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第6話 激突 全知と全能 その1 「平穏な社畜生活と、忍び寄るハゲタカ」

川村人事部長との死闘、そして大谷・黒田の追放劇から数週間が経過した。


社内では現在、ちょっとした噂話で持ちきりだ。少し前まで社内で威張り散らしていた大谷と黒田の二人が、ある日を境に突然消えたからだ。


「桜井さん、ホント大変だったよねー! あの二人、いなくなってマジでスッキリしたと思わない? ほんと良かったよねぇ!」


午前中の廊下で、キャピキャピとした声で話しかけてくるのは他部署の女子社員たちだ。大谷たちが猛威を振るっていた時期は、巻き込まれまいと綺麗にスルーを決めていた連中である。


「……ええ。本当ですね」


システム開発部の桜井菜々はメガネの位置をすっと直すと、感情の籠もっていない完璧な営業スマイルを返した。


(……本当に困っていた時は空気扱いだったくせに、終わった途端にこれですか。実に浅はかですね)


内心でバッサリ切り捨て、桜井はそっとその場を後にした。


――


場所は変わって、俺のいるシステム管理部。


「ったく、川村部長も相変わらず『労基の鬼』と化してて参るよ。今日も僕の部署の残業申請、容赦なく突っ返されちゃってさ……」


浅見が缶コーヒーを片手に話しかけてきた。空き席のオフィスチェアにすっと腰掛け、深々とため息をつく。


「ふん……良い気味だな」


自席でコーヒーを飲みながら俺が返すと、浅見は困ったように苦笑した。


「まあ、真一が【印籠】を突きつけて完全に締め上げたおかげだって知ってるからさ。裏でどんな恐ろしい条件を呑まされたのかと思うと、ちょっと同情しつつも笑えるよ。……まあ、昔の理不尽なパワーハラスメントに比べたら、今の真面目すぎる川村部長の方が100倍マシなんだけどね」


「だろ? 人事部長の肩書を持った【自動残業迎撃システム】だと思えば、実に優秀な手駒だ」


「手駒って……相変わらず言うことがえげつないなぁ。でもさ、おかげで残業代が削られて部署の予算は浮いたのに、僕のお小遣いは1円も増えないんだよね。おかしくない?」


「それはお前の家の家庭内政治の問題だろ。俺に言われても知らん」


「手厳しいなぁ!」


浅見は肩をすくめて笑うと、缶コーヒーを飲み干して自分のフロアへと戻っていった。


社内政治の泥沼劇は、こうして俺たちの完全勝利で幕を閉じた。


――はずだったのだが。


(……そういえば、あの日俺たちが33.4%を確保したときに仕掛けてきた、謎の市場買い占め……あれどうなったんだ?)


浅見が去った後、俺はデスクのスマホに意識を向け、イヤホン越しに低く呟いた。


「オムニア。あの日突如として現れた『マジェスティ・パートナーズ』の買収ルート……その後の解析はどうなってる?」


スマホの画面内で、桜色の光を纏ったオムニアが腕を組み、いつものようにドヤ顔で鼻を鳴らした。


『ふふん! よくぞ聞いてくれたわね真一! この万能たる我にかかれば、敵の企みなんてお見通しよ! ……まあ、ぶっちゃけかなり笑えない状況なんだけどね?』


「……不穏な前置きをするな」


『我が33.4%を押さえて完璧な防御陣形を敷いたまさにその裏で、敵は圧倒的な資金力で殴り込んできたの。ここ数週間のうちに、市場のJTTHD株を根こそぎ掠め取って、その20%をあっさり押さえちゃったわ! 凄くない!?』


「凄くないだろ! なんで他人事みたいに感動してんだよ!」


『我の予測を超えて動く相手のアルゴリズムは、ただのAIじゃないわね。神業よ! 我の裏工作すら織り込み済みでカウンターを仕掛けてくるなんて、なかなかのものよ』


画面の中で腕を組み、いつもの調子だ。だが、こっちはまったく笑えない。


「……マジェスティみたいな超・利益至上主義のハゲタカファンドに筆頭株主の座を奪われたら、どうなるんだ?」


『決まってるじゃない! 容赦ないリストラ、極限のコストカット、そして残された社員の死ぬ気の大激務よ! 効率と利益のためなら、あんたのワークライフバランスなんて微塵も考慮されないわね!』


――背筋に冷たいものが走った。


俺の野望は、大層な会社の再建でも世界平和でもない。


「定時退社」と「手取り25万円」という、ささやかだが絶対譲れない平穏な日々を守り抜くこと――ただそれだけだ。


川村を改心させてホワイトな職場環境を作り上げたのも、すべて俺が毎日ノー残業で定時に帰り、手取り25万で穏やかに過ごすためなのだ。


もしハゲタカファンドに会社を乗っ取られたら、定時退社どころか死ぬまでのサービス残業地獄に逆戻りである。


(冗談じゃない……! 俺の定時退社と手取り25万を脅かす奴は、ハゲタカだろうがAIだろうが絶対に――)


思考に集中するあまり、手に力が入りすぎたその瞬間――カチッ。


指先が誤ってスマホのスリープボタンを押し込み、画面が暗転した。


『イヤぁあああ! ちょっと真一ぃぃいいい!? 暗いのダメと言ってるでしょうが!!!』


イヤホンの中に響き渡る、久々のオムニアのけたたましい絶叫。


「うおっ……! すまん、手が滑った」


俺は慌てて画面をつけ直し、画面の中でぷくーっと頬を膨らませて怒るオムニアになだめの言葉をかけながら、ふと壁の時計を見上げた。


時刻は12時00分。ちょうど昼休みのチャイムが社内に鳴り響く。


「よし、話の続きは飯でも食べながら聞くとしよう。危機対策も腹が減っては戦えないからな」


『ちょっと真一! 人の話の途中で画面消しておいて、即メシの話に切り替えるのやめなさいよ! 私はまだ怒ってるんだからね!』


ギャーギャーと騒ぐオムニアの音声をスルーし、俺はジャケットを羽織って席を立った。


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