33.ブランのコソコソ大作戦
石畳を叩く「カツン」という音が小気味よく響く。ジャンの音とリセの音が合わさりリズムを刻んでいるようでとても楽しい。「ねえ、やっぱりこの靴いいね!」と、リセが少し小走りでジャンの前を走り出す。
「ああ、本当に軽い⋯⋯」
後ろから付いてくるジャンの声も、心なしかいつもより弾んで聞こえる。
バザールの入り口に近づくにつれ、人が増えていく。何十種類ものスパイスや焼き菓子の甘い香りが混ざり合った独特の匂いが漂ってきた。
さっきまで居なかったブランが突然リセのウェーブのかかった長い髪の中から顔を出す。
「すっごいいい匂いだよね!市場楽しみにしてたんだ!」
ブランは、ラルフさんとの会話を聞いて、いつの間にか付いてきていたようだった。
「えっ?ブラン人いっぱいいるけど大丈夫なの?」
気に入った人の前にしか姿を現さない事にしていると言っていたのだが良いのだろうか?
「えっ?リセの髪の中だから見えないよね?いい匂いだし、リセの魔力でいい気持ち⋯⋯」
少しうっとりした声でブランが言う。ジャンとラルフさんがブランを無言でまっすぐに見つめると「えっ?見えてる?見えちゃう?どうしよう」ともぞもぞと髪の中に潜った。
「ブラン、食べる時は姿を消したままじゃダメなの?」
(リセ、それは無理だよ! 姿を消したままだと、味があんまりしないんだ。あのジューシーな肉汁も、蜂蜜のトロッとした甘さも、実体化してこの舌で味わわないと意味がないんだよ!)
少し泣きそうなブランの声が耳の近くで聞こえた。
リセが、どうしようかと思って周りを見渡すと可愛い小物やバッグを売る店が目にはいる。
「あっ。あのお店に何かいいものないかな?」
お店は新品から中古まで女性が喜びそうな雑貨を扱う店だった。リセが目を留めたのは、露店の隅で埃を被っていた、琥珀色をした革製のポシェットだった。
コロンとした長方形の形は、まるで小さな宝箱のようだ。
「わあ、これ……下が革で、上が巾着になってる!」
革の縁からは、ブランの毛並みにそっくりな、真っ白でふわふわのファーが覗いている。
「お嬢さん、良いものを見つけたね。それは、ポーションを入れるバッグだよ。中は、衝撃吸収の処理がしっかりされていてね。中に仕切りが2つあって、動かせるようになっているよ。ポーション以外のものも安心してしまえてよいよ。しかも、丈夫で軽くて可愛いよ。しばらく眠っていたから、銀貨三枚でどうだい?」
お店のおばさんが、優しそうに教えてくれる。
「丈夫そうだし、仕切りは動かせるし、サイズも丁度いいかも」
(おばさんは説明しなかったけど、温度管理の回路もあるみたい。動かないみたいだけど。)
「えっ?あっ、ちょっと連れの意見を聞いてきます」
リセは、お店の前にいたジャンの元へ駆け寄る。
「見てジャン! ブランにぴったりなバッグを見つけたの」
「……それがか? 確かに、その毛並みそっくりのファーは……」
ジャンが言いかけた瞬間、リセの髪の中から白い毛玉が「ぴょん!」と飛び出し、リセの手の中にあるバッグに飛び乗った。
不思議なことにバッグと一体化してしまってどこにブランがいるのかよく分からない。
「えっ?いるの?魔法?」とバッグに触れるとバッグの縁から上目遣いに見上げるブランと目が合った。
(えっ可愛すぎる。)と思ってジャンを見ると、ジャンは頷き、「俺もこれがいいと思う」と真剣な顔でバッグ――では無くてブランを撫で回した。ブランがちょっと嫌そうな顔でジャンを見あげると、ジャンがはっと手を引っ込めた。
「決まりだね!」
リセは弾んだ声で店に戻り、銀貨三枚を支払った。おばさんは「いい買い物だよ」と目を細めて見送ってくれる。
さっそく肩から琥珀色のポシェットを下げ、リセは少し人混みを外れたベンチに腰を下ろした。
「ブラン。まずは試しに入ってみて?この巾着部分は無い方がいいのかな?」
リセがバッグの口を広げて中の仕切りを端に寄せると、ブランは待ってましたとばかりに琥珀色の革の中へ滑り込んだ。
いったん、巾着の口を閉じると、「不満そうに、それじゃあ、外が見にくいし、食べにくい」と文句を言う。
巾着部分はとりあえず、開放して邪魔にならないようにした。
「……ふふっ。ブラン、本当に馴染んでるわね」
一見すれば、少し豪華なファー付きのポシェットにしか見えない。これなら、ブランが実体化したままでも、周囲に気づかれることなく市場を歩き回れそうだ。
(リセ、ここ、いいかも。すっごく落ち着くよ!)
ポシェットの中から、ブランの嬉しそうな声が聞こえる。
「ブラン。……あんまり出てくると、バレるよ?もう、なんか小動物って事にしたほうが楽なんじゃない?」
隣に座ったジャンが、冷静な、しかしどこか頬を緩ませた口調で指摘した。
「あ、やっぱりそう思う? でも、こんな動物いないよね羽付いてるし⋯⋯」
(……わかってるよ。ボクは今、ファーなんだ。ただの動かない、可愛いモフモフなんだ……!)
ポシェットの中から聞こえるブランの「必死な自己暗示」に、リセとジャンは顔を見合わせて思わず吹き出した。
「温度管理の回路は帰ってからゆっくり直すね!」
リセが立ち上がると、ポシェットが楽しげに揺れる。
そのポシェットの縁から、美味しい匂いの源を探るような鋭い視線が覗いていることには、不思議なくらい周囲の誰も気づいていないようだった。
「おーい、二人とも! 買い物は済んだか?」
通りの先で腕を組んで待っていたラルフさんが、こちらに気づいて片手を挙げた。どうやら二人がバッグを選んでいる間、少し離れたところでバザールの人混みを眺めていたらしい。
リセが新しいポシェットを揺らしながら駆け寄ると、ラルフさんはその琥珀色の革をまじまじと見つめた。
「ほう、なかなかいいバッグを見つけたじゃないか。……んで、ブランの奴はどうした? 飯を楽しみにしてたはずだが、どっかで姿を消して遊んでるのか?」
ラルフさんはそう言いながら、ポシェットから溢れ出している「白いモフモフ」を、無造作に撫でた。
リセとジャンは一瞬顔を見合わせ、それから必死に笑いを堪えながら答えた。
「ええ……。まあ、そんなところです。……ね、ジャン?」
「……ああ。近くにはいるはずなんだが、今は大人しくしてるみたいですよ」
ポシェットの中の「ファー(ブラン)」が、得意げにピクンと震えた気がした。
「そうか。まあアイツのことだ、肉の匂いがすりゃ飛んでくるだろ。よし、行くか!」
豪快に笑うラルフさんの背中を追いかけて、二人はバザールの中心へと足を踏み出した。
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