32.お揃いの足音
ギルドを出た三人は、ギルドから程近い冒険者用の靴を多く取り扱う店に向かった。店の入り口の右側に大きく「泥汚れお断り」と看板が付けてある。店内に入ると、革の独特な香りが漂ってきた。カウンターの奥の棚に、ずらりと靴が並んでいる。
「おい、親父さん。この子たちの靴を探してるんだが、良いやつはあるか?」
ラルフさんがカウンターを叩きながら声をかけると、奥から眼鏡をかけた白髪の店主が顔を出した。
顔見知りなのか、ラルフさんと親しげに挨拶を交わした店主は二人の体格と、特にその足元をじろりと観察し、顎に手を当てる。
「……ラルフさんが新人さんのお手伝いか?安物はおすすめしないよ。足元の失敗は命取りだからね」
店主が棚の下の方から取り出してきたのは、しなやかな光沢を放つ二足のブーツだった。
「こいつは少し値段が張るが、成長期の二人にはうってつけだ。独自の魔導機構が組み込まれていてね、サイズを前後二センチは微調整できる。ここに持ってきてくれれば無料でやるよ。すぐに履けなくなる心配はない。」
「ほう、サイズ調整ができるのか。それは助かるな」
ラルフさんがうんうんと一足を確認する。
「わぁ!これ、地剛熊の革ね!⋯⋯あれ?内側は別の種類の革になってるわ。二枚の革を重ねて丈夫にしているのね。」
靴を見つめて、鑑定するリセに店主が話しかける。
「お嬢さん、詳しいね。そうなんだよ、外側は地剛熊の革で硬く、内側は白銀鹿の革で履きやすくしてあるんだよ。柔らかくて蒸れないし、魔法への耐性も高い」
「ただ、調整出来る人間は限られるんで、何処か拠点を移動する奴にはお勧めできないがね」
なるほどとリセは、調整の為の回路をマジマジと見つめた。分かりそうで、分からなくて聞いてみる。
「もし、購入した場合その調整方法は教えてもらえますか?」
「教えるのは良いんだが、魔力操作は得意かい? 魔力で内部のダイヤルを回すような感覚なんだが、これがなかなか難しくてね。ベテランの魔術師さんでも『ちょうどいい位置で止まらない』って、泣きついてくることがあるんだ」
リセは、「たぶん出来る」と言いそうになったが、ギルドであんまり修復師と言わない方が良いと言われたのを思い出して、「うーん。もしかしたら?」と笑って誤魔化した。(……なるほど。魔力の出力がポイントなのかな)
「それ以外だとなぁ。お嬢さんの足のサイズだと、そんなに種類は多くないよ。少し待ってな。」
店主はそう言うと、棚の奥から別の箱を取り出してきた。
「……ほら、こっちは靴底に剛岩象のラバーを使った一点物だ。グリップ力ならこれに勝るものはない。ただ、その分少し重いのが難点だがね」
リセは身を乗り出して、靴を手に取った。
「(……靴底の魔導紋、滑り止めの魔法だけじゃなくて、衝撃を逃がす構造になってる)」
でも、さっきのブーツに比べるとかなり重い。
「う〜ん。やっぱり重いですね」
店主は頷く。
「そうだろ?最初のやつは、グリップ力もそれなりにしっかりしてるよ。今このサイズで出せるのだと、やっぱあれが一番だな」
一方、ジャンは提示された高額な値段を見て、少し眉を寄せた。
「……ラルフさん。機能は素晴らしいですが、これなら普通のブーツを必要なタイミングで三足買った方が、今の俺たちには良くないでしょうか?」
ジャンが堅実な提案をする。すると、ラルフさんが豪快に鼻で笑った。
「いいか、ジャン。武器や防具も大事だがね。大事な局面で靴が壊れたり、足が滑ったらどうする? その瞬間に、お前の命の値段は靴三足分より安くなっちまうんだぜ。この間の働きでお前たちには少し余裕があるし、自分への投資だと思った方がいいぜ。高けりゃ良いわけじゃないけどな」
ラルフさんは一足のブーツをジャンの前に突き出した。
「とりあえず履いてみろ。」
ジャンはラルフさんに促され、戸惑いながらも自分の古い靴を脱ぎ、差し出されたブーツに足を入れた。
ずっしりとした重みを感じるかと思ったが、足を通した瞬間、ジャンの目が見開かれた。
「……軽い。まるで、自分の足の一部になったみたいだ」
「だろう? それが白銀鹿の恩恵さ。一歩踏み出してみろ」
ジャンが店内の床を軽く踏みしめると、吸い付くようなグリップ力と、地面からの衝撃をまったく感じさせない弾力に驚きの声を漏らした。
一方のリセも、自分用のブーツを履いてその場でぴょんぴょんと跳ねている。
「すごい! これなら一日中森を歩いても全然疲れなさそう。ねえジャン、見て! 私、少し背が高くなった気がするし、何かいつもより高く跳べる気がする!」
嬉しそうに笑うリセを見て、ジャンは少しだけ頬を緩めた。
先ほどまでの「高価すぎる」という懸念は、その圧倒的な機能性を前にして消え去っていた。
「……確かに、これは三足分の価値がありますね」
「リセもこれにする?」
「うん!ジャン、お揃いにしよ!」
リセの無邪気な一言に、ジャンは一瞬、思考が止まったように固まった。
「……おそろい?」
「そう。これなら、構造が分かるし、二人分調整もしやすいでしょ?」
リセはあくまで「修復師としての合理性」で言ったつもりだったが、ジャンは自分の耳たぶが少し熱くなるのを感じた。
(同じ靴を履いて、同じ道を歩く……)
そんな何気ないことが、今のジャンにはひどく特別なことのように思えて、彼は慌てて視線をリセの足元へと落とした。
「……ああ。君が良いなら、俺もそれがいい」
「よし、決まりだな!」
ラルフさんが二人の肩をがっしりと抱き寄せた。
「親父さん、二足まとめてだ。お代はこいつらのギルド報酬から引いといてくれ。二人ともギルドカード出せ……あっ、少しでも慣らすために履いてけよ。……古い靴は持ち帰るか?」
ジャンは自分の履き潰した靴を見つめ、それから真新しいブーツの感触を確かめるように床を一度叩いた。
「……はい。予備の靴として取っておきます」
「そうか。リセ、お前もそうか?さあ、次は飯だ! 腹が減っては新しい靴も泣くぜ!」
店主が調整してくれた新しいブーツの感触を楽しむ二人とラルフさんは店を出た。
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