26.海辺の特訓と潮溜まりの宝物
少し暖かくて、よく晴れた日のことだった。
リセとジャンは、ラルフさんに連れられて、自分たちの住む街――ノープス――から歩いて近くにある海岸へと向かっていた。
ラルフさんが、今日はジャンと約束していた剣の鍛錬をつけてくれるというので、リセも同行することにしたのだ。
街を抜けて長い下り坂を下りる、小さな森の中に入ると、ラルフさんがふと足を止めた。
「……しっ。野うさぎじゃねえな」
茂みの奥で低く唸るような音がした瞬間、ラルフさんが腰の短剣を抜く間もなく、一歩踏み込んで鞘のまま茂みを叩いた。キャン!という短い悲鳴がして、何かが逃げていく気配がする。
「今の、魔獣……?」とジャンが息を呑むと、ラルフさんは事もなげに笑った。
「ああ、はぐれの牙狼の子供だ。このあたりはギルドが定期的に間引いてるから、滅多に大物は出ねえが……まあ、今日のところは俺に任せとけ」
「街が近いけど追い払うだけで大丈夫なの?」
リセが疑問に思って聞くと、ラルフさんは歯切れ悪く答えた。
「⋯⋯あんなに小さくちゃ悪さも出来ない。多分、今ので山の方へ帰るはずだ」
リセは少し不思議に思ったけれど、そんなもんなんだと納得して歩みを進めた。
森を抜けると、少し急な坂道がある。そこを登り切ると、突然目の前にキラキラと光る海が見えて来た。
リセはノープスへ来てから、何度かおじいちゃんの素材採取について来たことがあった。
けれど、ジャンは初めての海に圧倒されたようで、声を無くして立ち止まっている。どこまでも続く青、打ち寄せる白い波の音。そのあまりの広大さに、ただただ目を丸くしていた。
「よおし、着いたぞ! ここは足場が砂で不安定だが、その分、体幹を鍛えるにはもってこいの場所だ」
潮の香りが鼻をくすぐる。
広がる青い海を前に、ジャンは緊張した面持ちで木剣を握りしめた。
「砂浜を歩くのもいい修行だな。さあ、あの突き出た岩場まで行くぞ!」
ラルフさんがザッザッと威勢よく砂を踏みしめて歩き出す。
ジャンも慌ててその後に続いたが、一歩踏み出すたびに足が砂に深く沈み、よろりと体が揺れる。
「わっ……!? 地面が、沈む……」
「ははっ、それが砂浜だ。踏ん張れよ、ジャン!」
ラルフさんの笑い声が潮風に乗って響く。リセも籠を抱え直し、慣れない足取りで二人の後を追った。
普段、工房の中ではよく働くが外にあまり出ない二人には、なかなか大変な砂浜歩きだ。
「……はぁ、……これ、目的地に着くまでに疲れちゃいそう……」
リセは早くも額に汗を浮かべながら、それでも波打ち際にある「何か」に目を光らせた。
ふと、波打ち際の方が少し濡れて硬くなっていて、歩きやすいことに気が付いた。波に気をつけながら、ジャンたちと同じ方向に進みつつ素材を探すことにした。
リセのバスケットの中には、お昼のサンドイッチと素材取得用の小さな瓶が五つ、そしておじいちゃんが貸してくれたマジックバッグが入っている。来る途中はラルフさんが持ってくれたが、自分で持つとずっしりと腕に疲れが溜まってきた。
途中で休憩を入れながら、リセは足元の砂に目を凝らした。
せっかく海に来たのだ。歩くだけではもったいないと、修復に使えそうな珍しい貝殻や、魔力を帯びた小石が落ちていないか探してみる。
(……うーん、ここらへんには普通のものしかないかな)
波打ち際にあるのは、どこにでもある白い貝殻の欠片や、ただの平べったい石ばかり。たまに「おっ」と思って拾い上げても、よく見ればただのガラスの破片だったりして、なかなか「素材」と呼べるようなものには出会えない。
「リセ、あんまり下ばかり向いてると、波に足をさらわれるぞ!」
前を行くラルフさんが笑いながら声をかけてくる。
リセははっと目を上げ、思った以上に波に近づいていたことに気が付いて、慌てて距離を取った。
どうやら、波が激しく打ちつけるこの開けた砂浜では、繊細な素材はすぐに砕けてしまうらしい。リセはがっかりして、砂のついた手をパパッと払った。
「もっと波の穏やかな岩陰や、潮が溜まっている場所を探してみたらどうだ? ……よし、目的地はもうすぐだ。あそこの突き出た岩場なら、リセの気に入るお宝があるかもしれねえぞ」
ラルフさんの言葉に、リセは「よしっ」と気合を入れ直した。ただ歩くだけで疲れる砂浜も、「あそこの岩場に行けばお宝がある」と思えば、少しだけ足が軽くなるような気がした。
「よし、着いたな! ジャン、まずは基礎の確認だ。足場を意識しながら素振りを百回。その後で俺が手本を見せてやる」
「はいっ!」
ジャンは額の汗を拭い、砂に足をめり込ませて木剣を構えた。木剣はラルフさんがギルドから借りてきてくれたものだ。
いつもの工房の裏庭とは違う、風の重さと不安定な地面。一振りごとに体幹を揺さぶられながらも、ジャンは必死に己の重心を探し始めた。
リセは、少し離れた岩場の影に腰を下ろした。
「……ふぅ。お疲れ様、私」
腕に食い込んでいたバスケットを置くと、不意に自分の髪の中から小さな温かみが「もぞり」と動いた。
「……海、着いた?」
真っ白な毛玉が、リセの髪の中からひょっこりと顔を出した。ブランだ。街を出る前からリセの頭を寝床にして爆睡していた彼は、潮風に当たってようやく目を覚ましたらしい。
「ブラン。おはよう。ほら、海よ。キラキラしてて綺麗ね?」
「大きいね。リセの魔力は気持ち良くて、よく寝れた。……リセ、何か良いもの見つかった?」
ブランはまだ眠そうに羽を揺らして聞いてくる。
「まだ、全然だよ。ラルフさんが、岩場の方が何かあるかもって」
リセが答えると、ブランは少し浮かび上がり、目を細めた。
「うーん。魔力を帯びた素材だね。あっちの方に何個かありそうかな」
そう言って降りてくると、リセが探していた素材のありかを指し示した。
特訓に励むジャンの掛け声と、ラルフさんの鋭い指導の声を背中で聞きながら、リセはブランと共に岩場の周辺を探索し始めた。潮溜まりを覗き込めば、そこには「宝物」が溢れていた。
17時過ぎにもう1話投稿します。
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