第27話 歴史的スクープ
その日の早朝、日本中を震撼させる巨大な爆弾が、一斉に世に放たれた。
独立系のベテラン演劇ジャーナリスト・桐生塔子の恐るべき手腕により、週刊誌の独占スクープを皮切りに、大手ネットニュース、さらには権威ある演劇専門誌に至るまで、あらゆるメディアがひとつのセンセーショナルな記事を報じたのである。
『華ノ乙女ノ歌舞劇會、百年の封印が解かれる!創設者の真実と、掟への反逆』
記事を構成する柱は、劇會の根幹を揺るがす歴史的な新事実だった。
一つ、創設者・京本琴子が記した『凍てつく星のシベリア』の幻の台本(真の結末)の発見。
二つ、百年もの間、金庫に封印されていた創設者同士の時を超えたラブレター。
三つ、今なお存命である創設者・飯倉蘭の直筆による「非エス三原則撤廃の推薦文」。
それだけでも演劇界をひっくり返す特大のスクープであったが、世間の目を最も釘付けにし、度肝を抜いたのは、記事の最後に記された天海ユリ自身の「宣言」だった。
『絶大な人気を誇る次期トップスター候補の雄飛・天海ユリが、自身のキャリアにおいて初めて麗花への転向を宣言。引き裂かれた八千草ユラとのダブル主演を熱望!』
それは、劇會における「雄飛と麗花」という絶対的な役割を自ら放棄し、ひとりの女性として愛する者の隣に立つという、退路を完全に断った命懸けの愛の証明であった。
記事は瞬く間にSNSで爆発的に拡散され、朝のワイドショーは全局がこの前代未聞のスキャンダル——いや、歴史的クーデターを同性愛という多様性な現代と、閉塞的な大正時代とを絡めてトップニュースで取り上げ、日本中を巻き込む巨大な熱狂の渦へと発展していった。
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帝都から遠く離れたさぬき市の劇會員寮でも、そのニュースは朝の静寂を切り裂いていた。
「ユ、ユラさん!これ、ニュース見ましたか!?天海先輩が、麗花に転向するなんて……!」
スマートフォンを握りしめ、血相を変えて駆け込んできたさぬきの劇會員たちを前に、当の八千草ユラは、穏やかな朝の光の中で静かに紅茶を飲んでいた。
周囲の仲間たちが「劇會を追放されてしまう」「どうして雄飛のキャリアを捨てるような無謀な真似を」とパニックに陥る中、ユラだけは一切の動揺を見せず、手元の画面に躍るユリの決意の言葉を、愛おしそうに、そして誇らしげに見つめていた。
(ユリ……。あなたという人は本当に……私を守るための『雄飛』という鎧を脱ぎ捨てて戦場へ立ったのね)
ユラは、ユリの無謀とも言えるこの決断に微塵も驚いていなかった。
東京とさぬきに物理的に引き離されていようと、ユラは常にユリと共に戦っているという強烈な意識を持っていた。ユリが何をしようと、それが自分たちの愛を守り、新しいルールを作るための最善の選択であると、心の底から確信し、完全に信用していたのだ。
「大丈夫よ、みんな」
ユラは優雅にカップを置き、艶やかな黒髪を揺らして立ち上がった。その真っ直ぐに前を見据える瞳には、揺るぎない覚悟と、トップスターとしての圧倒的なカリスマ性が満ちていた。
「ユリは間違ったことなんて一つもしていないわ。彼女は劇會の未来を思っての行動をとったまでよ……私はここで、彼女の隣に立つにふさわしい最高の麗花として、戦う準備を進めるだけ。いえ、もうすでに共に戦い始めているわ」
その堂々たる振る舞いと、愛する者を信じ抜く強靭な精神力に、パニックを起こしていたさぬきの仲間たちは次第に息を呑み、圧倒されていった。遠く離れていても魂で結ばれた二人の「共犯関係」は、周囲の人間をも巻き込み、静かに、しかし確実に反逆の炎を燃え広がらせていた。
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一方、帝都・東京の銀座華劇場は、まさに阿鼻叫喚の坩堝と化していた。
記事の発表直後から、全国に数百万人規模の会員を抱える公式ファンクラブ「白華会」や世間の反応は、真っ二つに割れて激突した。
『百年の伝統を汚すな!』
『雄飛の誇りを捨てるなんて、ファンへの裏切り行為だ!』
『スキャンダルの元凶であるユラを今すぐ追放しろ!』
非エス三原則や、雄飛と麗花の絶対的な役割を神聖視する「保守派」のファンからは、怒り狂った猛抗議の電話や手紙が劇會に殺到した。
しかし、その怒号をかき消すほどの凄まじい勢いで声を上げたのが、ドラマチックな展開や禁断の愛に熱狂する「熱狂派」のファンたちだった。
『これぞ歴史的瞬間。見逃すな!』
『百年封印された真実の愛!最高にエモい!』
『天海ユリと八千草ユラのダブル主演、絶対に上演して!』
SNS上では二人を熱烈に支持するハッシュタグが瞬く間に世界トレンド一位を獲得。さらには、「幻の台本を一目見たい」「歴史が変わる公演のチケットはどこで買えるのか」という問い合わせが劇會の電話回線を完全にパンクさせ、ついには親会社である「さぬきホールディングス」が運営する交通機関の窓口にまで影響が及ぶという、未曾有の社会現象へと発展していた。
劇場のバックステージでも、この特大の爆弾の投下に劇會員たちがパニックに陥っていた。
稽古場に向かおうとしていたユリの前に、伝統を重んじる一部の劇會員やスタッフたちが立ち塞がり、非難の声を浴びせる。
「天海さん、一体何を考えているの!」
「劇會のルールを公然と批判するなんて……それに雄飛を捨てるなんて、どうかしているわ!」
矢継ぎ早に飛んでくる怒声。しかし、ユリは涼しげな目元を伏せることなく、真っ直ぐに彼女たちを見据えていた。すべてを失う覚悟で放った一撃だ。今さら周囲の反発で揺らぐような心持ちではない。
ユリが口を開こうとした、その時だった。
「騒ぎ立てるな。みっともない」
凛とした、しかし氷のように鋭い声が廊下に響き渡った。
非難の声を上げていた劇會員たちが、ハッと息を呑んで道を空ける。そこに立っていたのは、菊組の次期トップスター候補であり、かつて誰よりも「非エス三原則」の遵守を狂信的に掲げていた東郷セイラだった。
「東郷先輩……」
セイラは圧倒的なオーラを放ちながらユリの前に進み出ると、ユリを責め立てていた者たちを鋭く睨みつけた。
「天海がどれほどのものを天秤にかけ、自身のキャリアのすべてを捨ててまであの宣言をしたのか……その覚悟の重さも知らずに、喚き散らすのはやめなさい。私たちは舞台人よ。言いたいことがあるなら、舞台の上の結果で魅せなさい」
かつて、「私情を挟む者に舞台に立つ資格はない」とユリを冷酷に切り捨てた規律の鬼が、今、自らの盾となって保守派の反発を跳ね除けている。
セイラは、『氷の盾、炎の刃』の舞台裏でユリとユラの真実の愛を目の当たりにし、過去の己のトラウマを救済されていた。だからこそ、今度は自分が彼女たちの覚悟を見届ける防波堤になるのだと、不器用ながらも力強い援護射撃を行ったのだ。
「……ありがとうございます、東郷先輩」
ユリが深く頭を下げると、セイラはふいっと視線を逸らし、「勘違いしないで。私はただ、無謀な人間が危機を乗り越えた先の演技、それがどうなるか見てみたいだけよ」と強がって背を向けた。
強固だった百年の掟の檻が、今、激しい熱狂の渦の中で確実に崩れ始めていた。




