23. 夜明けの雨と星苔
ラルフさんが、旅立ってから一週間がたった。
昨日の夜からシトシトと雨が振り続いていた。いつもなら、まだ、眠っている夜が明けきる前のその時間、リセははっと目覚めた。まだ雨が降り続いているのを確認すると、大急ぎで、リセの部屋の北側の窓の近くに置いてあった、星苔の入った瓶を持って裏庭にでた。雨が軽く当たる場所にそっと置くと、ほんのりと雨が当たった場所から青白く光り始めた。
扉の開く音に振り返ると、ジャンが立っていた。
「リセ、なんか、すごい急いでたみたいだけど大丈夫?」
物音に気が付いて様子を見に来てくれたようだ。
「あっ。煩くしてごめん。星苔に、夜明けの雨がを当ててあげたくて。いつも寝過ごしちゃうんだけど、今日こそはと思ってて⋯⋯。星苔って、たまにこうして、夜明けの雨を当ててあげると、夜優しく光るの。……夜、真っ暗なのが嫌でね。……あっ。……ちょっと子供っぽいよね」
リセが慌てて俯くと、雨を含んだ少し冷たい風が二人の間を通り過ぎた。
ジャンは、青白く光り始めた星苔をじっと見つめていた。瓶の中には、金緑色のふわふわとした綿毛のような苔が、瓶の底を埋め尽くすように広がっている。
その柔らかに発光する金緑の海から、透明な糸のように細い茎が、いくつも空に向かってピロンと伸びて、そしてその茎の先端には、小さな小さな「お星様」がちょこんと乗っていた。
雨粒が瓶の口から入り、その「星」に触れるたびに、光が呼吸をするように強くなったり弱くなったりしている。見ていると、何だか吸い込まれるように眠くなってくる。
「……いや。俺も、少しわかるよ」
「えっ?」
意外な答えにリセが顔を上げると、ジャンの横顔はどこか遠くを見ているようだった。
「……こんな灯があったら、怖い夢も見なくならないかな」
ジャンが少し泣きそうな顔で笑う。
「ジャン……」
リセは、彼もまた、孤独な夜を過ごしてきたのだと改めて気づく。
「……じゃあ、後で、ジャンの部屋にもお裾分けするね! だいぶ大きくなったから、そろそろ株分けしたいなって思ってたんだ!」
リセが言うと、ジャンは本当に嬉しそうに「よく眠れそうだ。ありがとう」と言った。
二人は、静かな雨音の中、軒下で星苔の光をしばらく眺めていた。
「……リセ、これは、どのくらい雨に当てるんだ?キッチンで、温かいミルクティーでも淹れるよ。お礼に、な?」
ジャン、少しぎこちない優しさに、リセはパッと顔を輝かせた。
「やったぁ! じゃあ、私、昨日の夜焼いた雨の日限定のしっとりスコーンを温めるね!苔はもう、終わりで良さそうだよ。……ほら、灯が段々と弱まっていく……」
雨はまだ止みそうにないけれど、工房のキッチンでは、優しいミルクティーの香りと香ばしいバターの香りの幸せな時間が過ぎていった。
その日、おじいちゃんが起きてくると、テーブルの上には、夜の余韻を残して仄かに発光する星苔が置いてあり、空のカッブとお皿がその横に置いてあった。
そして、机の上に腕を枕に仲良く眠る二人の姿があったのだった。
続きが気になる、あるいは気に入っていただけましたら、ブックマークや評価で応援いただけますと大変励みになります!
これからも、よろしくお願いいたします。




