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非エス三原則のハットを破り、フラチに恋慕るユリとユラ ~大正から令和へ受け継がれる百年の掟を打ち破らんと、二人の乙女が愛を誓う~  作者: 団田図


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第11話 秘密の暗号

 帝都・東京の夜。汐留寮の暗い自室で、天海ユリは力なくベッドに横たわっていた。


 ユラが遠くさぬき大歌舞座へ移動させられてからというもの、ユリの心は深い惨めさと無力感に支配されていた。雄飛としての誇りも失いかけ、ただ暗闇の中でスマートフォンを見つめるだけの抜け殻のような日々。


 深夜二時。不意に、握りしめていた画面が淡く発光し、短い振動が掌に伝わった。


『遅くにごめんね。今日のさぬきはすごく寒かったよ。でも、名物のうどんが温かくて美味しかった。白くて細い麺が、まるで雪原の白鹿みたいだったな』


 ユラからのメッセージだった。表向きは、新しい環境での他愛のない日常報告だ。氷室マネージャーや厳格な重村静江の監視の目を警戒し、私情を極力排した無難な文面に見える。


 しかし、ユリの視線が、その文章のある一点でピタリと止まった。


(……雪原の白鹿?)


 ユリは上体を起こし、食い入るように画面を見つめ直した。うどんの麺を白鹿に例えるなど、いくらなんでも不自然すぎる。


『雪原の白鹿』。それはかつて、二人が誰の目も盗んで、密かに立ち稽古を行った演目『月夜の獣たち~境界の森~』において、ユラが演じた役柄そのものだった。


 ユリの脳内で、眠っていた記憶が急速にパズルを組み上げていく。ユラからのメッセージには、続きがあった。


『こっちは黒いヒョウ柄の猫が多いみたい。境界の塀を越えて、いつも私の方を見てる。……泉の冷たさに負けずに、明日も頑張るね』


 黒豹。境界。泉。


 間違いない。これは、監視の目をかいくぐるためにユラが仕組んだ、二人だけにしか分からない秘密の暗号シークレット・コードだ。


『私は負けない。あなたを愛している』


 無機質な文字の羅列の裏側に、芯の強いユラの、圧倒的なまでの愛と闘志が隠されている。その真意を解読した瞬間、ユリの胸の奥底で凍りついていた心に、ボッと熱い火が灯った。


「……ユラ、お前ってやつは……」


 ユリはスマートフォンを両手で包み込み、自身の額に強く押し当てた。暗闇の中で、ユリの瞳から静かな、しかし確かな生気を帯びた涙が零れ落ちる。


 愛する人は、遠く離れた地でたった一人、絶望に抗いながら戦っているのだ。雄飛である自分が、ここで惨めに泣いている場合ではない。ユリの背筋に、再び舞台に立つための強い力が宿っていくのを感じていた。


 +++


 翌日。本拠地であるさぬき大歌舞座の広大な稽古場には、ピンと張り詰めた空気が漂っていた。


「そこ、ステップが遅れているわ。もう一度、最初から」


 凛とした声が響き渡り、周囲の劇會員たちが息を呑む。声の主は、東京から着任してきたばかりの八千草ユラだった。


 突然の異動により、さぬきの組では当初「よそ者」として冷ややかな視線を向けられていたユラ。しかし、彼女は決して腐ることなく、持ち前の聡明さと芯の強さで、圧倒的な実力を示し続けていた。


「八千草さん、すごい……。東京の舞台でどれほど練習したら、あんなに表現力が豊かになるの……?」


 さぬきの麗花たちが、ユラのしなやかで大胆な演技を前に圧倒され、感嘆の声を漏らす。


 奔放で愛に率直であるユラは、どんな逆境に置かれようとも折れることはない。むしろ、時代が押し付けた檻の中で生きるのではなく、私たちの愛で新しいルールを作るという自身の強い信念が、彼女の美しさに凄みを持たせていた。


(ユリ。私はここで絶対に結果を出してみせる。いつか必ず、またあなたの隣に立つために)


 ユラは額の汗を拭い、東京の空に向けて熱を帯びた視線を送る。物理的な距離がどれほど離れていようと、二人の魂の引力は、かつてないほどの強さで結びついていた。


 +++


 数日後、帝都・東京の銀座華劇場。


 現代劇『シークレット・コード~画面越しの君へ~』の幕が上がった。現代の若者社会を舞台にしたこの演目で、ユリは顔を隠して活動する人気のストリートダンサーを演じていた。


 薄暗い路地裏のセット。ダンサーであるユリは、小道具のスマートフォンをタップし、正体を知らない厳格な音楽一家のクラシックピアニストと暗号のようなメッセージを交わし合う。


「……お前の音色を聞くと、不思議と胸の奥が熱くなる。お前は、どこの誰なんだ」


 ユリが呟く台詞は、現実におけるユラとの秘密のやり取りと完全にシンクロしていた。


 前回の『帝都狂騒曲~1929年の逃避行~』で見せたような、自身を引き裂く絶望の暴走はもうない。今のユリの演技には、暗闇の中で確かな愛を見つけ出した、洗練された輝きと雄飛としての圧倒的な包容力が満ちていた。


 見知らぬピアニスト役の麗花へ向ける情熱の奥には、常にさぬきで戦うユラの姿が重なっている。舞台上でスマートフォンを見つめるユリの涼しげな目元には、言葉にはできない深い慈愛が宿っていた。


(ユラ、俺も戦う。お前が送ってくれたこの秘密のコードが、俺に力をくれる限り)


 ユリのしなやかなダンスが、ステージ上で躍動する。監視社会の目をかいくぐり、二人だけの暗号で魂を繋ぐ強さを表現する物語は、現実の理不尽な掟に立ち向かうユリとユラの姿そのものだった。


 言葉を交わすことができなくても、触れ合うことができなくても、この魂の結びつきだけは誰にも奪えない。離れ離れになったからこそ見出した絶対的な絆を胸に、ユリは完璧な雄飛としての光を放ち、観客を熱狂の渦へと巻き込んでいくのだった。

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