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第6話 激突 全知と全能 その2 「万能神、AIにライバル認定する」

昼休み、いつもの牛丼屋に行くと1番奥の席に桜井が先に座っていた。

俺は軽く手を上げたあと、食券を買って桜井の向かいに座った。


「お疲れ。待たせたね」


「いえ、ほんの少し前に着いたばかりです」


「なあ、黒田が消えてから現場の様子はどうだ?」


「業務上の変化ですか? 結論から申し上げますと、作業効率は向上し、やるべき仕事の絶対量は不変です」


桜井は細い指先でメガネの位置をすっと直すと、感情の籠もっていない声で即答した。


「無駄な根性論や理不尽な急発注というノイズ(黒田元部長)が除去されたため、タスクの処理速度は劇的に向上しました。ですが、残された業務が消えてなくなったわけではありませんので。感情を排して淡々とログを消化するのみです」


「相変わらずドライだな……」


「客観的な事実を述べているだけです」


運ばれてきた『牛丼・頭の大盛り・生卵追加』に対し、桜井は迷いのない手つきで生卵を溶きほぐし、全体へ均一に回しかけた。タンパク質と脂質を最速で補給するためのロジカル・ランチらしい。


周りを見渡すと、昼時の駅前店舗ということもあって店内は満席であり、調理の音や注文の声が賑やかに行き交っている。


俺はポケットからイヤホンを取り出すと、片方を桜井の目の前に差し出した。


「桜井、これを右耳に付けろ。……少し、お前に明かしておかなきゃいけない話がある」


桜井は片眉をわずかに上げたものの、余計な質問は挟まずにイヤホンを装着した。俺はスマホを胸ポケットから取り出し、画面を桜井に見えるようテーブルの上に置く。


画面の中では、ちびオムニアが腕を組んでドヤ顔を浮かべていた。 


「実はな……こいつ、AIでも音声合成エンジンでもないんだ」


「といいますと?」


「異世界から来た、本物の"万能神"なんだよ」


店内のにぎやかな喧騒の中、一瞬だけ桜井のジト目が細くなった。だが、パニックを起こしたり驚愕の声を上げたりする気配は一切ない。


彼女は牛丼をひと口綺麗に口へ運んで噛み締めると、至極冷静に言葉を返した。


「了解です。高次元の自律型エージェント、あるいは外部サーバーから介入してくるGMライクなプログラムですね。そう定義すれば論理的な矛盾はありません」


「……えっ? 受け入れが早すぎるだろ」


「高度に発達した異世界技術や神力は、現代人の認知においては高性能AIと区別がつきませんから。実質的に"超高性能なデータ収集・変換エージェント"であることに変わりはありません」


『ちょっと桜井ぃ! 人を勝手にプログラムみたいに分析するんじゃないわよ! 我は崇高なる万能の神・オムニア様よ!? もっとこう……ひれ伏すとか敬うとかあるでしょうが!』


イヤホン越しにオムニアの甲高い怒号が飛び込んでくる。だが、桜井は感情の失せた目で見下ろすだけだった。


「はいはい、凄いです。ですが【万能神】を自称するわりには、随分とコンパクトな容量に収まっているのですね。ストレージ容量にしてせいぜい数ギガバイト、物理的にも平野さんのスマホがないと動けない依存オブジェクト(居候)ですか」


『い、依存オブジェクトじゃないわよ!? これは神力を現世に定着させるための触媒であって――』


「要するに、自力ではスタンドアロン動作すらできず、平野さんのスマホのバッテリーを無駄に消費して居座っているアプリですね。……ポンコツです」


『ぽっ……ポンコツじゃないわよ! 我が株を効率よく確保したからこそ――』


「それも平野さんのスマホの中のAIを使い倒した結果で、あなた自身の純粋な知力ではありません」


『ぐぬぬぬっ……!』


完璧なロジックで一蹴され、画面の中でオムニアがぐうの音も出なくなってジタバタと暴れ出す。


俺は呆れつつ、生卵の絡んだ牛丼を口に運んだ。


(この2人は水と油だな)


「まあ、オムニアのポンコツ具合はさておきだ……実は本題がある。あの日、俺たちが株の33.4%を確保した裏で動いていたハゲタカファンド……『マジェスティ・パートナーズ』の件だ」


桜井の目がスッとビジネスモードの鋭さに変わる。


「マジェスティ……JTTHDの株式を執拗に狙っていたあの不穏な動きですね」


「そうだ。奴らの買収ルートについてオムニアに解析させていたんだが……かなりヤバいことになっている。牛丼屋のカウンターで大っぴらに話す内容じゃない」


「了解です。では、詳しいデータと対策については、定時退社後に以前作戦会議に使ったカラオケBOXで確認しましょう」 


「じゃ、18時頃に店の前で待ち合わせにしよう」


「わかりました」


『ちょっと! 我を置いてけぼりにして話を進めないでよー!』


ギャーギャーと喚くオムニアの音声をスルーし、俺と桜井は速やかに牛丼を平らげて店を後にした。 


――


同日、18時。


カラオケBOXの前に着いて間もなく、桜井が駅の方から歩いてきた。


俺たちは軽く目配せを交わし、そのまま店内へ入った。


部屋に入ると、桜井はすぐにPCを開いた。


「これ、オムニアがまとめた資料だ」


USBを差し出しながら、俺もテーブルに置いたスタンドにスマホを立てる。


「お疲れ。定時後に悪いな。まずは状況を整理しよう」


桜井は受け取ったUSBをPCに挿し、すぐにファイルを開いた。


「オムニア、説明してくれ」


スマホの画面の中では、オムニアが腕を組み、待ってましたとばかりに画面中央で胸を張った。


『ふふん! よくぞ聞いてくれたわね! 我が解析した結果、敵の買収アルゴリズムの全貌が明らかになったわ! ……かなり笑えない状況だけどね。敵は市場の浮動株を狙って短期間で買い集めたわ』


「具体的に何%取得されたのですか?」


『我が33.4%を押さえて完璧な防御陣形を敷いたまさにその裏で、敵は圧倒的な資金力で殴り込んできたの。JTTHD株式の20%をあっさり押さえちゃったわ!』 


「20%……ですか。少々お待ちを。分析します」


桜井は無言でPCを操作し始めた。カタカタと高速でキーボードを叩く音だけが響く。


数秒の静寂の後、彼女は冷静に結論を言い放った。


「JTTHDの現在の株主構成において、20%は平野さんが持つ33.4%に次ぐ第2位の保有比率です。単独で特別決議を阻止できる水準には達していませんが、これだけの議決権を持つ株主の影響力は無視できません。さらに買い増されれば、こちらの33.4%を脅かす可能性があります」


「……マジェスティみたいな利益至上主義のハゲタカに握られたら、どうなる?」


「大規模な人員削減、極限のコストカット、不採算部門の切り捨て、および残された社員への限界を超えた業務量の押し付け――要するに徹底的な搾取です。平野さんの目指す"定時退社"および"平和な社畜生活"は根底から破壊されます」


背筋に冷たいものが走る。


俺の野望は、大層な会社の再建でも世界平和でもない。「定時退社」と「手取り25万円」という、ささやかだが絶対譲れない平穏な日々を守り抜くこと――ただそれだけだ。


川村を改心させてホワイトな職場環境を作り上げたのも、すべて俺が毎日ノー残業で定時に帰り、手取り25万で穏やかに過ごすためなのだ。


もしハゲタカファンドに会社を乗っ取られたら、定時退社どころか死ぬまでのサービス残業地獄に逆戻りになる。


(冗談じゃない……! 俺の定時退社と手取り25万を脅かす奴は、ハゲタカだろうがなんだろうが絶対に許さん……!)


俺が内心で静かに殺意を滾らせていると、オムニアが腕を組んでフンと鼻を鳴らした。


『落ち着きなさい真一。我が予測を超えて動く相手のアルゴリズムは、ただのプログラムじゃないわ。敵のメインシステムは【E-M-P-E-R-O-R】という名称の投資AIよ』


「エンペラー……?」


俺が呟くと同時に、桜井がキーボードを叩き、検索を始めた。


「その名称……恐らく頭文字を取った略称(アクロニム)ですね。敵のIR情報と特許出願データから照合しました。正式名称は――【Economic Market Prediction Engine with Omniscient Response】」


桜井はフッと嘲笑するような小さな息を漏らす。


「……Omniscient。皮肉な命名ですね」


オムニアのちびキャラがピクッと眉を動かした。


『……なんですって? なんて言ったの桜井?』


「Omniscient(オムニシエント)。英語で"全知"を意味する単語です。【全知なる応答を備えた経済市場予測エンジン】……要するに【すべてを見通すAI】という意味ですね」


さらに桜井は追い打ちをかけるように淡々と続ける。


「そしてオムニア、あなたの本来の神名である【Omnipotentia】は【全能】を意味します。どちらも【すべて】を意味する omniを冠する言葉ですが……敵のAIは【全知】、オムニアは【全能】。随分と挑発的な対比です」


その瞬間、画面の中のオムニアが髪を逆立てて爆発した。


『な……なんですってぇぇええええええっ!? 全知ぃ!? たかが人間が作った計算機が、我が全能たる神力に対して全知だなんて宣うつもり!? 許せない! 許せないわ絶対に!! 我こそが真の全能"Omnipotentia"にして至高の神なのよ!!』


ギャーギャーとスピーカー越しに暴れ回るオムニアを完全にスルーし、俺は言った。


「相手が全知だろうがなんだろうが、やることは変わらない。定時退社と手取り25万円の死守だ」


「了解です。平野さんの定時退社の死守、および私の平穏な業務環境の確保のため、ハゲタカファンドの思い通りにはさせません。徹底的にロジックで叩き潰しましょう」


「よし、ここから俺たちの“定時退社防衛戦”の幕開けだ。……とはいえ、作戦会議で残業してちゃ本末転倒だ。続きは明日にしよう」


「了解です」


桜井はPCを素早く片付けると、スッと立ち上がった。


俺も帰り支度をして腰を上げると、強く拳を握り、小さく呟いた。


「社畜舐めんなよ、エンペラー」



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