます」
「よし、定時退社と手取り25万のために……決行だ!」
明日からの買い増しに備え、俺たちはその日の作戦会議を切り上げた。
(カラオケBOXの利用料もきっちり請求してやる!)




