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銀のペンと魔法の回路 ―見習い修復師リリスティアと氷魔法を使う謎の少年、ときどき食いしん坊精霊のモフモフな日々。―  作者: 海優璃


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30.地下倉庫の思い出の品

ジャンが持ち出してきた、茶色い籠手を良く観察する。

「これ、地剛熊(アースベア)の皮だわ……。すごく良いものだけど、乾燥してガチガチね。所々回路がひび割れてる」

メモが付いていて、「修復には地剛熊(アースベア)の脂かそれに類するものが必要」と記載されていた。


地剛熊(アースベア)の脂かぁ。この辺じゃあんまり出ないからね。いったん保留で、他も探してみよう。」


ブランが倉庫の奥でリセを呼ぶ。


「リセー!これ見て〜!」


ブランが見つけてくれたのは、埃を被った古い木箱の中に収められた、茶色のマントだった。

「リセ〜これに解析してみて〜」


 リセがそっと指先で触れて魔力を通すとマントの内側に模様のような魔法の回路が浮かび上がり、キラキラと輝いた。

 しかし、よく見るとその模様の一部が途切れて、回路に異常をきたしているようだ。


「……すごい。これ、ただのマントじゃない!属性攻撃を和らげるだけじゃなくて、身に着ける人の魔力操作を安定させる補助回路まで組まれてる。おじいちゃん、こんなすごいものまで倉庫に入れてたの?」


「……それは、とある貴族から持ち込まれたものだが、素材の入手も時間がかかる上に、修復に手間がかかりすぎてな。納期に間に合わんからと、新しいものを買い直していった代物だ」


 いつの間にか倉庫の入り口に立っていたおじいちゃんが、腕を組んでそう言った。

「模様の部分は見えない糸じゃ、そのほつれを一本一本、魔力を通しながら編み直さねばならん。根気のいる作業だぞ」

 リセはマントをぎゅっと抱きしめ、ジャンと顔を見合わせた。

「アラクイネの糸に銀が入っている糸ならこの間本の修復でもやったし、頑張ってみたい!」

「リセなら、きっと元通りにできるよ」

 ジャンはそう言って笑った。


おじいちゃんは頷くと。地下倉庫の中を進む。


「確かこの辺に」


そう言って見つけてくれたのは、ちょうどジャンが使えそうな皮の胸当てだった。


「これは、魔導具ではないんだがね。カイル―リセの父親が今のジャンと同じ、十二、三の頃に使っていたものだ」

 おじいちゃんは胸当ての埃を軽く払い、目を細めた。

「あいつは二つ年上のラルフの後ろをくっついて回っては、毎日泥だらけになって森を駆け回っておったよ。騎士団に入る前、二人で競い合うように素材を集めては、ここで訓練していた」

「ラルフさんと、お父さんが……」

 リセの脳裏に、今の自分とジャンのように、笑いながら森へ向かう少年時代の父とラルフさんの姿が浮かんだ。

 ジャンがその胸当てを身にまとうと、ベルトの位置まであつらえたようにぴったりと収まった。

「……師匠。これ、すごくしっくりきます。リセのお父さんがこれで訓練していたと思うと、背筋が伸びる思いです」


「そうか、ジャンお前にやろう。強くなれよ」


 そこへ、階段の上からラルフの快活な声が響いてきた。

「おーい!ジャンいるか?準備は進んでるか? ギルドへ行くなら、そろそろ出発しねぇと窓口が混むぞ!」


リセとジャンが、見つけた装備品を手に工房へ行くと、ラルフさんは不思議そうにリセを見た。


「ラルフさん、私も連れて行ってください。お願いします」

リセとジャンが揃って頭を下げる。

「えっ?大丈夫なの?ベルテさん、カイルに怒られない?」

ラルフさんは心配そうにおじいちゃんの顔をみる。


「……本人が決めたことだ。それに、いつまでも籠の鳥というわけにもいかんだろうよ。リセはそのうち素材集めに自分で行くと思っていた。ジャンがいる方が安心だ。悪いが、ラルフ、お前がしっかり仕込んでくれないか」

 おじいちゃんの言葉に、ラルフさんはまだ納得いかないように頭をかいた。


「まぁベルテさんがそう言うなら……。カイルの娘だしな……あいつ似ならしょうがないか」

ラルフさんは独り言のようにつぶやいて苦笑した。


「それで、その手に持ってるのはもしかして装備品か?」


「えっと、修復が必要で使えるかはまだ分からないんですけど、マジックバッグとマント、後ジャンの籠手ですね。籠手は地剛熊(アースベア)の脂が必要なんですけど、ちょっとこの辺では手に入りにくいからどうしようかなと……」

リセは、首を傾げ頬に手を当てる。


地剛熊(アースベア)の脂か!ちょっと分けてやろうか?アルクトスに行ったときに、一体倒してさ。革のメンテナンスで使うから、少し取っておいたんだよ」

 ラルフさんはそう言って、腰のポーチから小さな陶器の壺を取り出した。


「えっ、いいんですか!?」

 リセは目の前に差し出された壺を、少し戸惑いながら受け取った。

「あっ、これ代金払います」

「ベルテさん、この間の、氷結スクロールの代金払う時に、欲しい素材がある時一つ付けるって言ってたやつ、これでいい?」


「ん?あぁ、わかった。」

おじいちゃんは、一瞬忘れていたのか固まったが、納得したようだった。


「リセ、と言うわけだから金は気にすんな」


「それ、いい籠手だな。軽そうだし、効果は物理攻撃の軽減か?」

 おじいちゃんが横から、ふっと鼻を鳴らした。

「それは、ちゃんと直せれば物理攻撃の軽減と、攻撃力の増加まで付いている」


「それで、リセはそのマントか。なるほど、魔法には強そうだが、あんまり前には出ないようにな。あとは、いざという時のために、攻撃できるものが欲しいな」


「ジャンは、籠手と胸当てだな。新人冒険者としては充分かな。……だが、狙われる可能性があるなら、もう少し防御力のある装備が欲しいところか?」

 ジャンは、いつの間にか自分の事情をラルフさんへ説明したようだった。


「あっ。もう一つ魔導具を身に付けてます。命の危険が迫ると一定時間、守護魔法を発動する魔導具です」

ジャンは慌てて足首のアンクレットを見せる。

「なるほどな。 じゃあとりあえずは充分かな」

 ラルフさんの視線が、ジャンの胸元で止まった。

「あれ? それ何か見たことある気がするな……あっ、あー、これカイルのだろ! この傷、知ってるぜ……」

 一瞬、ラルフさんの目が大きく見開かれ、そして懐かしむように細められた。


「はい。今、倉庫で師匠からいただきました」


 ラルフさんは嬉しそうに笑った。

「お前も、俺の『ハニーハント仲間』になるか?」

「……ハニーハント、ですか?」

 ジャンが不思議そうに首を傾げると、おじいちゃんが横からため息をついた。

「やめておけ、ジャン。あいつらの蜂蜜採りはな、蜂の巣ごと叩き落として、向かってくる蜂を一匹残らず叩き落とすような無茶な代物だ。一度、二人して顔をパンパンに腫らして帰ってきおって。いくらあれが薬になるからって。こっちは肝が冷えたわい」

 ラルフさんはガハハと豪快に笑いながら、ジャンの肩を叩く。

「冒険ってのは、甘い蜜を吸うために必死になるもんなんだよ。いい修行になるぞ! ……よし、まずはギルドだ。行くぞ!」


「登録を済ませたら、二人のブーツと、足りない修復素材を市場バザールで買い込むぞ!」

ラルフさんが勢いよく言う。


「あれ? ジャンって身分証持ってるって言ってなかった?」

 リセがコソコソと耳打ちすると、ジャンが声を潜めて答えた。

「……今は、誰を信じていいか分からないんだ。父上ですら、本当に俺を守ろうとしてくれていたのか確信が持てない。それに、子爵領のギルド証をここで使えば、誰の目に留まるか分からないから。ラルフさんは信用できる。俺の保証人になってくれるって言ってくれたんだ」


 15歳以下の登録には、ギルドに所属する親やそれに準ずる「保証人」が必要なのだという。何か不祥事を起こせば、最悪の場合は保証人のギルド証まで剥奪される――ラルフさんはそれだけの覚悟で、名乗り出てくれたのだ。

「えっ? 私、自分の分まで考えてなかった。おじいちゃんは冒険者ギルド証、持ってるかな?」

 リセが慌てていると、ラルフさんが首を回して言った。

「ベルテさんはとっくに引退して失効させてるさ。リセの分も俺が保証人になってやるよ。だから二人とも、16歳になるまでは変なこと絶対すんなよ! 俺の首が飛ぶからな!」


ラルフさんの言葉は冗談めかしていたけれど、その瞳には真剣な光が宿っていた。


「「はい!」」


二人の重なった返事が、工房の天井に響く。

ラルフさんが満足げに頷き、勢いよく扉を開けた。

工房の外には、抜けるような青空とあたたかな光が広がっていた。これから始まる新しい日々と、まだ見ぬ世界。リセは一歩、光の中へと踏み出した。

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