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銀のペンと魔法の回路 ―見習い修復師リリスティアと氷魔法を使う謎の少年、ときどき食いしん坊精霊のモフモフな日々。―  作者: 海優璃


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5.食いしん坊の精霊

 白い毛玉は、カウンターの上でぴょんと弾むように飛び上がると、リセの指先に鼻を近づけて熱心に匂いを嗅ぎ始めた。

「うーん。いい匂い。君、名前を教えて。クンクンクンクン……」

「えっ⋯…。えっと、リリスティア・ベルテよ」

 リセが少し面食らいながら答えると、毛玉は満足そうに何度も頷いた。


「リリスティア・ベルテ。うん、いい名前だね。……クンクン。……おや、朝ごはんはベーコンとトースト、それにチーズも食べたかな? うん、悪くない。いいセンスだ」

「えっ、どうしてそんなことまでわかるの?」


 リセが驚いて指を引っ込めると、毛玉は自慢げにつぶらな瞳を輝かせた。

「僕は精霊だからね! 匂い……というか、君の魔力に残った『記憶』でわかるんだよ。特に美味しいものの記憶は、魔力にいいツヤが出るからね。……あぁ、でも思い出しただけで、さらにお腹が空いてきちゃった」

 白い毛玉はきゅ〜っと情けない音を立てる自分のお腹を短い手で押さえ、リセを上目遣いで見つめた。


「ねぇ、リリスティア。その、ベルテ家の美味しいご飯……僕も食べたいなぁ。 」

 リセは、この食いしん坊で少しお調子者の精霊に、すっかり毒気を抜かれてしまった。


「そうね……。精霊様⋯⋯なのよね? きっと『精霊様のお願いなら、きいてあげなさい』っておじいちゃんも言うと思うわ。帰ったら、聞いてみるね。でも今はカスパルさんの店番の途中だし、エレナさんの所にも寄らなきゃいけないから……。その後になっちゃうけど、いいかな?」


「大丈夫だよ。でも、とりあえず、僕に魔力を少しちょうだい。指先から魔力を流してくれたらいいから」

 白い毛玉はリセの肩の上で、期待に満ちた瞳をキラキラと輝かせた。


「わかったわ。でも、その前に、あなたの名前を教えてちょうだい。」


 リセが問いかけると、白い毛玉はフルフルと体を揺らす。

「うーん、それがさ……。さっきも言ったけど、あんまり長く閉じ込められてたからか、自分の名前を忘れちゃったんだよね。……あ、ねぇ、名前つけてよ!でも、変な名前は嫌だよ? かっこよくて、美味しそうなのがいいな!」


「かっこよくて、美味しそう……?」

 リセは、目の前の真っ白でふわふわした質感をじっと見つめた。おじいちゃんの工房にある真っ白な羊毛や、冬の朝の清々しい景色⋯⋯。

「……ブラン、っていうのはどう? 『白』っていう意味もあるし、王都の人気のお店でそんな名前の焼き菓子があるって聞いたことあるよ。」

「ブラン……ブラン、かぁ。うん、響きが綺麗だね! 気に入ったよ、今日から僕はブランだ!」

 ブランは満足げにリセの肩で一回転すると、期待に満ちた瞳をキラキラと輝かせた。


「よし、決まり! それじゃあリリスティア、約束の魔力を少しだけ、指先から流してくれる?」

「魔力?……こんな感じでいいの?」


 リセが人差し指を立てて、そこに少しだけ魔力を集中させる。するとブランは、待ってましたとばかりにその指先にポフッと抱きついた。


「はあぁ~……。あったかくて、焼きたてのパンとベーコンにたっぷりチーズの魔力、最高だ……」


 白い毛玉がうっとりと目を細めると、その真っ白な毛並みが内側からぼんやりと光り始めた。指先を通じて、温もりがリセに伝わってくる。

「……あ、ブラン?なんだか、毛がさっきよりツヤツヤしてきてない?」


 ブランが満足げに身震いをした、その時だった。

 ふかふかの毛の中から、小さな手と、透き通った羽、そして筆先のようなしっぽが、ぴょこんと飛び出した。


「えっ……ブラン、あなた、手も羽もあったの!?」


「そりゃあ、もちろんだよ。何年も栄養も取れずに本に閉じ込められてさぁ。リセの魔力が空きっ腹にしみるよ〜。」

「えっ?魔力がご飯なの?家で、ご飯食べたいっていうのは、魔力の事?」


「違う違う。魔力は美味しいし栄養だけど、ご飯は別腹。リセと同じものが食べたい!!出来ればシチュー食べたい!」


 ブランから「いかにシチューが魅力的か」という熱烈な演説を聞かされていると、カラン……と乾いた音を立てて店の扉が開いた。


 扉の方に目をやると、カスパルさんがこちらへ歩いてくるのが見える。

「今戻った。……外まで話し声が聞こえた気がしたが、客は⋯⋯いないな?」

「えっ!? い、いえ! 特にお客さんは来なかったですよ」

 リセは慌てて、髪の中に潜り込んだブランを片手で押さえるようにして誤魔化した。

「……そうか。それで、その本に決めたのか?」

 カスパルさんは、店番のお礼に一冊譲るという約束を忘れていなかったようだ。リセは手元の群青色の本をぎゅっと抱きしめて頷いた。


「はい! あの、この本なんですけど……」

「ああ、それは知り合いが趣味で書き溜めたものでね。なかなか興味深い内容だったな? ……ただ、本を開く魔導回路が壊れて読めなくなっていたはずだが。」

 カスパルさんは言いながら、リセが抱える本にひょいと指先で触れた。その瞬間、彼は何かに気づいたようにニヤリと口角を上げた。

「……ふん。流石だね。もう、ここまで直してしまったか」


 カスパルさんは満足げに目を細めると、リセの頭を軽く叩くようにして言った。


「よし、それはもう君のものだ。大切に持っておけ。君のこれからの人生の、確かな助けになるだろう」

「長時間引き留めて悪かったな。無事にフォルテス教授に本も渡せた。……ヴァルカンにも、助かったと伝えてくれ」

 リセは本をしっかりと抱きしめ、心からのお礼を伝えて店を後にした。


 外に出ると、街は柔らかな夕暮れ色に包まれていた。

 石畳を蹴るリセの足取りは、店に来た時よりもずっと軽くなっていた。

ブランはとっても食いしん坊です。


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