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銀のペンと魔法の回路 ―見習い修復師リリスティアと氷魔法を使う謎の少年、ときどき食いしん坊精霊のモフモフな日々。―  作者: 海優璃


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29.新米冒険者の覚悟

 数日後の朝。工房に差し込む光が、窓辺の銀河結晶を白く輝かせている中、ジャンは静かに、けれど決然とした声で告げた。

「師匠、リセ。……俺、冒険者としての活動を始めようと思う」


 修復師見習いとして置いてもらっている身ではあるが、いつか自立して生きていくためには、自分の力でやっていけるようにならなければならない。

「修復師としての修行はもちろん続けるよ。怪しまれないようにするためにも、表向きは素材採取を目的とした冒険者、という方が都合がいいと思うんだ」


 工房で使う素材を自分の手で集める。それは修復師として決して不自然なことではない。その活動を通じて魔物との実戦に慣れ、自分を鍛えたい――ジャンは週に二日ほど、冒険者として外に出ることを提案した。

「ありがたいことに、ラルフさんが最初の何日かは、一緒に行動して色々教えてくれると言ってくれたんだ」


 その言葉に、リセの目がパッと輝いた。

「素材集め!? だったら私も行く!」


 リセは迷っていた。修復師の仕事が好きだった、ずっと続けていきたいと思っていた。ただ、誰かに狙われているジャンを今は一人きりにしたくなかった。だから、ジャンが修復師見習いのまま冒険者になるなら、一緒にやりたいと思った。それに素材集めは好きだ。思わぬ発見がある。

「私だって、解析魔法もだいぶ上達してきたし、各種スクロールを駆使すれば絶対に足を引っ張らないわ。魔力探知だって、これから一生懸命練習して覚えるから。ね、お願い!」


 身を乗り出して訴えるリセに、ジャンは少し驚いたような顔をしたが、その瞳に宿る真剣な光を見て、小さく頷いた。

「……始めは近くて安全な所からにするつもりだ。師匠とラルフさんが良いと言えば、俺は構わないよ。あの、それで、実は今日ラルフさんが冒険者ギルドへ登録だけでも先に済ませようと言ってくれていて、午前中に迎えに来てくれることに……なってます」


 言い出すのが遅くなったことを、申し訳なく思ったのか語尾が小さくなる。


 この間、海で訓練した時に約束したようだ。リセは自分の居ないところで交わされた約束にほんの少し寂しさを感じながら、それ以上に、ジャンが自分の足で未来を切り拓こうとしている強さを感じて、キュッと胸の奥が熱くなった。


 黙って話を聞いていたおじいちゃんが、作業台から顔を上げた。少し悩むように顔をしかめる。

「そうだな。素材の採取か……。あまり危ない真似はしてくれるなよ。まあ、修復師が現場を知るのはいい経験だ。自分たちのレベルにあった場所での活動にしろよ。リセ、お前が行くならしっかり装備を整えろ。この間の修復代を使えばいい。お前たちが稼いだお金だ」


 おじいちゃんは「少し待っていろ」と言って奥へ引っ込むと、二つの小瓶に入ったお金を持ってきた。それぞれにリセとジャンの名前が書かれたその瓶には、氷結スクロールの修復で得た報酬が分けられていた。


「……おじいちゃん、お願いがあるの。地下倉庫にあるもので、直す予定が無いものをいくつか貰えないかな?お金も節約しておきたいし」

 おじいちゃんは、少しだけ目を細めて頷いた。

「……そうだな。使える物がいくつかはあるだろう。貴重な素材が修復に必要な物もある。よく見極めることだ。気になるものがあれば持って来い」

「うん。結構いいものも混ざってるでしょ? 足りないものはお店で買うけど、……修復素材、高いものもありそうだから、それはその瓶の中から出すよ」


「素材は、そうだな。物にもよるが出世払いにしておこうかね」

 おじいちゃんの言葉に、リセは「やったぁ!」と声を弾ませた。


 リセとジャンはさっそく、ひんやりとした空気が漂う地下倉庫へと向かった。

「えっ? 冒険? 楽しそう! 僕も一緒に行くー!」

 どこからともなく現れたブランも、尻尾と羽根をパタパタさせて仲間に加わった。


 ランタンの光が、埃の積もった棚を照らし出す。おじいちゃんがいつか直したいと取っておいた道具たちが、静かに眠っている。

「ええと……この辺はスクロールね。こっちは生活魔道具、それ以外はあっちかな。ジャン、まずは防具とマジックバッグを探そ!」

「ああ。俺も武器はあの剣があるから、俺も体を守るものと、荷物を入れられるバッグが欲しいな」

 二人は手分けして、自分たちに合いそうなものを探し始めた。


「……これ、何かな?」

 リセは棚の最上段、隅の方で半分埋もれていた小さな革の塊を見つけた。


 それは、長年放置されていたせいで硬く縮こまった、小ぶりな肩掛けのポーチだった。リセが使うのにちょうど良いサイズだ。簡易の解析魔法で確認すると、マジックバッグで間違いなく、重さ軽減と、棚一個分の容量があるようだった。ただし、魔法の回路がひどくうねっているように見えた。

 工房に戻り、それをおじいちゃんに見せると、彼は老眼鏡をずらして懐かしそうに目を細めた。

「ああ……。それは、儂がまだお前さんくらいの頃に、素材集めの時に使っていたものだ」

 おじいちゃんはゴツゴツした指で革を撫でる。

「ある時、破裂石と空間トカゲの脱皮した皮を採取しておってな。遠くに魔狼の群れが見えて、焦って逃げる時にうっかりそのままバッグに入れてしまったんだよ。中で素材同士が反発して小さな爆発が起きてね。空間回路が歪んで、中身が取り出せなくなってしまったんだ。当時は代わりのものもあったし、そのまま放り込んで忘れておったよ」


「回路が歪んでいて、今は拡張空間に物が入らないみたいだけど……回路を直してメンテナンスすれば使えないかな?」


 おじいちゃんは少し渋い顔をする。

「う〜ん。空間拡張の回路は少し癖があるからどうかな」

「お願い、おじいちゃん!やってみたい」

「そんなに言うなら、まぁ、やれるだけやってみたらいい」


 ありがたいおじいちゃんの言葉を貰って地下倉庫に戻ると、ジャンが古びた皮の籠手を試していた。

「リセ、これどうかな? サイズはぴったりみたいだけど……」

 ジャンが掲げた左手には、使い込まれた渋い色合いの籠手が、まるであつらえたように収まっていた。

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