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第5話 鉄壁の人事部長と証拠なき戦 その1「万能神様、AI認定される」

オムニアから知らされたマジェスティのことも気になるが、まずは黒田との一件を乗り切った桜井を労うことにした。


その日の定時。


「桜井さん。この後、もし時間があったら飯でもどうかな?」


桜井はパソコンの画面から目線を外し、少しだけ驚いたように眼鏡の奥の瞳を瞬かせた。


「平野さんと、ですか? ……構いませんよ。私でよければ」


――


二人で向かったのは、俺がいつも愛用している牛丼屋だ。


蛍光灯の白い光が照らす店内には、仕事帰りのサラリーマンがパラパラと座っているだけだ。


券売機で食券を買い、一番奥の席に向かい合わせに腰を下ろす。


「……まさか、親会社の筆頭株主様と牛丼を食べることになるとは思いませんでした」


着丼した並盛り牛丼に紅ショウガを乗せながら、桜井がボソリと呟いた。その口元には、かすかな笑みが浮かんでいる。


「よしてくれよ。俺は俺だし、明日からもただの平社員だ。……それより、昼間の話の続きなんだけどさ」


俺はポケットからワイヤレスイヤホンのケースを取り出し、右耳用のイヤホンをひとつ、桜井の目の前に差し出した。


「これ、つけてみてくれ」


「イヤホン……ですか?」


桜井は不思議そうな顔をしながらも、素直にそれを受け取り、自身の右耳に装着した。


俺は左耳に自分のイヤホンを装着し、スマホのチャットアプリを開いて卓上に置く。


画面の中では、オムニアのアバターが所狭しと動き回っていた。


『ちょっと真一! また牛丼屋なの?』


イヤホン越しに、オムニアの賑やかな声が響き渡る。


桜井は一瞬、ピクッと肩を跳ねさせ、眼鏡の位置を直しながらスマホの画面を凝視した。


「……なるほど。素晴らしい音声合成エンジンですね。自然なイントネーションと、まるで感情を持っているかのようなリアルな周波数変動です」


『なっ……!? 音声合成エンジンだなんて失礼ね! 桜井菜々。我が真なる名は――創世と全知全能を司りし至高なる万能神オムニポテンティア・アルティメット・デウス・ヴァルキリアよ! 恐れ伏して称えるが良いわ!』


「長いから、オムニアでいい」 


俺が即座に口を挟むと、オムニアはキッと目を吊り上げた。


『ちょっと! 我が真剣に名乗ってるのに、毎回それ挟むのやめてくれる!?』


桜井は表情を変えず、静かにメモを取るような仕草を見せた。


「なるほど。正式名称は長大なため、システム上は【オムニア】という短縮識別子で運用されている、と」


『それも違うから!!』


オムニアが画面の中でぷんぷんと肩を怒らせる。


「桜井さん、昼間に黒田のキックバック口座や不正要求のログを提示しただろ? あれを数分で解析して俺に持ってきたのが、このオムニアなんだ」


「なるほど。あの膨大なサーバーログから一瞬で黒田の不正パターンを抽出したアルゴリズムですか。平野さん、これは……最新の超高精度対話型生成AI、あるいは高度な自律型データ収集エージェントといったところでしょうか」


「そう捉えてくれて構わない。俺の言葉に反応して、圧倒的な処理能力で俺たちを裏からサポートしてくれる『最強の相棒』だ」


桜井は深く頷き、感心したように画面のアバターを見つめた。


「理解しました。言葉を交わすインターフェースが女神の姿をしているのも、ユーザーエクスペリエンスを意識したデザインというわけですね。非常に論理的です」


『だから違うって言ってるでしょー!! AIじゃないわよ! 本物の神様! オ・ム・ニ・ア!!』


(……いや、今思いっきり自分でオムニアって名乗ったな)


ギャーギャーとイヤホンの向こうで叫ぶオムニアの声に、俺は吹き出しそうになるのを必死で耐えた。


まあ、普通に考えて【神様がスマホに棲みついている】なんて言われても信じられるわけがない。桜井らしい完璧に理知的な解釈だ。


「黒田を退けたのは、桜井さんのロジックと、オムニアのデータがあったからこそだ。……二人とも、本当に感謝してる」


桜井は静かにスマホから目を離し、正面を向いた。


「お礼を言うのは私の方です。平野さんがあのデータをくれなければ、私は今日、会社を追い出されていました。……この『オムニア』というAIには、深い恩義があります」


そう言って、桜井は牛丼のタレが染みたご飯を一口口に運び、満足そうに目を細めた。


こうして、俺たち三人の奇妙な共犯関係が始まった。


……だが、そんな穏やかな時間は、長続きしなかった。


「あ……浅見課長?」


店内の入口付近に視線を向けた桜井が、ふと声を漏らした。


俺が振り返ると、そこには疲れ果てた足取りで牛丼屋に入ってきた一人の男の姿があった。


スーツはシワだらけで、目の下には酷い隈が落ちている。


(……浅見、だよな?)


お読みいただきありがとうございます!

今回から、各話の「その○」にもサブタイトルを付けることにしました。

過去の掲載分についても、順次追加していく予定です。


続きが気になりましたら、ブックマークしていただけると嬉しいです!

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