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銀のペンと魔法の回路 ―見習い修復師リリスティアと氷魔法を使う謎の少年、ときどき食いしん坊精霊のモフモフな日々。―  作者: 海優璃


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25.閉じ込めた記憶

 ジャンがキッチンへ入ると、笑顔でラルフさんと話しているリセの姿があった。その表情を見て、ジャンは肩の強張りがようやく抜けた。


 テーブルには、いつの間にかジャンの分の紅茶も用意されている。

 リセが花蜜果にナイフを入れる。頑張れば一口で食べられそうな大きさのその果実の中には、琥珀色の液体がなみなみと満たされていた。


 リセはその液体に恐る恐る口をつける。

「えっ? 何これ! 花の香がして凄い甘い! 美味しい!」


 ぱぁっと顔を輝かせたリセを見て、ラルフさんも満足げに頷く。彼は、椅子に座ったジャンにも切り込みを入れた花蜜果を差し出し、自分の分は蓋となる部分をワイルドに齧り取った。


「果肉も甘いんだ。向こうじゃ焼き菓子やジャムにもするらしい。この蜜は、紅茶だけじゃなくてミルクに入れたり、料理にも使うんだってさ」

 リセが蜜を紅茶に垂らすと、熱い蒸気に乗ってふわっと花の香りが部屋いっぱいに広がった。

「いい匂いね、ジャン」

 リセが話しかけた、その時だった。


「ミュッ!」

 凄まじい勢いで、白い毛玉がリセの膝の上へ飛び込んできた。小さな羽をパタつかせ、ブランがリセを見上げる。


 少し泣いた跡が残るリセの目元をじっと見つめて、ブランは少し心配そうに見つめる。

「リセ、大丈夫?ジャンと喧嘩した? 」

「ううん。そうじゃないの」

リセが説明すると。

「 ……特別に、撫でてもいいよ」

 上目遣いで、いかにも「慰めてあげてるんだからね」と言いたげなブラン。けれど、その鼻はリセが持つ花蜜果の甘い香りに、これ以上ないほど激しくくんくんと反応していた。


「……ありがとうブラン! 先にこれ食べようっ」

 リセは手に持っていた花蜜果の果実をナイフで半分に切る。期待で目を爛々とさせているブランに、半分に切った花蜜果を差し出した。


 ブランは小さな手でそれをがっしりと掴むと、小さな口を大きく開けてかぶりつく。

「ミュッ、……ムニュ、ムニュ……!」

 幸せそうに喉を鳴らしながら、蜜をこぼさないよう必死に頬張る姿は、まるで動くたんぽぽの綿毛のようだ。リセも残りの半分を口に放り込む。噛んだ瞬間、じゅわ〜っと溢れる濃厚な甘みが、心の奥までじんわりと溶かしていく。


「ふふ、ブラン、お口の周りが蜜だらけだよ」

 ハンカチで拭いてあげると、リセはたまらず、ブランのふわふわした体を両手で包み込み、わしゃわしゃと撫で回した。真っ白な毛の中に指を埋めると、ブランの体温が伝わってくる。


「ミ、ミュ〜……! 撫で、すぎ……今日は特別だからね……」

 ブランは羽をパタパタさせながらも、リセの指にしがみつくようにして身を委ねている。その柔らかな感触に、リセは今度こそ心からの笑顔を浮かべた。


 その光景を、おじいちゃんは湯気の向こうから静かに見守っていた。

「……さて。ラルフさんが言った『魔物寄せの呪い』についてだが……」


 おじいちゃんの声は、先ほどまでより一段と低く、重かった。

「リセの父親……私の息子であるカイルも、魔物を引き寄せてしまう呪いに囚われている」


 キッチンはしんと静まり返った。リセは、膝の上でブランを抱きしめる手に、少しだけ力を込める。

 おじいちゃんが、苦しげに言葉を続けた。


「カイルは元々、ルデラン辺境伯家の騎士だった。だが二年前、任務中に強い呪いを受けてしまったんだ。……それが、魔物を引き寄せてしまう呪いだ。辺境伯家は、彼を『街へ向かう魔物を引き付ける囮』として、人里離れた森の塔に置いている」


 ジャンが息を呑む音が聞こえた。ラルフさんも、自分が持ち帰ったニュースがリセの家族の傷に直結していたことを知り、拳を固く握りしめている。


「仕送りはされているし、カイルへの待遇は悪くはないと聞いている。しかし、もう二年あそこから出られない。……リセ、お前がお母さんとカイルに会いに行ったのは、あの一度きりだったな」


 リセは、琥珀色の蜜が溶けた紅茶を見つめながら、静かに頷いた。

「……うん。お母さんに連れられて、一度だけ塔に行ったの。お父さんは少し痩せたように思ったけど、元気そうだった。塔には本がたくさんあったし、週に一度は同僚の騎士たちが食材を届けてくれて、塔の周りの魔獣をやっつけて一晩泊まって帰っていくんだって。それがすごく楽しみなんだって言ってたわ」


 リセの脳裏に、あの夜の光景が浮かぶ。塔の中は暖炉の火で温かかった。

 窓の外では魔物の遠吠えがずっと聞こえていたけれど、お母さんと二人で、お父さんのために一生懸命、野菜たっぷりの煮込み料理を作った。


「お母さんがね、お父さんは一人だとお肉ばっかり食べてるはずだからって。持ってきたお野菜をこれでもかってくらい入れたの。……一緒に来た騎士たちとの魔獣討伐から戻ってきたお父さん、美味しい、美味しいって何度もおかわりしてた。それを見ているお母さんも、すごく嬉しそうで」


 リセはふっと視線を落とし、自分の手のひらを見つめた。


「その夜、塔の窓から一緒に星を見たの。……『いつか呪いが解けたら、また一緒に星を見ような』って、私の頭を撫でてくれた。……『ここでまた一緒に見ちゃいけないの?』って、怖くて聞けなかったけど」


 リセはお父さんの手が大きくて、あったかくて、側にいられるのをすごく幸せに思ったのだ。

 リセは少しだけ視線を上げ、ラルフさんを見つめた。


「だから……もし、同じ呪いなら。何か分かれば、またお父さんと暮らせるかもしれない。……お母さんも、あの日からずっと、お父さんを助ける方法を探していたから」


 俯いて黙り込んだリセの言葉を、おじいちゃんが繋ぐ。

「……リセの母親は、それからしばらくして、行方不明になった。彼女もまた、解析の魔術が得意な魔術師だった。……夫の身に起きたことを探ろうとして、事件に巻き込まれたのではないかと思っている……。彼女が姿を消して、リセは私のもとへ預けられたんだ」


 おじいちゃんの言葉に、ラルフさんは拳を強く握りしめた。

「……カイル、くそっ。……ルデラン辺境伯、か。先日のトラブルがあったアルクトスも、そこの領地だな」

「今はまだ同じ呪いかとはっきりは言えない。だが珍しい呪いだ、何か関係があるかもしれない。……何か情報があれば必ず知らせよう」


 ラルフさんが、静かに、けれど確かな決意を込めて請け負う。

「何が関わっているか分からない。貴族や危ない魔術師が背後にいる可能性も想定しておいた方が良いだろう。……気を付けてくれ」

 おじいちゃんの忠告が、重く響く。


 ラルフさんは大きく頷いた。

「そうだな、慎重に動こう。じいさん、リセもジャンも、今は下手に動かないと誓ってくれ」

 彼はおじいちゃんとリセ、そしてジャンを順番に見つめた。


 それからラルフさんは思い出したように、懐から重みのある革袋を取り出すと、それをおじいちゃんの前のテーブルに置いた。

「……これは、先日直してもらった氷結スクロールと転移スクロールの修復礼だ」


 おじいちゃんが袋の中身を確認し、結構な枚数の金貨に「多すぎる」と眉を寄せると、ラルフさんは笑った。

「アルクトスで、実はいっぱいお礼を貰ってさ。『すぐ来て、すぐ倒してくれて、ありがとう』って。このスクロールのおかげだからさ、受け取ってくれよ」


「……分かった。これは、素材代を抜いて、この子たちの分として預かっておこう。いつかこの子たちが、自分たちの足で歩き出す時のための『備え』としてな」


 ラルフさんは満足げに頷き、そして最後にもう一度、二人を順番に見つめた。

「……取り越し苦労であれば良いが」


 運命の糸が、再び動き始めた音がした。


本日は、11時40分と夕方にあと2話投稿予定です。


ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。続きが気になる、あるいは気に入っていただけましたら、ブックマークや評価で応援いただけますと大変励みになります!

これからも、よろしくお願いいたします。

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