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銀のペンと魔法の回路 ―見習い修復師リリスティアと氷魔法を使う謎の少年、ときどき食いしん坊精霊のモフモフな日々。―  作者: 海優璃


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22.本の修復

 数日後、リセは本の修復に取りかかっていた。


 手に入れた後に、何度か本を開いていたが、素材がなくて中々綺麗にしてあげられなかったのだ。


 持ち帰ってすぐに表紙の革には、ベルテ修復工房特製の馬油クリームを塗り込んだ。切れてしまっていた刺繍糸の素材が、ただの銀糸ではなくて、アラクイネの糸に銀を合わせた糸だということまではすぐに調べる事が出来た。おじいちゃんに聞いたところ、売っているものだということがわかったのだが、工房には置いていないと言うことで、お願いして取り寄せてもらっていたのだ。


 アラクイネは蜘蛛の魔物だ、その縦糸は、強靭で簡単には切れない。魔力の伝導率が高い。横糸は、粘着性があり、魔力を通すと硬化する。採取する時は特別な手袋と特殊な液体に入れて持ち運ぶそうだ。どちらも魔導具師などから人気のある素材だ。縦糸に銀を混ぜたものは、革や布に魔力の効果をつけたい時に割とよく使われるそうだ。


 それが、先日届いたのだ。ただ糸を縫い付ければ良いと思っているのだが……。

「……うーん、やっぱり。扱いが難しいのかも。」

 素材の扱いが書いてある本には、ほんの少しの魔力を通しながら縫うとしか書いていない。縫おうと思って力を入れるたびにに、糸が変な方向にうねって上手く縫えない。

 困り果てて、いったん手を止める。ふと、この間ブランがジャンに言っていた事を思い出す。「こんな風にしたいなって意識して、フーってするんだよ!」


 ……今も意味はよく分からないけれど、しっかり思い描いて、強く願う事は大切かもしれない。


 リセは魔力の痕跡をしっかりと感じ取り、強くイメージする。銀の糸が、魔力の痕跡をなぞるように、その場所に……あるべき場所に収まっていくことを。そのイメージを持ったまま、優しく糸に魔力を通し、固定していく。思った以上にすんなりと固定が出来てしまって驚いた。


「えっ?ブランってやっぱり凄い!」


 糸を星座の並びに固定して、優しく魔力を通すと、キラキラ光が溢れて、本が開いた。まず一番大事な星座の部分の修復が終わった。


 続けてそれ以外の部分の刺繍も修復していく。星座の部分は、魔力を通す部分だから、全部外してから、すべて固定し直した。ほかの刺繍の部分は、全部やると大変そうなので、切れたところだけ繋いで補修してみることにした。糸が足りない部分には縦糸を足し横糸をほんの少しだけ混ぜて魔力を流してくっつけていく。


「そう言えば、丈夫なはずのアラクイネの糸が切れてたのってどうしてかな?銀を混ぜたせいで脆くなったのかな?」


 背後から、おじいちゃんの低くて落ち着いた声がした。いつの間にか、リセの修復の様子を見守っていたようだ。


「銀を混ぜたせい、っていうのは惜しいな。半分正解だ」

「アラクイネの縦糸は本来、何があっても切れないと言われるほど強靭だ。だがな、銀という金属を混ぜたことで、凍結に弱くなる」

「凍結?」

 リセは、思わずジャンの顔を思い浮かべた。

「そうだ。銀は魔力の伝導率を跳ね上げるが、同時に外の気温や魔力の『温度』にも敏感に反応するようになる。凍結すると、銀の粒子が収縮して、強靭なアラクイネの繊維にダメージを与える。少しぐらいなら大丈夫な筈だが……過酷な場所にあったのかもしれないな」


 リセは、修復が終わってキラキラと光る星座の刺繍を、嬉しそうに撫でた。


「何か強化の為の対策出来ないかな?」 

 リセが悩むようにおじいちゃんを見上げる。

「普通は切れないんだがね。ジャンのようなヤツが何回も凍らせて、衝撃を与えたら確かになぁ。……調べてごらん」

 とおじいちゃんは、嬉しそうに言って向こうへ行ってしまった。リセは一瞬「むぅ~」と膨れた顔をしてすぐに顔をもとに戻した。リセが最初に修復師になりたいと言った時は喜んでくれたし、最初は何でも聞けば答えてくれた。最近は自分で調べたり、考えたりするように事あるごとに言われている。「リセなら出来るはずだ」何度も言われた言葉だ。

 これは、認めてもらったって言うことだ、もう一歩先へ進めるって期待されているからだ。


「よし、頑張るぞ!」


 リセは気合を入れ直して素材の本と向き合った。

 本をパラパラと捲りながら呟く。

「そもそもどんな素材がいいんだろう?温度を伝えない素材?それとも温める素材?凍結しても、衝撃を与えなければ良いのかな……」


「温度を伝えないなら、氷結海月の膜が確か……」

 本を捲って氷結海月のページを見る。

「自分を温めず、周りを凍りつかせすぎない。うんうん。なんか使えそう。」

「でも、冷たいんだよね?なんか凍りそうでちょっと心配かなぁ。」


「温める系だと、ぽかぽか草が手に入れやすいけど、冷気には弱いよね……。温熱石もあり得る?」「ぽかぽか草は、使う前にお日様に当てたいけど、この季節だとお日さまの力が弱いかな?最低3日はお日様に当てた方がいいかな」


 リセは、ぶつぶつ呟きながらメモを取る。ふと横を見ると、ジャンが、少し離れたところの椅子に座って剣の手入れをしていた。今は、ベルテ修復工房特製の馬油を分けてもらって、乾燥してひび割れかけていた(つか)(さや)にも優しくしっかりと油分を足しているようだった。


 朝の素振りは、木の棒でやっているが、いつもその最後に、鞘に入ったままの剣でも素振りを行っていた。鞘から抜いたのを見たのは、試し斬りをした時と、こうして手入れをしている時だけだ。


 リセは、ジャンの手元を見てはっとした。馬油だ!この本のメンテナンスにも既に使っているが、ここにぽかぽかするオイルを少し足して、それを覆う様に、氷結海月の膜に魔鹿(ましか)パウダーを少し合わせてあげれば、素材同士の反発も起きにくそうだ。魔鹿パウダーは、ジャンと作ったのが、まだたくさん残っている。


「ねぇ、おじいちゃん。ぽかぽか草のオイルって少し貰っていい?あと、氷結海月の膜も欲しいんだけど。」

「ぽかぽか草のオイルか、⋯⋯そうだな、今度ぽかぽか草を仕入れたら多めに作っておいてくれれば使っていいよ。氷結海月の膜は、一枚分だな?」

 おじいちゃんに確認されて、リセは頷きながら返事をした。

「うん。それで大丈夫」


 素材を集めて戻ると、ジャンも気になるようで、横からのぞき込んできた。

「ぽかぽか草のオイルは、ハンドクリームとかにも最近入れることもあるんだって!」そんな事を言いながらベルテ修復工房特製の馬油クリームとぽかぽか草のオイルを混ぜたものを優しく塗り込んでいく。


 氷結海月(ひょうけつくらげ)の膜全体に魔鹿パウダーが行き渡るように魔力で押し広げる。その上に本を乗せて本の表紙と裏表紙を覆うようにする。大きくはみ出したものは少し切る。


 最後は力業で、ぎゅうぎゅう魔力で圧縮して本に合わせていった。


 ジャンが念の為、ちょっと試験しようと言ってくれたので、革の切れ端と銀の糸を持ってきて、同じように処理をした、氷結海月も先程きり落とした部分を使って断熱処理を完成させる。


 ジャンがさっと手を出して、銀の糸に触れる。氷結魔法を発動するが銀の糸や革が凍ることは無く、リセが触れてみても冷たくはなっていなかった。


 遠くから見守っていたおじいちゃんが、「成功だな」と短く、けれど満足げに呟いた。

「これで、この本はもう大丈夫そうだね!」

 リセが顔を輝かせて言うと、ジャンもそっと自分の手を眺め、それから本に視線を落とした。

「あぁ、俺も間違って本を傷めないで済みそうだ」

 と呟いた。

 リセはジャンがそんな事を気にしていたとは思っていなかったが。

「そうだね。安心して寒い所にも持っていけるね!」

 と笑った。

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