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銀のペンと魔法の回路 ―見習い修復師リリスティアと氷魔法を使う謎の少年、ときどき食いしん坊精霊のモフモフな日々。―  作者: 海優璃


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16.買い物へ

 直りたてのお鍋の魔導具を大切に抱えて、リセたちは早速キッチンへと向かった。

 食材は、近所の商店のご主人が工房などを一軒ずつ回って、週に一、二度直接販売に来てくれる。外に出る暇もないほど忙しい職人たちに、とても重宝されているサービスなのだ。


 リセとジャンは手際よく食材を集めていった。

 まずは籠からじゃがいも、人参、玉ねぎを。

 続いて、冷気魔法の石が組み込まれた保冷庫から、包みに入ったバターと、鮮やかな緑のブロッコリーを取り出す。さらに棚の小瓶から、とろみ付けに必要な分だけの小麦粉をすくい出した。

 それらを調理台に並べていったところで、リセはふと手を止めた。

 肝心のお肉と、シチューのベースになる牛乳が底を突いていることに気がついたのだ。


「あ、お肉と牛乳がなかったね……。ちょっとお店まで行ってくるね」

 リセが出かけようとした時、ジャンがその足を止めた。


「……僕も、行ってもいいかな」

 ジャンは少し緊張した面持ちでそう言った。いつまでもこの工房に閉じこもっているわけにはいかない。少しずつでも動き出さなければ――。その瞳には、静かだが確かな決意が宿っていた。


 リセがおじいちゃんに許可を取りに行くと、「まあ、あそこなら近いし大丈夫か」と返事があった。

 おじいちゃんの隣では、珍しくブランが修復の手元をじっと眺めていた。いつの間にか、この二人(一人と一匹)の距離もずいぶんと縮まったようだ。


 おじいちゃんはブランに視線をやる。

「最近は、あのあたりに変な奴はいないよな?」

「うん! 僕、シチューのためならどこまでも行くよ。護衛は任せて!」

 ブランが鼻息荒く請け合ったので、おじいちゃんも「なら問題ないだろう」と判断したらしい。

 お店は大通りに出る手前。ほんの目と鼻の先への、三人(二人と一匹)での小さなお買い物だ。


 ***************************************


「お金よし、買い物カゴよし。さあ、出発!」

 リセが気合を入れて玄関のドアに手をかけた、その時だった。

「あ、ちょっと待ってね〜」

 ブランが軽い声でそう言ったかと思うと、その姿が陽だまりに溶けるようにふっと消えた。


「えっ……?」

 リセは驚いて、隣にいたジャンと顔を見合わせた。ジャンの目も、驚きで丸くなっている。二人が呆気にとられている間に、再び空気がゆらりと揺れ、何事もなかったかのような顔でブランが戻ってきた。


「うん。お外の安全、バッチリだよ〜!」

 どこか誇らしげに胸を張るブラン。どうやら一瞬で周囲の様子を「検分」してきたらしい。そのあまりに自然な魔法の扱いに、リセは脱力したように笑った。


「……そっか。ありがとう、ブラン。最高の護衛さんね」

「えへへ、でしょ! さあ、美味しいお肉、買いに行こう!」


 一歩外に出ると、ジャンは大きく息を吸い込んだ。

 窓越しに眺めてはいたけれど、肌で感じるこの街の空気は、あの倒れていた時以来だ。工房の中にはブランの加護があるという安心感があったが、遮るもののない外の世界は、やはり勝手が違う。


 どこか身構えるようなジャンの様子に気づき、リセは顔を覗き込んで笑いかけた。

「私とブランが付いてるからね!」

 ジャンは少し肩の力を抜いて、照れくさそうに応えた。

「あぁ……。頼りにしてる……」

「お肉屋さんは、あの道を右に曲がって、次はすぐに左。途中に八百屋さんがあって、お肉屋さんのすぐ近くにはパン屋さんもあるからね。牛乳は、パン屋さんで売っているよ。」


 リセが楽しそうにこれからの道順を説明する間、ブランはリセの柔らかな髪の中にすっぽりと潜り込んでいた。一見甘えているようだが、その瞳は時折鋭く周囲を走る。一応、護衛としての警戒は怠っていないようだ。


 八百屋さんの前を通ると、いつも野菜を届けてくれる店主の威勢のいい声が飛んできた。

「おっ、リセ! 買い物か? 外で見かけるなんて珍しいじゃねぇか!」

「えへへ。シチューにするのにお肉が必要だったの」

 リセが笑って返すと、店主は「そうか! 気をつけてな!」と元気に手を振って見送ってくれた。


 次に向かったお肉屋さんの店頭で、リセが鶏肉のブロックを買おうとした時のことだ。

「お嬢ちゃん、今日は新鮮な一角兎(いっかくうさぎ)の肉が安く入ってるよ! おすすめだよ」

 店主の言葉に、ジャンとブランが同時に身を乗り出した。二人の視線は、店先に並んだ一角兎の肉に釘付けだ。ブランにいたっては、リセの髪の中から必死に前脚を伸ばし、「シチューにぴったりか聞いてよ!」と念を送ってくる始末だ。

 リセが苦笑いしながら、肉屋のおばさんにシチューにする予定だと伝えると、

「それなら最高だよ。脂が乗ってて、煮込むとトロトロになるからねぇ」

 と太鼓判を押された。


「ジャンは食べた事あるの?」

「初めて、魔獣討伐に参加させてもらった時に瀕死の一角兎にとどめを刺させて貰ったんだ……」

 ジャンは、それ以上は聞いて欲しく無さそうに俯いてしまった。リセは気付かないふりで明るく言った。

「えぇっ、凄いね! 魔獣討伐に参加したなんて! ……値段も手頃だし、これにしましょう!」


 お肉屋のおばさんが一角兎をカットしてくれる間に、三人はすぐ近くのパン屋へと足を向けた。


 扉を開けた瞬間、香ばしい小麦とバターの幸せな香りが鼻をくすぐる。

「わあ、いい匂い……!」

 リセが声を弾ませると、ジャンもまた、並べられた黄金色のパンたちを眩しそうに見つめた。棚には、シチューを掬って食べるのにちょうど良さそうな、外はカリッと中はふわふわのバゲットや、子供の拳ほどの大きさの丸い白パンが山積みになっている。


「これなんかどうかな? 一角兎のシチューには、少し歯ごたえのあるパンが合いそうだけど」

 ジャンが指差したのは、表面にうっすらと粉が振られた、素朴ながらも味わい深そうなカンパーニュだった。


 すると、リセの髪の中からブランが「クンクン」と鼻を鳴らして身を乗り出す。

「ねぇねぇ、あっちのバターたっぷりのロールパンも捨てがたいよ! シチューに浸して食べると最高なんだから!」

 リセは迷いながらも、ジャンの選んだカンパーニュと、ブランがおねだりしたロールパンをいくつかカゴに入れ、最後にパン屋のおばさんへお願いして瓶に入った牛乳も受け取る。


 買い物を終えた三人は、夕暮れに染まり始めた道を大急ぎで工房へと引き返した。ずっしりと重いお肉の包みと牛乳はジャンが持ってくれて、リセは香ばしい匂いのするパンの袋を大切に抱えた。


 リセの肩の上では、ブランがパンの袋から漂う甘く香ばしい匂いにすっかり夢中になっていた。

 抗えない香りに誘われるように、時折ふらふらと袋の口の方へ漂っては、くんくんと鼻先を寄せて幸せそうに目を細める。けれど、ハッと我に返ったようにまたリセの髪の中へと潜り込む。そんな動作を、ブランは帰り道の間に何度も何度も繰り返していた。

「もう、ブラン。そんなにいい匂い?」

 リセが可笑しそうに肩をすくめると、髪の中から「だって、すごく美味しそうなんだもん!」と弾んだ声が返ってくる。その様子を隣で見守るジャンの表情も、いつの間にか柔らかく緩んでいた。


 無事に工房の門をくぐり、玄関の扉を閉めた瞬間。リセは、ふぅ、と深い溜息をついた。

「ああ……何もなかった。

 なんてことなかった……。はぁ〜、よかったぁ」

 独り言のように漏れたその言葉には、ジャンの初めての外出を無事に終えられた安堵が詰まっていた。


「ほんとだね! 何にもなくてよかったね、ジャン!」

 ブランも一緒になってはしゃいでいる。リセは「ずっと、こんなふうに穏やかな毎日が続けばいいのに」と言いかけて、ふと口をつぐんだ。ジャン自身がここを出ていくのを望んでいる事を思い出したからだ。


「……よしっ! まずは玉ねぎから切ろう。ジャン、手伝って!」

 湿っぽい空気を振り払うように、リセは努めて明るい声を出した。ピカピカに直ったお鍋を火にかけるべく、元気よく腕をまくる。

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これからも、よろしくお願いいたします。

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