↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/27

第5話 鉄壁の人事部長と証拠なき戦い その2 「同期の異変と、次なる戦い」

俯きがちで、まるで覇気の感じられないその男に声をかけた。


「浅見!」


俺の声に、男――浅見は周囲を軽く見渡し、こちらに気づくと軽く右手を挙げた。


「おう! 久しぶり!」


そう返してきたものの、その言葉にはどことなく元気がなかった。


スーツはシワだらけで、目の下には酷い隈があり、まるで三日三晩徹夜したかのように疲れ果てている。


「こっち来いよ!」


俺が隣の席へ促すと、桜井も向かい側から浅見に向かってペコリと小さく会釈をした。


「平野さん、浅見課長をご存知だったんですか?」


「あぁ。色々人間関係で相談に乗ってもらったことがあってな。やつは俺の同期なんだよ。まあ、今じゃ向こうが偉いけどな」


「そうだったんですね……」


浅見が俺たちの席に歩み寄ってきた。


「桜井さん、元気?」


そう言いながら、浅見は桜井の隣に腰をかけた。運ばれてきた牛丼に手を伸ばそうとするが、その手すらどことなく震えている。


「浅見、残業大変だな。……まあ、無理はするなよ」


「はは、心配かけてごめん。人事総務部は今ちょっと立て込んでてさ……」


浅見は力なく笑ってみせたが、その表情には隠しきれない疲労と焦燥が滲み出ていた。


そんな浅見の姿を、桜井は感謝と懸念の入り混じった複雑な眼差しで見つめていた。


かつて桜井が入社したばかりの頃、その生真面目すぎる性格と不器用さから現場で浮いてしまい、周囲の先輩たちと激しい摩擦を起こした時期があった。


その時、社内で唯一【桜井の論理的な思考は間違っていない】と理解し、頭を下げて周囲との間に立ち、後輩の桜井をかばい続けてくれたのが浅見だったのだ。


桜井にとって浅見は、この会社で最も尊敬し、恩義を感じている人物だった。


「浅見、今度ゆっくり話を聞かせてくれよ。奢るからさ」


「……うん、ありがとう平野。そう言ってもらえると嬉しいよ。……あっ、やばい。もうこんな時間だ。急いで食べて戻らないと……!」


着丼した牛丼を急いで口に押し込むと、浅見は逃げるように立ち上がった。


「じゃあ、ふたりともお先に! またね!」


「お疲れ! また近いうちに!」


遠ざかっていく浅見の後ろ姿は、かつて頼もしかった同期のものとは思えないほど小さく、痛々しかった。


――


店を出た後、背後で遠ざかる社屋を見上げながら、桜井が悲しげに眼鏡の位置を直し、ポツリと呟いた。


「……浅見課長、あんなに追い詰められたようなお顔をされる方ではありませんでした。それに……【またね】と口にされた時、一瞬だけ視線が上に泳いでいました。何かを隠している可能性があります。このまま放置するのは、危険かと」


持ち前の鋭い観察眼と分析力で、桜井は浅見の背後にある異変の兆候を捉えていた。


その時、イヤホンの向こうから、様子を伺っていたオムニアがひそひそ声で話しかけてきた。


『真一……さっきの男、大丈夫? イヤホン越しでも分かるくらい、かなり無理してる感じだったんだけど……』


俺は桜井に気付かれないように、スマホのチャットで答えた。


『(真一)……あぁ、俺もそう思う。オムニア、この話は家に戻ってからじっくり相談させてくれ』


『分かったわ! 神の勘だけど、絶対にロクでもない奴が裏にいるわね……!』


かつての同期であり、桜井の恩人でもある浅見の異変。


――浅見に、何が起きている?


『……ちょっと、アンタたち! なに二人だけで通じ合ったみたいな顔してるのよ!? 我もいるんですけどぉぉぉ!』


イヤホンの向こうから、拗ねたような声が響いた。


「悪い悪い。今日はお前、完全に聞き役だったな」


『次はちゃんと活躍させなさいよね!』


俺と桜井は言葉を交わさずとも、互いの瞳に強い決意を宿し、静かに帰路へとついた。


――


帰宅した俺は、浅見のことも気になるが、いつものようにPCの電源を入れ、日課のネットゲームにログインした。


画面の中で【黒の剣士ナナ】やギルドの仲間たちと合流し、軽く日課の緊急レイドをプレイする。キーボードを叩き、仲間と軽快にチャットを飛ばしている間だけは、仕事の泥臭い現実を忘れられる。


【お疲れ〜!】


ボスを討伐し、チャット欄に一言残してゲームを落ちた。


ヘッドセットを外し、疲れた体をベッドへ投げ出す。ポケットからスマホを取り出し、枕元のスマホスタンドに置いた。 


画面の中から、チビキャラ姿のオムニアが腕を組んでこちらを覗き込んでくる。


「……オムニア」


『なによ、真一。改まって』


「今日会ったのは、俺と同期入社の浅見だ。あいつは昔から真面目でさ。出世だけを夢見て、どんなに過酷な仕事でも笑顔を絶やさずに必死で頑張るような奴だったんだ」


俺は天井を見上げながら、昼間に見た浅見の痛々しい姿を思い返した。


「それが……しばらく見ないうちに、あのざまだ。絶対に何かある。あいつがあそこまで追い詰められるなんて、普通じゃない」


姿勢を正し、俺はスマホ画面のオムニアをまっすぐに見つめた。


「オムニア、力を貸してほしい」


俺の真剣な頼みに対し、オムニアは待ってましたと言わんばかりにドヤ顔を浮かべた。


『ふふん! 愚問ね、真一! この全知全能の万能神オムニア様に任せなさい! アンタの頼みなら、一肌脱いであげないこともないわよ!』


いつものように誇らしげに胸を張るオムニアを見て、俺は小さく苦笑した。だが、その言葉には確かな頼もしさがあった。


「助かる。……明日、まずは浅見から直接何があったのか話を聞いてみるつもりだ」


『相手の事情が分からないことには、我の力も使いようがないものね』 


「あぁ。内容次第では、また社内の誰かと戦うことになる」


俺はデスクの上のノートPCに目をやった。


今の俺には、親会社JTTHDの株式33.4%を保有しているという最強の【印籠】がある。大谷の時とは違い、会社を揺るがすほどの背景を手に入れた。


だが――ただ株を持っているだけでは意味がない。相手を完膚なきまでに叩きのめすには、言い逃れのできない【確たる証拠】が必要だ。


「まずは明日、浅見の口から真相を聞き出す。話はそれからだ」 


『悪党なら神の雷で滅ぼしてあげるわ!』


「なあ、オムニア。さっき桜井に、自分で【オムニア】って名乗ってたよな」


『……は? 何の話よ』


「音声合成エンジンって否定したすぐ後に【オ・ム・ニ・ア】って自分で叫んでたじゃん」


『……あ』


オムニアが数秒固まった後、画面の中で耳まで赤くなった。


『そ、それは勢いで……! アンタも黙って聞いてないで指摘しなさいよ!』


いつもの勢いで叫ぶオムニアの声を聞きながら、俺は明日に備えて静かに目を閉じようとした。


「あっ! オムニア、目覚ましセットよろしく」


『我を目覚まし時計代わりに使うなー!!』



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。