37.おじいちゃんのハンバーグ
キッチンに、おじいちゃんが肉を叩く小気味よい音が響く。
まな板の上で、粗く叩かれた肉がまとめられ、大きなボウルの中でじっくりと練り上げられていく。
「おじいちゃん、もっと大きく! あと、そこ、肉汁が逃げないようにしっかりペチペチして!」
「分かっておるよ、ブラン様。そんなに身を乗り出しては、汚れるよ」
ブランは空中で器用に静止しながら、おじいちゃんの手元を食い入るように見つめている。
やがて、熱せられたフライパンに、厚みのある肉種が置かれた。
――ジュワッ!!
と、食欲をそそる音が広がる。同時に、肉の焼ける香ばしい匂いと、隠し味に垂らしたハーブワインの爽やかな香りがリセの鼻腔をくすぐった。
「うう……いい匂い……」
ソファで横になっていたリセは、その匂いに誘われるように、ゆっくりと上体を起こした。
魔力切れのダルさはまだ残っているけれど、キッチンの活気ある音と匂いが、空っぽになった体に少しずつ元気を吹き込んでくれる。
「リセ、起きた? おじいちゃんのハンバーグ、すっごく美味しそうだよ!」
ブランがこちらを向いて嬉しそうに羽をパタパタさせる。
キッチンでは、おじいちゃんが真剣な目付きでフライパンを扱い、その隣ではジャンが「自分にできることはないか」と、お皿を並べたり、付け合わせの野菜を洗ったりと動いていた。
おじいちゃんが手際よくフライパンに蓋をし、蒸し焼きにする。数分後、蓋を取ると、そこにはパンパンに膨らんだ、おじいちゃんの拳よりも大きなハンバーグが鎮座していた。
「よし、焼けたぞ。……リセ、調子はどうだ?」
おじいちゃんが、盛り付けられたばかりの湯気の立つ皿をテーブルに運んできた。
ブランが期待に満ちた目でリセを見つめ、上目遣いでお願いしてきた。
「ねぇ、リセ〜。魔力ちょっと回復したでしょ? 氷の結晶、パリパリお願いできる?」
自分の中の魔力量を意識して感じ取る。まだ、ほんの少し回復したかなというところだが、氷の結晶を作るのに大した魔力はいらない。ブランのキラキラのお目々に胸を撃ち抜かれて、「ブラン、約束通り、とびきりの雪を降らせるね」と妖精の粉薬の小瓶を振った。
その金色の粉が熱々の肉汁に触れる直前、リセの魔力によってカチリと形を成し、繊細な雪の結晶へと姿を変えた。
茶褐色のソースの上に、雪の結晶がいくつも浮かび上がる。
「わぁぁ……! 綺麗! おじいちゃんのハンバーグにお星様(雪だけど)が降ってきたみたい!」
ブランが歓喜の声を上げ、一番大きなハンバーグの前で静止する。
ジャンも皿を配り終え、大きなハンバーグとその絵のようなお皿に目を奪われていた。
「いただきます!」
四人の唱和――三人と、一匹の元気な声が響く。
ナイフを入れた瞬間、おじいちゃんの計算通り、閉じ込められていた肉汁が噴水のように溢れ出した。
「……っ、おいしい!」
一口食べたリセは、その力強い肉の味に目を見開いた。
おじいちゃんのハンバーグはここに来てから何度か食べさせてもらったが、今日のは特別美味しい。粗挽きにしたお肉とスパイスが効いていて、噛むほどに力が湧いてくるような「元気の出る味」だ。
ふと見ると、ブランが雪の結晶を空中に浮かせている。その雪の結晶の中を一口大のハンバーグが飛びブランの口に吸い込まれていく。そして、それを夢中で頬張っている⋯⋯。時々、雪の結晶がパリパリと砕ける音が聞こえる⋯⋯。
「ブラン⋯⋯」あまりの光景に、言葉に出しかけたが、本当に幸せそうにしているので口を閉じ目を逸らした。
ジャンはそれには気が付かずに、黙々と、けれど確かな幸せを噛み締めるように食べていた。
「……おじいちゃん、最高に美味しいよ」
「ふん。魔力切れには肉が一番だからな。しっかり食え」
おじいちゃんは照れ隠しに短く答えたが、その表情はどこか満足げだった。
窓から入り込む風には、わずかに潮の香りが混じっていた。穏やかな午後の風が、海の安らぎを届けてくれたようだった。
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