39.剣が語る記憶
朝食後、リセとジャンは軽めの解析までという約束で工房に剣とポシェットを持ち込んでいた。
先ずは、ポシェットからと表面を撫でるとブルブルっとポシェットが震えて、ブランが眠そうに、「リセ、食べたら眠い」とポシェットの口から顔を覗かせてこちらを見た。
「もう、ブランったら、こんなところで寝てたのね」とリセは苦笑しながらも、ブランをポシェットからそっと出して、ジャンが急いで取ってきてくれて、タオルの上に寝かせた。
改めて、銀のペンを手に魔力回路に少しだけ、魔力を流しながら、回路を確認していく。
「ここが、衝撃吸収ね。温度管理の回路は、お鍋のとよく似てる。少し中が擦れて回路が傷ついちゃってる感じかな。レッドサラマンダーの粉と、魔鹿パウダーあとは⋯⋯えっと⋯⋯」
リセが、少し迷うようにすると、すかさずジャンが、「お鍋の修復の時は、あと風鳴り草と、虹光貝の粉も使ってた」と言葉を添えた。
「そうそう、ありがとうジャン!風と炎だから、虹光貝が必要かな?あれ?でも、レッドサラマンダーって強力すぎるかな?」
彼はいつも私の作業をしっかり見ている。修復師になるつもりはないと言いながらも、その仕事に向かう姿は誰よりも真面目だ。
魔力回路に魔力を通しながらもっと深く知りたいと意識を集中する。最近こうして解析しているとインクの成分や流れもわかるような気がする。
「あっ!ぽかぽか草!レッドサラマンダーじゃない。そうだ、ぽかぽか草だ」
ジャンも納得したように頷いた。
「確かに、ブランが鍋で煮込まれたら大変だ」
ジャンが真面目な顔で変なことを言うので、私は思わず吹き出してしまった。
「ぽかぽか草と、風鳴り草だったら反発はほとんど無いはずだから、虹光貝は要らないね。風鳴り草の種はまだあったはずだし、ぽかぽか草のオイルは、この間二人でいっぱい作ったのがあるから、少し使っても大丈夫だね。お鍋よりも簡単に出来そう!」
リセは念のためもう一度、温度管理の回路を見て、温度が高すぎたり、低すぎたりする設定も出来ないことを確認してほっとする。ポーション用だから大丈夫だと思ったし、ブランはその辺あんまり気にしない気もするけど、出来れば居心地良くしてあげたい。
「明日、回路にインクを足してあげて、ちょっとだけ強化してあげれば大丈夫そうだね」っと早々にポシェットの解析は終わった。
リセは緊張を解くように、一度小さく息を吐いた。
視線を落とせば、ジャンの用意してくれたタオルの上で、ブランが幸せそうに小さな寝息を立てている。その平和な光景に少しだけ勇気をもらって、リセは作業台の端に置かれたジャンの剣へと向き直った。
おじいちゃんも修復出来なかった剣か⋯⋯。リセはそっと剣の柄に触れた。ジャンは、しっかりとメンテナンスをしていたようで柄も、鞘も、刃も美しく輝いていた。
そっと魔力を流そうとするが途中で回路が焼ききれている部分で止まってしまう。焼ききれている部分には、おじいちゃんが修復しようとしたのだろう、インクが重ねられているが、元の回路と混ざらずに、分離したままだ。
他の部分も見ているが似たような感じだ。
「どうしよう、確かにこれじゃ修復出来ないなぁ。どうするのがいいんだろう?」
ちょっとがっかりしながら呟く。
「この剣はちょっと疲れちゃったんだね。きっと。⋯⋯氷結の力を発揮したらどんな風になるんだろう?かっこよさそうだよね?」
リセがジャンに向かって笑いかける。
「俺もどんな感じか想像してた。多分さ、こんな感じじゃない」
ジャンは修復師の修行の中で散々練習した氷の魔法を、繊細に薄く広く剣の刃の上に広げていった。刃が白銀に染まる。
「えっ?」
リセは目を見張る。
ジャンの広げた凍てついて煌めく魔法の下で、剣自体もほんの少し輝いているような気がするのだ。
「ジャン!そのまま維持してて。ちょっと解析したい!」
さっきと同じように回路に魔力を通そうと思うとやっぱり止まってしまう。それならと、リセは剣を包み込むような魔力操作で剣全体の状態を感じ取ろうとした。
どっと映像が頭の中に浮かび上がる。ジャンよりも少し小さい男の子が楽しそうに両手で剣を握りしめて何度も剣を振っている。喜びに満ちた気持ちが伝わってくる。場面がきり替わり、ジャンぐらいの男の子が、剣を白銀に変えて小さな兎の魔物を凍らせてとどめを刺し喜ぶ姿。青年になって山で剣を片手で持ち魔獣を狩りながら何かを探している様子が見える⋯⋯。
映像の奔流にリセは軽く目眩を起こしてよろめいた。ジャンがはっと気が付きリセを支えた。二人の魔力が途切れ映像がプツリと切れた。
リセは少し呆然としながら、ジャンを見つめ、はっと我に返り距離の近さに顔を赤らめた。
「ごめん。大丈夫。」
「リセ?どうした?」
「たぶん剣の思い出?⋯⋯が流れ込んできた?」
リセは少し困惑したまま、見たままの内容を話す。ジャンはしばらく何も言わずに考え込んでいた。
「それが、剣の記憶なら、一緒に剣で鍛錬したら、嬉しいのかな?冒険に出れば嬉しいのかな?」
「そうかも知れない。さっきみたいに、魔法で包んであげるのもいいのかも?」
リセはもう少し解析をしたいと思っていたが、ジャンは頑なに「師匠にも、今日はリセに無理させないようにって頼まれてるから」とその日はもう剣は触らせて貰えなかった。
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