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非エス三原則のハットを破り、フラチに恋慕るユリとユラ ~大正から令和へ受け継がれる百年の掟を打ち破らんと、二人の乙女が愛を誓う~  作者: 団田図


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第25話 裏路地の純喫茶

 帝都・東京、深夜の汐留寮。

 天海ユリは、自室の机の上で薄暗いデスクランプの明かりだけを点け、その下に広げられた数々の「武器」を静かに見下ろしていた。


 香川の琴平ことひらで、創設者である飯倉蘭から託された品々。

 色褪せた和紙に綴られた『幻の台本』の後半部分。蘭と京本琴子の間で交わされた、むき出しの愛が刻まれた何通もの古いラブレター。そして、達筆な墨文字で書かれた、時代に合わない「非エス三原則」の撤廃を推奨する蘭直筆の推薦文。


 これらは間違いなく、華ノ乙女ノ歌舞劇會の百年の歴史を根底から覆す、最強の爆弾であった。

 しかし、ユリの研ぎ澄まされた眼差しには、焦りも油断もなかった。


(これを、どう使うかだ……)


 ユリは大きな手で跳ねた毛先を弄りながら、冷徹な思考を巡らせる。

 これらの証拠を、直接上層部や氷室マネージャーに叩きつけたところで、彼らが素直にルールを撤廃するはずがない。伝統と格式、そしてスポンサーの機嫌を最優先する理事長の御子柴や、極限の合理性で劇會の利益を守る氷室にとって、こんなものはスキャンダルという名の「不良債権」でしかないからだ。

 劇會の内部で処理しようとすれば、圧倒的な権力によって確実に握り潰され、闇に葬られる。そして今度こそ、ユリとユラは劇會から完全に追放されるだろう。


 劇會という強固なシステムを内側から壊すためには、外からの巨大な波が必要だった。上層部ですら手出しできないほどの、圧倒的な「世論の力」とファンの熱狂である。


(そのためには、誰にこの事実を託すかが鍵になる)


 三流のゴシップ誌では駄目だ。下世話な同性愛スキャンダルとして消費されるか、さもなくば氷室の圧力によって出版前に潰されるのがオチである。必要なのは、単なるゴシップ狙いではなく、舞台芸術に対する深い敬意と審美眼を持ち、劇會のビジネス体質に屈しない強いジャーナリストの魂だ。


 ユリの脳裏に、一人の人物が浮かび上がった。

 独立系のベテラン演劇ジャーナリスト、桐生塔子。

 彼女はかつて、劇會の上層部が役者をただの「商品」として消費する体質を痛烈に批判する記事を書いていた。常に「本物の芸術が生まれる瞬間」を探し求めている彼女ならば、この幻の台本に込められた創設者の魂を理解し、世間を動かす最強の共犯者になってくれるかもしれない。


 ユリは机の上の手紙や台本を丁寧に紙袋へと仕舞い込んだ。

 視線を上げると、窓の外には東京の夜空が広がっている。遠く離れたさぬきの地で、同じ空を見上げながら次期トップスターへの道を駆け上がっている最愛のユラの姿を思い浮かべる。


(ユラ、俺は戦う。……俺たちの手で、新しい時代を作るために)


 ユリは帽子を目深に被り、覚悟と共に暗い部屋を後にした。


 +++


 数日後の夜。

 帝都の裏路地にひっそりと佇む、古びた小劇場。そのすぐ裏手にあるレトロな純喫茶の店内は、壁紙がヤニで茶色く変色し、紫煙の匂いが染み付いていた。

 華會のトップスター候補が足を踏み入れるには、あまりにも不釣り合いな場所である。


 カラン、とドアベルを鳴らして入店したユリは、周囲の目を警戒しながら一番奥のボックス席へと向かった。

 そこには、短い髪を無造作に流し、鋭い眼光を放つ四十五歳の女性が、煙草の煙をくゆらせながら座っていた。桐生塔子である。


「……天下の華乙女の雄飛様が、こんな薄汚い場所に何のご用かしら?」


 塔子は煙草を灰皿に押し付けながら、目の前に座ったユリを品定めするように見つめ、鼻で笑った。


「桐生さん。単刀直入に申し上げます。華會の百年の歴史を覆す、真の芸術を世に出したい。……私に、協力していただけないでしょうか」


 ユリの真っ直ぐな言葉に、塔子は呆れたようにため息をついた。


「真の芸術ねぇ。劇會に飼われた温室育ちの水鳥が、随分と青臭い寝言を言うじゃない。あんたたち上層部の操り人形に、本物の芸術なんて生み出せるのかしら」


 冷ややかな拒絶。上層部が役者を「商品」として消費する体質を嫌悪している塔子にとって、華會の看板を背負うユリもまた、そのシステムの一部に過ぎないのだ。


「それにね」


 塔子は身を乗り出し、ユリを射抜くような鋭い視線を向けた。


「あんたたちのところの氷室って番犬は、とてつもなく醜悪だからね。……過去に私が掴んだ華會の『火種スキャンダル』も、あいつの冷徹な隠蔽工作のせいで、見事に揉み消されたわ。中途半端な覚悟でスキャンダルをリークしようって魂胆なら、今すぐ帰りなさい。火傷じゃ済まないわよ」


 塔子の言葉には、氷室への深い因縁と、ジャーナリストとしての鋭い警戒心が滲み出ていた。

 しかし、ユリは一切怯むことなく、その決意に満ちた目元に確固たる信念を宿して塔子を見据え返した。


「これは、中途半端な火遊びなどではありません。私の……そして、私が命懸けで愛する人の、人生のすべてを懸けた反逆です」

「……何?」


 ユリは持参した紙袋に手を入れると、古びた和紙の束を取り出し、テーブルの上へと静かに置いた。


「これは、大正時代に劇會を立ち上げた創設者・京本琴子と飯倉蘭が隠し通した、百年前の真実の証拠です。氷室にも、上層部にも、誰にも握り潰させないための……最強の爆弾であると自負しております」

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