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銀のペンと魔法の回路 ―見習い修復師リリスティアと氷魔法を使う謎の少年、ときどき食いしん坊精霊のモフモフな日々。―  作者: 海優璃


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31.鉄級の証明

 工房を出てしばらく歩くと、見慣れた中央通りの華やかさが、次第に様変わりしていった。


(……このあたりは、来たことがなかったわ)


 二年前におじいちゃんに連れられてこの街に来てから、何度か市場(バザール)には足を運んだ。けれど、あちら(バザール)が穏やかな日々のための場所なら、こちらは、未知の脅威へと抗う者たちが集う場所だ。


 背の丈ほどもある武器を担いだ人や、金属の擦れる音を響かせて歩く重装備の集団が増え、あちこちでいかつい男たちが大きな声でやり取りをしている。


 石造りの重厚な建物が見えてくる。

 装飾を削ぎ落とした、戦う者のための拠点――冒険者ギルドだ。


「すごいな……」

 隣でジャンが、ぽつりと呟いた。

 数ヶ月前に工房へやってきて以来、彼はほとんど外に出ていない。建物の重圧だけでなく、そこに渦巻く独特の熱気に圧倒されているようだった。


「ほら、入り口で固まるな。行くぞ」

 ラルフさんが二人の背中を押し、重い扉を開け放つ。


 もわっとした熱気と、酒と汗、そして磨かれた鉄の匂いが混ざり合った独特な空気が私たちを包み込んだ。

 ラルフさんが迷いのない足取りで進んだのは、カウンターの端に座る、穏やかな笑みを浮かべた女性の前だった。


「よお、ミラさん。今日も忙しそうだな」

「あら、ラルフさん。……ふふ、今日はお供が二人もいるのね」


 ミラさんは手元の書類を脇へ退けると、身を乗り出して私たちを覗き込んだ。

 その優しくも鋭い視線が、私の右手と、ジャンのまとう古い胸当てを一度だけ見た気がした。


「この子たちの新規登録をお願いしたい。俺が保証人だ」


「ラルフさんが? ……なるほど。お二人とも、ラルフさんは凄い人だけど、自分の実力をきちんと知って行動してね。真似すると痛い目を見るわよ」

 ミラさんが、しっかりと目を合わせて話しかけてきた。私とジャンは驚いて、揃って勢いよく頷くと、ミラさんも、満足そうに頷いた。


「はい、それじゃあ注意事項を説明するわね」

 ミラさんは慣れた手つきで羊皮紙を広げた。


「登録に必要なのは、この『水晶板』への魔力登録と、本人の記名。それから保証人であるラルフさんのサインよ。いい? ギルド証はあなたたちの命の次に大事なもの。紛失したり、他人に貸したりしたら、保証人のラルフさんまで重い罰則を受けることになるからね……」


 ランクの仕組みや16歳未満の制限など、一通りの説明を終えると、ミラさんは最後に付け加えた。


「特技とかを登録しておくと、関連する依頼がある時に優先して連絡が行くように出来るけど。何か登録しておくかしら?」


 ジャンはミラさんをまっすぐ見て答えた。


「いえ、俺は特に必要ないです」

 私も「修復師」と名乗るべきか一瞬悩んだが、それは工房で受ける仕事だと思い直し、「私も無しでいいです」と答えた。


「そう。……それじゃ、まずはあなたから。リラックスして、そっと手を置いてみて」

「はい……っ」


 私は緊張で汗ばんだ手を一度服で拭い、水晶板に掌を重ねた。

 ひんやりとした感触。けれど次の瞬間、私の指先から何かが溶け出していくような、くすぐったい感覚が走る。

 水晶の奥底から、じわじわと色が溢れ出した。


 透き通った黄金色の中に、細かな気泡が踊るような煌めき。まるでお祝いの時に開けるシャンパンのように繊細で、見ているだけで心が温かくなるような色だ。


「……あら。なんて美味しそうな色かしら。飲みたくなっちゃうわね!」


 ミラさんが、うっとりしたように声を上げて、微笑んだ。

「とっても素敵な魔力よ。」

 ミラさんは何かを察したように悪戯っぽく笑うと、羽ペンを差し出してきた。


「さあ、ここに名前を書いて。……リリスティア・ベルテ、さんね。普段はリセさんとお呼びするように登録しておく?ベルテさんのお孫さんでしょ?バレると変なのに絡まれるかもしれないから……」


 ラルフさんを見上げると、頷いた。

「確かになぁ〜。そうしておいてくれ、安く修復してもらおうと絡まれそうだな」


 次は、ジャンの番だ。

 ジャンは短く息を吐くと、意を決したように手を伸ばした。

 彼が水晶に触れた瞬間、板の内部が銀色に凍りついていくように見えた。

 それはまるで、凍てつく月光のようだと私は思った。


「あら、あなたも珍しい色ね。将来が楽しみだわ」

 ミラさんがにっこり笑って、ジャンにも羽ペンを差し出した。

 彼は少しだけ視線を泳がせたあと、迷いのない筆致で『ジャン』とだけ記した。


「……二人とも、登録完了よ。これが二人のギルド証。無くさないようにね」


 手渡されたのは、鈍い灰色に光る鉄製のプレートだった。どこか冷たくて重い、新しい「身分」の証だ。


「よし! 登録が終わったら次は買い物だ! リセ、ジャン、腹ごしらえの前にブーツを見に行くぞ!」


 ラルフさんの明るい声が響く。彼は二人の肩にポンと手を置くと、そのまま出口へと促した。

 戸惑いながらもその手に導かれ、二人は再び、光の溢れる街中へと踏み出した。

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