17.ジャンの過去と独白
リセとジャンとブランでつくったシチューは最高に美味しかった。一角兎はとろとろで、じゃがいもはほくほくで……。ブランもジャンも、何度もおかわりをした。
満たされた胃袋と温かい湯気が、ジャンの心の鍵をそっと開けたのかもしれない。彼は溢れ出す記憶を打ち明けたいと思うほどに、リセもブランも、おじいちゃんのことも信じ始めていた。
ひとしきりシチューを食べた後に、ジャンはぽつりぽつりと自分の事を話し始めた。
「……初めて魔獣討伐に行ったのは、十歳の時だった。俺は、最初はやる気満々だったけど、魔獣の気配に気が付くと怖気づいた。逃げ出そうにも逃げ出せない状況で、固まっていたよ。……瀕死の一角兎を目の前に連れてこられて、とどめを刺してごらんと言われた。よくある事だそうだ」
「そのまま野営をして、一角兎を焚火で焼いて食べた。誰かが用意したお膳立てに乗っただけだ……。分かっていたけど、『お前が初めて仕留めた魔獣だよ』と言われて、嬉しくて……。凄く美味しくて、準備してくれた家族に感謝した」
こぼれ落ちた言葉に、リセは目を見張った。ジャンが自分の内面をこんな風に話してくれたのは、初めてだったからだ。
「良いご家族なのね」
リセが優しく微笑むと、ジャンは少しだけ視線を彷徨わせた後、意を決したように背筋を伸ばした。
「聞いて欲しい……。俺の本当の名前は、アルジャン。……とある子爵家の三男として引き取られたんだ。八歳の時だった。その家はもともと遠縁で、何度か挨拶をした事がある、そんな関係だった」
「……元の家は、商家だった。父親は数ヶ月いない事もあったけど、帰ってくれば、旅行で見つけた面白い話もしてくれたし、遊びにも連れて行ってくれた。母は、男爵家の娘だったらしくて、魔術も学んでいて、弱いけれど結界魔法が使えた。あの日も、家族で高原に遊びに行ったんだ。楽しかった。空は青くて、どこまでも広がる草原に美しい森。俺は母に遠くに見えていた山の名前を教えてもらっていた。少し離れたところで妹は父に肩車されて笑っていた。……前触れなんて分からなかったんだ。急に空気が変わって地響きがして。母の展開した結界の淡い光が見えた。振り返る間もなく、視界が真っ黒に染まって。……最後に母が僕をきつく押し包むのを感じた……」
ジャンは一度視線を落とし、静かに続けた。
「気が付いたら、ベッドの上だった。治癒の魔法師によって、命に関わる怪我は治されていたけれど、意識が戻った後もしばらく体を動かすことは出来なかった。……気が付いたら、父も母も妹も……誰もいなかった。何が起こったかなんて分からなかった。巨大な魔物だったと遠くから見た人が言っていたそうだ。助けが来る頃には魔物はもういなかったそうだ。母が結界を張ったことと覆いかぶさった事で、運良く生き残れたのだろうと。……ベッドから出るのを禁じられているうちに調査の人がやってきて、子爵家に引き取られる事が決まったんだ」
おじいちゃんも難しい顔をして、ジャンの話を聞いていた。
「子爵家では、良くして貰ったよ。一番上の兄は二十五歳ぐらいで、家を継ぐべく子爵様に付いて学んでいた。三歳下ぐらいに姉がいたけど、隣国へ嫁いでいて会ったことはない。一番下の兄は十五歳で、貴族学校の寮に入っていた。休みに帰った時は、気さくに接してくれて、学校の事や流行りのものを色々教えてくれたよ。子爵夫人や使用人も俺の事情を知っているようで、皆、優しかった」
引き取られてから一年ほど経った頃、魔力量の測定と適性を調べるために王宮魔術師が訪ねてきた。水晶に手をかざすと銀の光が溢れ、魔術師は記録をメモすると、「これまで以上に身を守るための剣と魔法の鍛錬をしっかりやるように」と言い残して帰っていった。
それからは家庭教師の時間が増やされた。魔力循環はすぐに出来るようになり、各属性魔法――火、水、風、土、光――と初歩を一通り学んだが、実戦で使えるほどには上達しなかった。剣の方が合っていたのか、討伐演習には参加させて貰えるようになっていたけれど。
「十二歳の誕生日に、俺がなぜその家に迎え入れられたのか、本当の理由を知った。……ある『大切なもの』を守るための精霊と契約する、その……『守り手』の一人として選ばれたんだって。俺は魔力量が多かったから」
リセは息を呑んだ。何か事情があるのだろうとは思っていたが、そんな重大な事だとは想像もしておらず、衝撃が走った。
「契約は大人になってからと子爵様……いや、父上は考えておられたようだが、事情が変わり、契約を早めたいと聞かされた。……その数ヶ月後、俺は無事に精霊と契約を結んだ。……その帰りに襲われたんだ。護衛の一人が俺を転移魔法で逃がしてくれた。……彼は逃げられただろうか」
「守り手は複数人いるようだった。一人二人欠けても耐えられるが、多いに越したことはないとも……。契約者が襲われる事件がここ数年で増えている事もあり、襲撃はある程度予期されていたのだろう。護衛に付いてくれた人は精鋭だった。……こういう事も想定していたのか、平民の冒険者としての身分証も用意されていた。何かあったら、冒険者として、とにかく生きろと教えられたよ。父上は本当に申し訳なさそうに、謝ってくれた」
リセは、こみ上げる不安を口にした。
「その身分証から、足が付いたりしないかしら?」
「子爵領のギルド長と父上しか知らないようだった。スタンピードの時に倒れていた孤児で、記憶喪失……ということで登録されている。半分は本当のことだ。まず大丈夫だろう、と聞いている」
ジャンは一度言葉を切ると、二人を真っ直ぐに見据えた。
「師匠、リセ、そしてブラン。こんな事を言って、二人を巻き込んでしまうかもしれない。でも、どうしても聞いて欲しかったんだ」
おじいちゃんは、難しい顔のまま口を開いた。
「一ヶ月もここにいたんだ、もう孫みたいなもんだ。第三の家族だと思ってくれたらいい。……それに、そのアザに似たようなものを昔見たことがある気がするんだ。……何が起きているのか分からないが力になりたい」
リセは泣き笑いのような表情で頷いた。
「そうだよ。もう家族みたいなもんだよね! 私も力になりたい」
おじいちゃんは、考え込むように顎を掻いた。
「ところで、誰に狙われているのかは、やっぱり分からないのかい?」
「はっきりしたことは何も……。ただ、自分が守る契約を結んだものは魔導書でした。いわゆる、禁術を使おうとしている人がいると考えるのが自然ですね」
空気を読んで黙っていたブランが、「ちょっと魔力、指先から出して」と言ってジャンの指にピトッとくっついた。ジャンは戸惑いながらも魔力を放出する。
ブランはその指にギュッと抱きつくと、「うんうん。ジャンの魔力も、シチュー食べた後だからかな? おいしいね〜」と幸せそうな顔をした。リセは「えっ、今それする?」と白い目で見つめている。
ブランはそっと指から離れて、お腹を撫でながら何事もなかったように頷いた。
「うん。ジャンが属性魔法を使うなら、氷の魔法の練習がいいと思うよ〜」
唐突なブランのマイペースな発言に、三人は揃って声を上げた。
「えっ? 何それ? 分かるの!?」
ブランはちょっとふんぞり返って胸を張る。
「まぁ、分かるよねぇ? 魔力の感じもそうだし。……これって一般常識じゃないの? 水晶で銀の光が出たなら、王宮魔術師の人も分かってたんじゃない? 家庭教師の人は何で教えなかったんだろうねぇ?……わざと強くならないように教えられてたとか?」
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