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銀のペンと魔法の回路 ―見習い修復師リリスティアと氷魔法を使う謎の少年、ときどき食いしん坊精霊のモフモフな日々。―  作者: 海優璃


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4.魔法の本と白の毛玉

「蒼き乙女の祈りかぁ……」


 リセは、その星座の名を何度も呟きながら、二年前の最後にお父さんとお母さんと三人で過ごした、穏やかだった一日を思い出していた。


 お父さんは、星を見るのが大好きな人だった。

 まだリセが小さかった頃、よく夜空を見上げては、星と星を繋ぐ神話の話を聞かせてくれたものだ。

(春の夜空に輝く、優美な乙女の姿……。お父さんが確か、星を繋ぐ順番は、頭の星から足元へ、それから祈る両手へ繋ぐんだって言ってた!)


 リセは、ポケットからおじいちゃんに貰ったばかりの『銀のペン』を取り出した。

 自分の魔力を、銀のペンのペン先にそっと集中させる。ペン先が、淡く優しい光を放ち始めた。


「お願い、今度はちゃんと繋がって――!」


 今は会えないお父さんとの記憶を振り払うように、リセは小さく頭を振った。


 リセは意を決して、本の革表紙に描かれた星図にペン先を滑らせた。

 頭の星から、足元へ。そして、祈る両手へ。

 お父さんの言葉を思い出しながら、星と星を綺麗に繋げていく。


 最後の星を繋ぎ終えた、その瞬間――。


 カチリ、と頭の中で何かが噛み合うような音がした。

 直後、群青色の本が、眩い光を放ち始める。


『――本は開かれた。汝、知を継ぐ者として相応しき光を宿せり』


 重厚で、地響きのような威厳に満ちた声が店内に響き渡る。


 リセは思わず肩をすくめて手を耳に当てた。その声は耳からではなく、直接脳内に響いてきているようだった。


「できた……! 」

 ドキドキする胸を押さえページをめくる。


 最初のページには、端正な筆致で『一人旅の魔導士の心得』という題名が躍っている。


 パラパラと指を滑らせると、中身は驚くほど充実していた。


 栄養満点なレシピから、野宿に役立つ探索魔法や検知魔法。さらには簡単な回復魔法や攻撃魔法といった実用的なものまで網羅されている。それだけではない。宿の選び方や予約の取り方、有名な都市の美味しい食事処の紹介、さらには地方ごとの独特なマナーまで、まるで一人の熟練した魔導士が一生をかけて書き溜めたガイドブックのようだった。


(すごい……これ一冊あれば、どこへだって行けちゃいそう!)


 リセが、夕御飯に良いかもと、「冬野菜のクリームシチュー」のレシピに目を留めた、その時だった。


「……ううっ、ひっ……ぐすっ……」


 どこからか、微かな、けれど胸を締め付けるようなシクシクという泣き声が聞こえてきた。


「えっ……?」


 リセは顔を上げ、辺りを見回した。店内にはお客さんはいないし、カスパルさんもまだ奥の部屋だ。


「えーん。出られないよ〜。さっき一瞬開きそうに動いたんだ。……シチュー食べたいよ〜。うっうっ……。あのオッサン、今は忙しいからとか言って、もう絶対一年以上たったよ……グスッ」


 声は本の中から聞こえるようだった。

「あなたは誰? 何処にいるの? 本の中なの?」


 リセは囁くように問いかけた。


 切実で情けない声が返ってきた。

「あっ、助け……助けが来たの!? さっきのは君なの? 助けて! 僕は……えーっと、迷子? いや、えっと、たぶん高貴な精霊? とにかくこの本を早く修復して、僕をここから助け出して~!!」


 あまりの必死さに、リセは思わず目を丸くした。


 けれど、リセは「修復」という言葉を聞いて、ハッと表情を引き締めた。

「修復……? 壊れているのね?」


「ちょっと美味しそうな匂いがしたから、この本に入ってみたんだけど、帰ろうと思ったら、出口がぐにゃって通れなくなって出られなくなっちゃったんだ」


 リセは、相手が何を言っているのか戸惑いながらも、出口が出られないというのなら、やっぱりさっきの星図に原因があるのではないかと考えた。そして、はっと思い出す。


「……そういえば、刺繍糸が切れていたし……」


 刺繍糸はすぐには用意できないけれど、もしあれのせいなら、応急処置ができるかもしれないと思い、口を開く。


「あんまり長くは持たないと思うんだけど、今から、星を魔力で繋いでみるから、出口を探してみてくれる?」


 リセは、銀のペンをもう一度手に握った。本の中から、期待と不安が入り混じったような声が聞こえた。


「やっ、やってみる……。準備はいいよ!」


 リセは表紙の刺繍を見つめ、気合を入れた。

 ペンの先から、針の穴を通すような繊細さで、魔力を細く、細く流し込んでいく。


「いけっ……!」


 乙女の祈りを形作る星々を、銀のペン先から出した魔力の細い糸で繋いでいく。


 けれど、一番重要な「乙女の胸元」にある終着点の星まで繋いでも、手応えがない。何も起こらないのだ。


「うーん。違うのかな」


 よく見ると、途切れた刺繍糸の端は、星座の終着点からさらに、「最初の星」へと、環を描くように戻っていくように魔力の痕跡が見えた。


 リセは念のため、星座を一周させるようにして、最後の一線を最初の一点へと伸ばした。


「上手くいって……!」


 祈るような気持ちで、円環を閉じたその瞬間、何かが噛み合ったような確かな感触と共に、本の中から溢れんばかりの光が噴き出した。


「うわぁぁっ、道が見えた! 出口だ、出口が開いたぞーっ!!」


 歓喜の叫びと共に、本のページの間から、光り輝く「白い塊」が勢いよく飛び出してきた。


 それはカウンターの上で何度かポンポンと跳ねると、リセの目の前でぴたっと止まった。


「……えっ?」


 リセは、思わず持っていたペンを落としそうになった。


 光が収まったあとにいたのは、真っ白で、丸くて、綿飴をギュッと丸めたような……どこからどう見ても、手のひらサイズの「ふわふわな毛玉」だった。


 毛玉には、こぼれ落ちそうなほど大きなつぶらな瞳が二つ。それがリセをじっと見つめていた。


「ぷはぁっ! 助かったぁ! 死ぬかと思った……。もう一生、シチューの挿絵の中で暮らす羽目になるかと……」


「……あの、あなたが、さっきの精霊さん?」


 リセが呆然と問いかけると、白い毛の中から短い手足がポヨンと飛び出し、その手で自分の体をペタペタと触り、実体化できたことを確認すると、感極まったように足をバタバタさせた。


「そうだよ! 僕は……えーっと、名前は何だっけ。忘れちゃったけど。助けてくれてありがとう!」

白い毛玉ちゃんとやっと出会えました。


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