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銀のペンと魔法の回路 ―見習い修復師リリスティアと氷魔法を使う謎の少年、ときどき食いしん坊精霊のモフモフな日々。―  作者: 海優璃


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7.謎の少年の救助

 そこは、家までもうすぐというところだった。家と家の間の細い路地、古びた小さな棚が置かれていた。


 その棚の影に――。

 小さな靴がはみ出しているのが見えた。


「……っ!」

 リセは息を呑んだ。


 夕暮れの残光が届かないその路地裏は、家の影が濃く落ちていて、ひどく冷え込んでいるように見えた。

 古びた棚の陰から覗いているのは、泥で少し汚れた小さな革靴。リセは吸い寄せられるように薄暗い路地へと足を踏み入れた。


 一歩、近づくたびに、心臓の鼓動が早くなる。

「……ねえ、大丈夫?」

 震える声で呼びかけながら古びた棚の横を覗き込む。


 そこには、質の良さそうな、けれど、何処かに引っ掛けたのだろうか、大きく破けた上着を纏った少年がいた。


 あまり見たこともないような綺麗な銀色の髪で、女の子かも知れないとリセは思った。


「……リセ、この子。すごく強い「約束(けいやく)」の匂いがするよ」

 ブランが髪の中から身を乗り出し、少年の首元にある奇妙なアザを凝視した。


「ほんとう? 気になるけど。それより、もうすぐ暗くなるのに、ここにこのまま居たら危ないわ! ねぇ、起きて。家はすぐそこだから。ねぇ……!」


 リセの手が少年の肩に触れた瞬間、指先に鋭い静電気のような衝撃が走った。まるで目に見えない薄い膜が火花を散らして、触れる者を拒絶したかのようだった。


(……守りの魔法?)


 リセの直感がそう告げたが。その衝撃は直ぐにおさまった。


「……う、ん……」


 リセが必死に肩を揺すると、少年は重い瞼をゆっくりと持ち上げた。

 現れたのは、深い夜の海のような、吸い込まれそうなほど濃い紺色の瞳だった。


「……きみ、は……?」


 掠れた声は、リセよりも少しだけ低く、けれどどこか気品に満ちている。

 少年は焦点の定まらない目でリセを見つめた。


「すぐそこで、おじいちゃんが修復師の工房をやっているの。もう夜になっちゃうわ。ここにいたら危ないから、そこで暖まりながらお話しましょう? あなた、立てる?」


 リセが手を貸そうとすると、少年は何かを耐えるように顔を歪めた。自分の首元――ブランが指摘した「奇妙なアザ」があるあたりを、ぎゅっと押さえる。


「……だめだ。ぼくがいたら、きみたちまで……。彼らが、追って……」


 言葉の途中で、少年の身体からふっと力が抜け、リセの肩にぐったりと重みが預けられた。


「ちょっと、しっかりして! ブラン、手伝って!」

「わわっ、わかったよ! 僕が重さを消してあげるから、リセは前を引っぱって!」


 リセは、大切に抱えていたミートパイの包みを上着のポケットにねじ込み、自分と同じぐらいの少年の腕を、必死に自分の肩へと回した。


 その時、ふわりと、少年の重みを感じなくなった。

 リセは驚いて息を呑んだ。


 ブランは、男の子の銀髪に埋もれながら、必死に頬を膨らませて力を込めているようだった。


「すごい……! ブラン、助かるわ!」

 リセは、人がいない事を確認しておじいちゃんの工房まで路地を駆け抜けた。


 夕闇が迫る中、背後の暗闇から何かが追いかけてくるような気がして、リセは一度も後ろを振り返らなかった。


 温かな明かりが漏れる修復師の工房へ、二人と一匹は滑り込むようにして飛び込んだ。


 ちょうど外套を羽織り、家を出ようとしていたおじいちゃんが目を丸くした。


「その子とその白いのは……一体どうしたんだ? 遅いから迎えに行こうとしていたんだ。」


 リセは肩に預けられた少年を支えながら、一気にまくしたてた。


「こっちの白いのは精霊様! 本の中から出てきて、うちのご飯が食べたいって言うから連れてきたの。それで、この子はそこの路地で倒れていて……!」


「……せい、れい……? ご飯……?」


 あまりに情報量の多い説明に、おじいちゃんは一瞬呆然としたが、すぐに我に返って頷いた。


「詳しい話は後だ。その子は、ひとまずベッドへ運んであげよう。……おっと」


 おじいちゃんが少年の首元にそっと指を近づけた瞬間――バチン! と青白い火花が散った。


「痛っ……! 解析魔法がはじかれた。強力な守護魔法だな。腕がすっかり痺れてしまった」


 おじいちゃんは顔をしかめ、痺れた右腕をぶらぶらと振った。アザを調べようとして、守護魔法に弾かれてしまったようだ。


「……リセ、その子を抱えたまま、二階まで運べるかい?」


 リセは少年の重みを腕に感じながら、彼の頭の上で得意げにしているブランへ、期待のこもった視線を向けた。


「ブラン、 手伝ってくれる?」

「任せてよ!」

 ブランは少年の髪にちょこんと乗ったまま、小さな胸を張った。


 リセは少年の腕をしっかり掴み直すと、一段ずつ慎重に階段を上っていった。


 リセはブランの力を借りて、なんとか男の子を柔らかなベッドへと横たえた。ブランが「ぷはぁ、疲れたよ〜」と力を抜くと、少年の重みがシーツに沈み込む。


 リセは自分の上着のポケットに入れた、ミートパイの包みを確かめる。


(よかった……少し潰れちゃったけど、大丈夫そう。)


 おじいちゃんは少し離れた場所から、眼鏡をかけ直し、真剣な眼差しで男の子の様子を観察していた。


「……ふむ。おそらく、激しい魔力切れだろうな。魔力暴走でも起こしたかね。それから、その首筋のアザ……」


 おじいちゃんは、少年の白い肌に浮かび上がる奇妙な紋様を見つめ、低く唸った。


「何か、特別な力を感じるね。……昔、一度だけ、似たようなものを見たことがある。もし、これが……」


 おじいちゃんの言葉が途切れ、工房に薪のはぜる音だけが響いた。

 おじいちゃんは気を取り直したように、リセの方を向いて言った。


「もし魔力切れだとするなら、今夜、儂らにできることはもうない。神殿に助けを求めることもできるが……逆にこの子を危険に晒すことになるかもしれない。明日の朝になれば、この子も少しは回復するだろう」


「リセ。色々とはっきりするまでは、この子のことは家の外で決して口にしてはいけないよ」


 一際厳しい口調で念を押し、おじいちゃんは視線を移した。

「さて……それでは、そちらの白い『精霊様』のお話を聞こうかね」


 一方、ブランはそんな深刻な空気もどこ吹く風で、部屋の中をふわふわと飛び回り、あちこちを探索しているようだった。時々止まっては、くるりとその場で回る。するとキラキラと小さな金色の光の渦巻きが現れて、しばらくすると消えていく。


「ブラン、何をしているの?」

 リセが尋ねると、ブランは棚の隙間を覗き込みながら答えた。


「えっとね、ここが落ち着ける家になるように、ちょっとおまじないをしているんだよ」


「ふぅ。これで、とりあえずこの部屋は終わりだよ。ねっ? 良い仕事をしたから、お腹が空いちゃったなぁ」


 ブランは満足げに胸を張ると、今度はリセを上目遣いで見つめて、全力でご飯のアピールを始めた。

事件発生です。


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