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非エス三原則のハットを破り、フラチに恋慕るユリとユラ ~大正から令和へ受け継がれる百年の掟を打ち破らんと、二人の乙女が愛を誓う~  作者: 団田図


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第21話 繋がれた手

 飯倉蘭の客間には、古びた畳の匂いと共に、百年の時を封じ込めたような静謐せいひつで重々しい空気が漂っていた。

 壁に飾られた若き日の京本琴子の白黒写真が、静かに今の三人を見下ろしている。


「あの日、冷たい鉄の扉の向こうに、真実の愛の結末と、私へのすべての恋文を封じ込めてから……琴子さんは七十八歳でこの世を去るまで、華ノ乙女ノ歌舞劇會に残り続けたんよ」


 車椅子に座る蘭の静かな声が、部屋に響く。

 創設からの激動の時代を乗り越え、琴子は後進の指導や演劇界の発展に生涯を捧げた。破天荒なカリスマ性で劇會を牽引し続けた彼女の背中を、蘭は誰よりも近くで見守り続けたという。


「公の場では、決して指先一つ触れ合うことはなかった。それでも、私たちの魂は誰よりも深く結びついとった。……でもね、琴子さんが亡くなった後日、私は劇會を卒會そつかいしたんよ。彼女と共に創る演劇が私の全てだったまい」


 それから今日に至るまで、蘭は生涯独身を貫き通した。

 百十六歳。気の遠くなるような時間を、ただ琴子との思い出だけを反芻はんすうして生き抜いてきた。それが、蘭にできる唯一の、そして永遠の愛の証明だったのだ。


「それが、今あんたたちを苦しめている『非エス三原則』の本当の成り立ち。私たち自身が、私たちを縛り付けるために血を吐く思いで作った、呪いの檻なんよ」


 百年の歴史の真実を突きつけられ、天海ユリと八千草ユラは言葉を失っていた。

 自分たちを容赦なく締め付けてきた絶対的な掟の裏に、これほどまでに壮絶で、痛ましい自己犠牲が隠されていたとは。


 ユラは堪えきれず、大きな瞳からポロポロと大粒の涙をこぼした。その細く白い指先が、隣に座るユリの分厚い手へと無意識に伸びる。ユリは何も言わず、ユラの震える手を自身の両手で包み込み、骨が軋むほど強く握りしめた。

 蘭の前であることも忘れ、二人はすがりつくように肩を寄せ合い、互いの体温を痛いほどに確かめ合う。その姿を見て、蘭の深く刻まれた目尻が優しく下がった。


 +++


「蘭様……」


 涙を拭い、顔を上げたユラの瞳には、悲しみではなく、煌々と燃えるような強い意志が宿っていた。恋に貪欲で、愛のためなら誰よりも大胆になるユラの芯の強さが、その艶やかな声色に表れる。


「私たちも……創設者のお二人と同じです。掟に反していると分かっていても、お互いを狂おしいほどに愛しています。ユリに触れられない世界なんて、私には考えられない」


 ユラは繋いだ手を引き寄せ、ユリの腕に頬を擦りつけるようにして寄り添った。ユリもまた、涼しげな目元に深い愛おしさを滲ませてユラを見つめ返す。


「俺は……雄飛として、どんな手を使ってでもユラを守り抜きたい。けれど、今の劇會のルールの前では、俺は何の力も持たないただの無力な存在です」


 実直で不器用なユリが、血が滲むほど唇を噛み締めながら、自身の痛ましい葛藤を吐露する。


「冷徹なマネージャーに私たちの関係が感づかれ……ユラは帝都からこのさぬきの地へ、栄転という名目で強制的に左遷されました。物理的に引き裂かれ、監視の目を盗んで隠れて愛を囁き合うことしかできない。東京の駅で、分厚いガラス越しに遠ざかっていくユラを見た時……俺は雄飛という鎧の無意味さに絶望しました」


 ユリの苦しげな告白を受け、ユラが「そんなことないわ」と首を振り、空いた方の手でユリの頬を優しく包み込んだ。ユラの圧倒的な愛情が、ユリの絶望を溶かしていく。


「お二人が身を削って築き上げたその『盾』があったからこそ、今の劇會があり、私たちが舞台に立てている。その計り知れない覚悟には、心から感謝と敬意を抱いています。……ですが蘭様、百年という歳月が、その尊い盾を私たちを引き裂く冷たい『檻』に変えてしまいました。お二人が守り抜いてくださったこの場所で、私はもう、愛する人を隠して息を潜めるような生き方はしたくありません」


 ユラはユリと繋いだ手を持ち上げ、蘭の目の前でその白く細い指をユリの指の間に滑り込ませ、幾重にも深く絡ませた。それは、決してこの手を離さないという強烈な愛の証明だった。


「私たちは、演劇も、お互いの愛も、どちらも手放したくありません。時代が押し付けた檻の中で生きるのではなく、私たちの愛で、新しいルールを作りたいんです」


 真っ直ぐに蘭を見据える若い二人の姿に、蘭はふっと息を呑んだ。

 不器用ながらも必死に愛する者を庇おうとするユリの雄飛としての姿は、かつて自分を守るために自らの手を汚し、無慈悲な掟を作った琴子に重なる。そして、時代遅れの檻を壊そうと情熱的に牙を剥くユラの瞳には、琴子のような破天荒なカリスマ性と、かつての自分自身のひたむきな愛が混ざり合っていた。


「……本当に、よく似とるまい。昔の私たちに」


 蘭は、静かに、しかし確かな喜びを帯びた涙を浮かべて微笑んだ。百年の時を超え、自分たちが封印した本当の願いを解き放ってくれる存在が、今、目の前で固く手を握り合っているのだ。

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