第5話 鉄壁の人事部長と、証拠なき戦い その3 「証拠がないなら作ればいい」
翌日。出社した俺は、まず胸ポケットにスマホを忍ばせ、イヤホン越しにオムニアへ指示を出した。
「オムニア。今日、浅見と話す時に音声をリアルタイムで分析してくれ。声のトーンから嘘をついてるか知りたい」
『ふふん、任せなさい! ……と言いたいところだけど、声だけで人間の微細なバイタル変化まで見抜くのは難しいわ。でも、声のわずかな変化くらいなら判別できる。変化があれば即座に教えるわ!』
頼もしい相棒の言葉を確認し、俺は昼休みになるのを待った。
――
昼休み。俺は人事総務部のフロアへ向かい、デスクで力なく書類を眺めていた浅見に声をかけた。
「浅見、昼飯行くぞ」
「え……? あぁ、平野……。ごめん、今日はちょっと忙しくて――」
「食堂だ。15分で済ませればいい。行くぞ」
半ば強引に浅見を立ち上がらせ、社内食堂の奥にある、比較的人の少ないテーブル席へ連れ出した。周囲のざわめきのおかげで、聞き耳を立てられる心配はない。
丼ものを力なく突く浅見に、俺はストレートに切り出した。
「……疲れてるみたいだけど、大丈夫か?」
浅見は一瞬手を止め、力なく苦笑しながら答えた。
「まあね……。ちょっと最近、案件が重なっててさ。心配はいらないよ」
その瞬間、イヤホンからオムニアの冷静な声が飛び込んできた。
『真一、今、一瞬だけ声の波形が乱れたわ! 断定はできないけど……【我を信じなさい】。今のは強がりよ!』
オムニアの分析を聞き、俺は肘をテーブルについて浅見をまっすぐ見つめた。
「嘘つけ。顔に【限界】って書いてあるぞ。……何かあるなら、相談に乗る。正直に話せよ」
「いや、本当に大丈夫だから――」
「ここなら周りが聞き耳立てることもない。俺とお前の仲だろ。……一人で抱え込んで潰れるつもりか?」
俺の強い眼差しに、浅見はぐっと言葉を詰まらせた。
箸を置き、深くため息をつくと、諦めたようにポツリと口を開いた。
「……実は、人事部長の川村さんに……」
浅見の口から上司である『川村』の名が出た瞬間――イヤホンの向こうで、オムニアが独断で動いた。
【神の目】を使い、社内ネットワークや川村の端末データへ一瞬でアクセスをかけたのだ。
浅見は絞り出すように惨状を語る。
川村の指示で部下は「残業禁止」とされて定時退社しているが、処理できなかった膨大な業務と全社員の評価査定が、すべて管理職である浅見ひとりへ集中していること。
そして、その残業を隠すために使われている偽装の手口まで、浅見はすべて話してくれた。
「……断れば【評価を下げる】と圧力をかけられる。僕が耐えれば部下は帰れるし……僕さえ我慢すればいいんだ」
痛々しく笑う浅見に、俺は怒りで拳を握りしめた。
表向きは【残業時間削減】を徹底しながら、そのシワ寄せを中間管理職に押し付ける最悪のパワハラだ。
「分かった。……浅見、もう少しだけ耐えてくれ。絶対に俺がなんとかする」
――
その日の定時後。
俺と桜井は、いつもの牛丼屋ではなく、会社から少し離れた路地裏にあるカラオケBOXの一室にいた。
防音対策が完璧で、大画面モニターとドリンクバーがあるこの場所は、極秘の作戦会議にはうってつけだった。
「……なるほど。入退館ログと勤怠システムを巧妙にすり抜けるトリックですか」
テーブルの上にノートPCを広げ、スクエア型のブルーライトカットメガネを装着した桜井が、淡々と状況を整理しながら、素早くキーを叩く。
「あぁ。川村の指示で、浅見は毎日定時に一度PCを落として退社扱いにする。そのあと時間を置いて再入館し、勤怠システムには【自己研鑽(私的勉強)】と入力させてタダ働きさせてるんだ。……オムニア、データはどうだ?」
俺がスマホをテーブルに置くと、画面の中のオムニアが腕を組んで言った。
『ダメだったわ、真一! 川村のPCや勤怠データ、メール履歴を全部洗ったけど、我の【神の目】をもってしても、浅見に残業を強制していた記録は何も見つけられなかったわ。おそらく、浅見自身に【自己研鑽(私的勉強)】として申告させてるのね。完全に手口が洗練されてて、データ上は無傷よ!』
「……クソッ、どこまでもズル賢い奴だな」
俺が絶句すると、桜井は眼鏡のブリッジを指で押し上げ、画面のオムニアを見つめた。
「……平野さんの高度対話型AI【オムニア】でも、存在しない記録までは見つけられないということですね」
オムニアを【最高性能の生成AI】と理解した桜井は、当然のようにその能力を評価しながら、ニヤリと毒のある笑みを浮かべた。
「証拠がないなら作ればいいんです」
「作る? どうやって?」
「完璧に計算された隠蔽工作ですが……逆に言えば、敵は【記録に残らないこと】を前提にタカをくくっています。なら、こちらからトラップを仕掛けましょう」
「トラップ……?」
「浅見課長には明日、あえて正式な『残業申請』をシステムから提出してもらいます」
「なっ……! そんなことをしたら、川村の奴、激怒して浅見を呼び出すぞ!?」
「ええ、確実に怒り狂って浅見課長を問い詰めるでしょうね。――それが狙いです」
桜井の目が、ゲーマー特有の「ボス攻略モード」の鋭い光を宿した。
「隠蔽に自信がある人間ほど、ルールを破られた瞬間に冷静さを失います。川村が激昂し、【浅見課長に残業申請の取り下げを命じた】その瞬間……今まで存在しなかった【証拠】が生まれます」
『ふふん! そのタイミングで我が【神の目】を使って、映像、音声、端末の操作ログ……川村が威圧した瞬間の発言まで、一秒の狂いもなく【証拠】として記録してみせるわ!』
俺は思わずパンッと手を叩いた。
「なるほど! 証拠がないなら、川村自身に作らせるんだな」
画面の中でオムニアがニシシと悪巧みな笑みを浮かべる。
「AIによるリアルタイム証拠化と、人間の誘導作戦……。完璧な連携ですね。……オムニア、キャプチャのタイミング調整、頼めますか?」
『我と桜井の知恵を合わせれば、どんな悪党の隠蔽工作だって一瞬で暴いて見せるわ!』
桜井は【AI】を信頼しきった様子で頷くと、モニターに向き直り、素早くキーを叩き始めた。
「よし……! 鉄壁の人事部長を、その傲慢さごとハメ撃ちにしてやる!」
カラオケBOXの密室で、川村人事部長を完封するための「残業申請トラップ作戦」が固まった。
(あとは――作戦実行あるのみ)
それにしても、さすが【黒の剣士ナナ】だ。ゲームの中でも何度となく窮地を救われてきたが、まさか現実でも助けられるとはな。
(俺が団長だと知ったら、桜井はどんな顔するんだろうな)
そんなことを考えながら、俺は桜井の横顔を眺めた。
「平野さん、何か?」
「……いや、なんでもない」




