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非エス三原則のハットを破り、フラチに恋慕るユリとユラ ~大正から令和へ受け継がれる百年の掟を打ち破らんと、二人の乙女が愛を誓う~  作者: 団田図


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第35話 歓喜の涙

 そして、運命の正午。

 帝都・東京の銀座華劇場、遠く離れたさぬき大歌舞座、そして日本全国に散らばる何百万という華乙女ファンの手元で、無数のスマートフォンが一斉に短い通知音を鳴らした。

 華ノ乙女ノ歌舞劇會の公式ウェブサイト、ならびに各メディアを通じて、一枚のリリースが全国に向けて一斉に配信されたのである。


『百周年記念特別公演演目および主演決定のお知らせ』

『演目:歴史悲劇「凍てつく星のシベリア〜完全編〜」』

『主演:天海ユリ(麗花)、八千草ユラ(麗花)ダブル主演に決定』


 その瞬間、日本中の時間が止まったかのような、異様な静寂が訪れた。

 しかし次の数秒後には、地鳴りのような爆発的な歓声と悲鳴が、全国の至る所で巻き起こった。上層部の姑息な隠蔽工作という最悪のシナリオを乗り越え、彼女たちの命懸けの反逆が、ついに劇會の重い扉を完全にこじ開けたのだ。


 インターネット上のSNSは、瞬く間に制御不能な熱狂の渦と化した。

「本当にダブル主演が実現した!」

「百年の封印が解かれた完全編、絶対に観る!」


 ドラマチックな展開を求める熱狂派のファンたちが歓喜の叫びを上げる一方で、昨日まで「伝統を汚すな」「雄飛の誇りを捨てるなんてファンへの裏切りだ」と猛抗議を続けていた保守派のファンたちの間にも、劇的な心情の変化が波及していた。


 創設者・飯倉蘭の直筆による推薦状という歴史的な大義名分。そして何より、絶大な人気を誇る雄飛としての輝かしいキャリアを苦悩の末に投げ打ち、ひとりの女性として愛する者の隣に立つことを選んだ天海ユリの、恐ろしいほどの覚悟。その圧倒的な自己犠牲と熱量を前にしては、いかに強固な保守の壁であろうとも、溶かされざるを得なかったのだ。


『……最初は許せなかった。掟を破るなんて言語道断だと思っていた。でも、あそこまで自身のすべてを捨てて、退路を断って挑むというのなら、もう見届けるしかないじゃない』

『ええ。一〇〇年続く原則を超えた先の演技……彼女たちが一体どんな光を放つのか、どうしても見たくなってきたわ』


 反発していた保守勢力すらもその本気の熱情にほだされ、日本中のすべての人々が「歴史が変わる瞬間」の目撃者となることを強烈に渇望した。

 公式発表からわずか数分のうちに、劇會のチケット予約サイトはアクセス過多で瞬時にサーバーがダウンし、劇場の電話回線は完全にパンク。親会社が運営する交通機関の窓口にまでファンが殺到する事態となり、かつてない規模の壮絶な「チケット争奪戦」の火蓋ひぶたが切って落とされた。


 +++


 帝都から遠く離れた、風光明媚な港町。さぬき大歌舞座の広大な稽古場でも、そのすさまじい熱狂は周囲の空気をびりびりと震わせていた。


「ユラさん……っ!やりました、ユラさんたちが一位です!」

「ダブル主演、本当に……本当に決定しましたよ!」


 スマートフォンを食い入るように見つめていたさぬき華組の劇會員たちが、弾かれたように顔を上げ、悲鳴にも似た歓声を上げた。

 その輪の中心に立っていた八千草ユラは、画面に躍る『天海ユリ(麗花)、八千草ユラ(麗花)』という文字の並びを、ただ静かに、まばたきすら忘れてじっと見つめていた。


 これまで彼女は、氷室マネージャーによる突然の左遷という絶望的な逆境の中にあっても、決して折れることなく気丈に振る舞い続けてきた。さぬきの地で次期トップスターの座を自らの圧倒的な実力でもぎ取り、何事にも大胆な姿勢で取り組む本来の姿を崩さず、常に攻勢の構えで牙を研ぎ続けてきた。

 しかし、公式発表のその確かな文字を見た瞬間、彼女の内で限界まで張り詰めていた強靭な緊張の糸が、ふっと音を立てて解けた。


「……やっと、先の見えない深いトンネルから抜け出せたのね」


 艶やかな黒髪を揺らし、仲間たちへ向けて美しく微笑もうとしたユラの大きな瞳から、せきを切ったように涙が溢れ出した。

 それは、一人きりの暗い夜に海を見つめて流した、寂しさや惨めさの涙ではない。物理的に引き裂かれ、遠く離れた地でユリの大きな手や、骨が軋むほど強く抱きしめてくれたあの腕の熱さを求め続けた、極限の渇望がついに報われた安堵の涙だった。


「ユラさん……っ!本当によかった……!」


 最初は東京から来たよそ者として、スキャンダルの元凶だと冷ややかな視線を向けていたさぬきの麗花たちが、今や完全にユラの放つ魂の光に魅了されていた。彼女たちは我先にと駆け寄り、自分たちのことのように泣き崩れながら、ユラの細い身体を次々と抱きしめる。

 仲間たちの温かい祝福の輪の中で、ユラは頬を濡らしながらも、嬉しそうに目を細めた。そして、スマートフォンを自身の胸元へ痛いほどに強く抱きしめ、窓の外に広がる青い空——遥か遠く、愛しい人がいる東京の空へと真っ直ぐに視線を向けた。


(ユリ……。あなたが私を守るための『雄飛』という鎧を脱ぎ捨ててくれた覚悟、しっかりと受け取ったわ。早く会いたい……)


 心の中で、誰よりも愛おしい人の名を呼ぶ。

 深夜の非常階段で、監視の目を盗んで暗号のようなメッセージで励まし合い、画面越しにしか熱を帯びた視線を絡ませることができなかった息苦しい日々は、もう終わるのだ。これからは、誰の目も気にすることなく、堂々と舞台の中央でも外でもその手を握り合い、愛を誓うことができる。


(早くあなたに触れたい。あの薄暗い衣装部屋や冷たいベランダで交わした口づけよりも、もっと深く……。あの不器用で、でも誰よりも深いあなたの愛情で、私を壊れるくらいに抱きしめて……)


 ユラの身体の奥底から、ユリへの狂おしいほどの恋慕が熱い波となって押し寄せる。勝利の圧倒的な余韻の中で、彼女の胸を今満たしているのは、劇會という巨大なシステムへの反逆の成功すら超えた情動だった。ただ一人の女性として、天海ユリという人間に早く逢い、その温もりに溺れたいという、純粋で激しい渇望だけであった。


 雄飛という鎧を脱ぎ捨て、ひとりの女性として真実の愛を証明する、二人のための本当の舞台の幕が、今、高らかに上がろうとしていた。

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