49.朝靄のなかの門出
「えっあっごめん。ギルド長呼びに来たんですけど、あっちで竜の調査してた人達が話したいって」
カトリーンさんは、焦って、顔の前で手をパタパタさせ、目の前のラルフさんを見上げた。
「あの、聞くつもりはなくて、でも、その。ラルフが一緒って事なら、あの山籠りは、一緒にお願いしたいわ!」
「それじゃあ決まりだね〜!」
ブランは楽しそうにクルクル回った。
そうして、ラルフさんは、少し困ったように笑い、おじいちゃんは難しい顔をしたまま、四人と一匹の出発が決まった。
◇
その夜、港の広場では盛大な勝利の宴が開かれていた。
「さあさあ食った食った! 今夜の目玉はニードルポッドの塩釜焼きだ!一撃で仕留めないと爆発するから中々市場には出回らない貴重な魚が今日は食べ放題だよ!」
街の料理人達が、豪快に大皿を何枚ももテーブルに並べると、冒険者たちからワッと歓声が上がった。
凍りついた竜は、やはりたくさんの魔物の集合体だった、その中にも、ニードルポッドが何体もいて、それを集めてきたようだった。あのトゲトゲは素材としての価値が高くて、凍っていれば安全ということで、先ほどまで、冒険者やギルドの職員があちらこちらで解体していた。
ジャンとリセも会場の端で、初めてのニードルポッドを味わっていた。
「ふわふわで味が濃くて、美味しい……! あのトゲトゲのニードルポッドがこんなに美味しいなんて……!?」
一口食べたジャンが目を丸くする。
「本当……! 噛むと口の中で旨味がじゅわって広がるね!」
リセも頬を緩ませて満足そうに微笑んだ。
「これも、美味しい! こっちの、おっきな海老みたいなのも!」
ブランは、ご機嫌にリセを振り返った。さっきから、リセの胸の前を陣取り、器用に周りから姿を隠しながら、ニードルポッドの塩釜焼きやご馳走をこっそり集めてきて食べている。
ジャンのところには、堤防で一緒になった冒険者が何人か訪ねてきて、みんなの無事を喜び合い、「お前もこれから頑張れよ!応援してるからな」とそれ以上は何も言わずに、肩を叩いて去っていった。
カトリーンさんは、美味しそうな山盛りの海桃の実と黄玉の実と言うフルーツをたくさん持ってやって来た。
「これ美味しいのよ!一緒に食べましょう。これ、ブランも好きかしら?」
カトリーンさんが、ブランの前に一口で食べるには少し大きい海桃の実を差し出す。ブランはじっと果実を見つめた後、カトリーンさんの顔をじーっと見つめ、そして――思い切り齧りついた。
果汁が垂れそうになり、慌てて全部口におしこんだブランは、頬を膨らませて目をキラキラさせながらカトリーンさんを見上げたのだった。
宴が最高潮に達し、広場の中央では、酔った冒険者やまちの人達がいつの間にか歌い踊り始めていた。
その中を縫って、ギルド長やラルフさんと大人の話し合いをしていたおじいちゃんが、ジャンとリセにもう帰るぞと迎えに来た。
◇
工房に帰るとギルド長とラルフさんが、すぐにやって来た。
「港を凍らせた件だがな」
ダグラスさんが椅子にドシンと座り切り出した。
「他の氷結魔法を使えた冒険者と、風魔法が得意な冒険者の合わせ技が、あの魔導砲台で極限まで増幅された……ってことにしておいた。街の連中もそれで納得している」
「助かるよ、ダグラス。」
おじいちゃんは、少しホッとしたように
息をついた。
「……だが、完全にジャンの存在を消せたわけじゃない」
ラルフさんが腕を組み、真剣な面持ちで続ける。
「氷結魔法を使う若い男の冒険者がいた、ってチラホラ噂されていた。ジャンの追ってがどのぐらいヤバい奴等なのかわからないが、のんびりはしない方が良さそうだ」
「三日後の朝、街を出ないか? ジャンはそれまで工房を出ない事が条件だ」
ラルフさんの言葉に、全員が力強く頷いた。
◇
三日後の早朝。まだ東の空が白み始める前の薄暗い街。
工房には、旅支度を整えたジャン、リセ、ラルフさん、カトリーンさんの姿があった。そしてリセの横をブランがふわふわと浮かんでいた。
「リセ、ジャン。気をつけてな」
おじいちゃんが、腰からさげられる小さな革袋をリセに手渡した。
「使えそうなスクロールと、攻撃用の魔道具を入れておいた。自分でメンテナンスするんだぞ⋯⋯」
「ありがとう! 凄く助かるおじいちゃんも、体に気をつけてね!」
リセはおじいちゃんにギュッと抱きつき、名残惜しそうに離れた。
「ジャン。強くなれ。味方はいるんだ。必ず生き残れよ!」
「……はい! 今まで本当にありがとうございました」
「ラルフ、カトリーンさん。 子供達を頼みます」
「任せとけ!」「しっかり鍛えるわよ!」
おじいちゃんの見送りを背に、四人と一匹は朝靄の立ち込める街の門を静かにくぐり抜けた。
「さーて! まずは追っ手を巻くのにちょうどいい場所があるんだ! 奥の山地でジャンの特訓といくか!」
ラルフが楽しそうに大剣を担ぎ直す。
「もう……ラルフったら……。二人とも、今日は結構歩くから、ちょっと頑張ってね」
カトリーンが優しくリセの肩を抱く。
「はい、大丈夫です! ……ジャン、行こう!」
「ああ!」
ジャンとリセは一度だけ振り返り、静まり返る港町に心の中で別れを告げると、頼もしい仲間たちとともに新たな旅路へといっぽ踏み出した。
本日3回更新します。
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