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非エス三原則のハットを破り、フラチに恋慕るユリとユラ ~大正から令和へ受け継がれる百年の掟を打ち破らんと、二人の乙女が愛を誓う~  作者: 団田図


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第28話 緊急記者会見

 銀座華劇場の最上階、重厚な扉に閉ざされた理事長室では、激しい怒号が飛び交っていた。


「ええい、一体どういう管理をしているんだ氷室! 劇會の根幹を揺るがす大スキャンダルなど言語道断だ! 天海と八千草は直ちに解雇しろ! あの不愉快な三流記事も、全メディアに圧力をかけて今すぐ出版停止にしろ!」


 華ノ乙女ノ歌舞劇會の理事長・御子柴みこしば健造が、真っ赤な顔で高級なマホガニーのデスクを激しく叩きつける。伝統と格式、そして何より親会社の機嫌と利益を最優先する彼にとって、今回の騒動は許しがたい反逆行為だった。

 しかし、窓際に立つマネージャーの氷室弘樹は、銀縁眼鏡の奥の瞳を冷ややかに細めたまま、一切の感情を交えずに口を開いた。


「……不可能です、理事長。今回のリークは、用意周到に計算された同時多発的なテロです。週刊誌、ネットメディア、演劇専門誌……すべての媒体に完璧な裏付け資料と共に一斉にばら撒かれた。もはや圧力をかけて隠蔽できる規模ではありません」


 氷室の冷徹な分析に、御子柴は絶句する。

 氷室にとっても、これは完全に予想外の痛恨の一撃だった。物理的に引き離し、孤独を与えれば沈静化するはずだった若すぎる熱情が、まさか外部のジャーナリストを巻き込んで劇會全体を吹き飛ばす巨大な爆弾となって返ってくるとは。彼の緻密なデータには存在しない、二人の愛をみくびった末の狂暴なイレギュラーだった。


「では、どうしろと言うんだ! このままでは劇會のブランドに傷がつく!」

「今、彼女たちを解雇、あるいは力技で降板させれば、事態はさらに悪化します」


 氷室は手元のタブレット端末を操作し、御子柴の前のモニターにリアルタイムのデータを映し出した。


「ご覧ください。現在、熱狂的なファンたちによる支持の声は、保守派の抗議を飲み込む勢いで急速に拡大しています。もしここで上層部の権力を使って天海と八千草を不当に排除すれば、熱狂派のファンが暴動に等しいデモを起こすでしょう。チケットの大量キャンセルによる甚大な経済的損失はもちろん、親会社である『さぬきホールディングス』の株価急落も免れません」


 冷徹な数字の暴力の前に、御子柴は呻き声を上げて頭を抱えた。劇會というビジネスを守る最強の防波堤である氷室の数式が、世論という巨大な熱狂の渦の前で初めて機能不全に陥っていた。

 しかし、氷室の目はまだ死んでいない。彼は極限の状況下で、ある冷酷な「罠」を思いついていた。


「……理事長。怒り狂う保守派を鎮めつつ、熱狂派にも納得させ、かつ合法的にあの二人を舞台から引きずり下ろす方法が、一つだけあります」


 +++


 その日の午後。銀座華劇場のプレジデントホールにて、異例の緊急記者会見が開かれた。

 無数のフラッシュの嵐が瞬く中、マイクの前に立った氷室と御子柴の姿が、全国のテレビやインターネットで生中継される。


 汐留寮の談話室でも、ユリをはじめとする劇會員たちが、息を呑んで画面を見つめていた。

 画面越しの氷室は、一切の動揺を見せることなく、淡々と、しかし衝撃的な発表を行った。


『今回の報道により、世間ならびにファンの皆様に多大なる混乱を招いたことを深くお詫び申し上げます。お騒がせしております件は、事実確認を進めている最中でございます。……さて、華ノ乙女ノ歌舞劇會は、間もなく創設百周年を迎えます。この歴史的な節目に際し、次回の百周年記念特別公演について、異例ではありますが、画期的な決定を下しました』


 氷室は眼鏡を押し上げ、カメラの向こうの何百万という群衆を冷徹に見据えた。


『次回の特別公演の「演目」、そして「主演の二人」は……公式ファンクラブである白華会の会員を中心とした、ファンの皆様の直接投票によって決定いたします』


 その瞬間、会見場はどよめきに包まれ、談話室で見ていた劇會員たちからも「えっ!?」と驚愕の声が上がった。

 劇會の上層部が、絶対的な権力であったキャスティング権をファンに委ねるなど、前代未聞の出来事である。世間からは即座に「劇會が折れた」「ファンの声を反映する民主的な対応だ」と称賛の声が上がり始めた。


 しかし、ユリにはその決定の裏に隠された、氷室の狡猾な意図がはっきりと見えていた。


「……罠だわ」


 談話室の端で画面を見ていた同期の劇會員が、青ざめた顔で呟く。


「ファン投票になれば、数の上では伝統を重んじる保守派のファンが圧倒的に有利よ。彼女たちが結託して別の演目と他のトップスターに票を集中させれば、天海さんのダブル主演案は『ファンに選ばれなかった』という正当な理由で、跡形もなく握り潰される……!」


 上層部は自らの手を汚すことなく、ファンという大義名分を使ってユリとユラの反逆を合法的に鎮圧しようというのだ。あまりにも冷酷で、計算し尽くされた防波堤の反撃だった。

 談話室の空気が絶望に沈みかける中、画面の前のユリは、ゆっくりと立ち上がった。


 その涼しげな横顔に、怯えや諦めは微塵もなかった。むしろ、深い瞳の奥で、かつてないほどの鋭い闘志の炎が美しく燃え上がっている。


「天海さん……」

「心配はいらない」


 不安そうに見つめる仲間たちを振り返り、ユリは不敵に微笑んだ。


「上層部の隠蔽という最悪のシナリオは回避できた。舞台の幕を開ける権利は、御子柴や氷室ではなく、私たちとファンの手に委ねられたんだ」


 ユリは窓の外、遥か遠くさぬきの空へと思いを馳せるように視線を向けた。

 さぬきでは今、ユラが圧倒的な実力で次期トップスターへの階段を駆け上がり、自らの力で熱狂的なファンを獲得している。氷室は「保守派の数」を信じているようだが、ユリとユラが魂を削って生み出す愛の熱量は、そんな薄っぺらい計算などたやすく凌駕するはずだ。


(待っていてくれ、ユラ。きっとうまくいく。俺たちは必ず、新しい時代の舞台に立つ)


 ユリは自身の大きな手を強く握り締め、力強く宣言した。


 百年の掟を懸けた、前代未聞のファン投票。

 華ノ乙女ノ歌舞劇會の歴史を変え、二人の真実の愛を証明するための命懸けのステージが、いよいよ真の幕を開けようとしていた。

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