15.お鍋の修復2
リセとジャンは、お鍋の底に沈む「魔力の痕跡」を幻光砂で浮かび上がらせ、その光の流れを道しるべにしながら、一気に修復を完遂させようと意気込んでいた。回路の損傷箇所を直接目で追いながら筆を入れるのが、昨日二人で導き出した最適解だったのだ。作業台の上にはレッドサラマンダーの粉や貴重な月睡蛾の鱗粉などが整然と並び、工房には心地よい緊張感が漂い始めていた。
リセは、じっとお鍋を見つめ深呼吸をした。
「じゃあ、一つずつ修復に使うもの確認していくね。」
修復の為に、トレーに集めてきた素材に視線を移す。その横でジャンも真剣な目で集められた素材を見つめている。
一つずつ指で差しながら確認していく。
「これが、レッドサラマンダーの粉ね。温度管理の為に必要よ。こっちの魔鹿パウダーは知っているわね。魔力保持の効果があるわ。」
深い青色の小さな瓶を手に取る。
「こっちが、月睡蛾の鱗粉よ。眠りの毒があって満月の夜にしか採取出来ない貴重品よ。ここにあるのは三度以上の満月の夜、丹念に月の光に当て続けて毒気を抜いてあるわ。魔力を安定させるのに効果的なの。実は初めて使うからドキドキしてるの」
ジャンは真剣な顔で瓶の中を覗き込みながら聞く。
「ここで月の光に当てる作業もやったの?」
「そう。でも、2回目までは危ないからダメだって、やらせてもらえなかったわ。次のチャンスがあったら、絶対最初から教えて貰うんだから!」
リセはちょっと怒ったように呟いた。気を取り直して続きを確認する。
「この砂みたいなのが幻光砂。魔力の痕跡をはっきりと見せてくれるの。砂に見えるけど、魔蟲の死骸なんだって、なんかヤダよね。」
ジャンは静かに「いや、……俺はそうでもないよ」と返した。リセは意外な答えに少し驚いたが、すぐに次の瓶を手に取った。
「……そっか。まぁ、人それぞれだよね! はい、虹光貝の粉だよ。バラバラな魔力の波長を一つに整える力があるよ。これも、実は初めて使う素材。これの素になる貝の内側は、虹色の鏡になってるんだって、すごく綺麗で、アクセサリーとかにも使われるんだって。私もいつか見てみたいんだ!」
「じゃあ、まずは、回路の確認から始めるね」
説明を終えたリセは右手に銀のペンを握り、スプーンで幻光砂を掬い上げた。
ペン先から細かな霧のような魔力を出し、砂を取り込みながら薄く広く伸ばしていく。幻光砂を含んだ薄黄色い魔力の霧は、お鍋の底を静かに撫でていく。
すると、何もなかったはずの金属の表面に、お鍋の中で幾度も繰り返されてきた魔力の通り道を、淡い光の痕跡として浮かび上がらせていく。
焼き切れている部分の回路の痕跡と、先ほどジャンと見つけた魔法陣を見比べる。微妙な差異はあるが、これがジャンが言っていた素材の違いによるものなのだろう。
二人が頭を寄せ合って夢中で議論していると、背後から不意に太い声が響いた。
「ほう、解析の回路か! 自分たちだけでそこまで辿り着くとは、うちの弟子たちはなかなか見どころがあるじゃないか」
おじいちゃんが、満足そうに二人の手元を覗き込んでいる。
これまでリセが何度「分からない」と泣きついても、「リセならたどり着けるはずだ、もう少し自分で調べなさい」の一点張りだった。自分で考えて調べてたどり着く事が、修復師として大切だと考えているのだろう。これが、修復師としての成長となり、自信となっていくことを知っているのだ。
「何か、儂に聞きたいことはあるかね?」
ここぞとばかりに、リセは身を乗り出して尋ねた。
「おじいちゃん、ここ! こっちの魔法陣とそっくりなのに、ここの繋ぎだけが違うの。これはやっぱり素材の違い? 他にも代表的なパターンってあるの?」
「そうだなぁ。魔道具だと魔道具自体の素材との相性もあってね。試行錯誤して決められていることが殆どだ。……どうしても分からない時は、弱めの素材から少しずつ試していくことになるな」
「なるほど……。あとね、この温度を変えるところ。こっちの回路で今の状態を感知して、ここでお鍋の中をかき混ぜるイメージで魔力を回して、最後にここで温度を決めて発動……これで合ってる?」
「ああ、よく理解できているよ。そこまで構造が見えていれば、修復は目前だな。……だが、そのためには素材がもう一つ必要だ。何か分かるかな?」
リセが「うーん……」と唸りながらお鍋を見つめていると、隣でジャンが静かに口を開いた。
「……もしかして、『風』に由来するもの、ですか?」
リセがおじいちゃんの顔を伺うと、おじいちゃんは「その通り!」と言わんばかりに、嬉しそうに深く頷いた。
風と言えば……とリセは考える。洗濯のスクロールの時にも使ったものがある。
「風鳴り草?」
リセが自信なさげに呟いた。
風鳴り草、このあたりの海辺に群生している、魔力をたっぷり含んだ草だ。風が吹くたびに「ひゅう、ひゅう」と笛のような音を鳴らすことからそう呼ばれている。海に近いこの街では、風の魔力を供給する素材として、ごく一般的な魔道具によく使われていた。
「その通り、この間使ったのが残っているだろう?倉庫から持っておいで」
リセは勢いよく倉庫へと駆け出し、戻ってきたその手には小さな小瓶が握られていた。
中には、一センチほどの平べったい、鮮やかな緑色をした種が半分ほど入っている。風鳴り草の種は、乾燥すると石のように固くなるが、その美しい色は失われない。真ん中に天然の小さな穴が開いているため、紐を通したブレスレットが街で売られていることもある。効果は微々たるものだが、風魔法の補助に使えるのだ。
「よしよし。……それをどうするか、分かるかな?」
おじいちゃんの問いに、リセは手元のペンを握りしめながら答えた。
「まずペンの先で種から魔力を吸い取って、回路の終点と綺麗に繋がるように、お鍋の内側に薄く広く伸ばせばいいのよね?」
「そうだな、半分正解だ。……だが、サラマンダーの粉はどうする?」
「あ。……それも同時に入れないといけないの?」
「そうだ。火の力と風の力を、元々刻まれている回路に上手くなじませるんだ。継ぎ目が分からないほど滑らかにな。それができて初めて、その魔道具は本来の力を取り戻す」
リセはゴクリと唾を呑み、銀のペンを構え直した。
「じゃあ……やってみるね!」
リセは、自分の心臓の音が耳元まで届きそうなほど緊張していた。
まずは、回路が焼き切れた部分に元々の回路を刻み直していく。その場所が何を司るのか、深く理解していなければ正しく修復することは難しい。リセはジャンと見つけた魔導書の記憶と、魔導回路の記憶を頼りに、丁寧に、一ミリの狂いもなく温度解析の回路を刻んでいった。
最後の一線を刻み終え、一度大きく息をつく。だが、本当の勝負はここからだ。
リセは風鳴り草の種から魔力を吸い出し、同時にレッドサラマンダーの粉を小さなスプーンで掬い上げた。ペンの先から薄く魔力を伸ばしながら、スプーンの粉を均一に巻き込んでいく。
「……っ」
全体に粉を広げ終えたところで、魔力密度の凹凸をチェックし、操作によって平らにならそうとする。けれど、奥の方を滑らかにすれば、今度は手前の方がボコッと盛り上がってしまう。まるで意思を持っているかのように、魔力はリセの手をすり抜けて暴れる。
リセの額から、一筋の汗が滴り落ちた。
(……ダメ、負けない。絶対に諦めないんだから!)
視界が滲むほどの集中力で、リセが強く念じたその時。
不意に、ふわっと肩の上に「白いもの」が乗った。
(……ブラン?)
一瞬、意識が揺らぎそうになったが、リセは必死に目の前の鍋に踏みとどまった。
すると、どうだろう。先ほどまでどんなにやっても滑らかにならなかった魔力の凹凸が、リセの気持ちを汲むように滑らかに整えられていく。
「ジャン! 魔鹿パウダーと虹光貝の粉をお願い! 私が抑えてないと、魔力が暴れてまた凸凹になっちゃいそう!」
「分かった、任せて!」
リセの切羽詰まった声に、ジャンは即座に動いた。
この一ヶ月、ジャンもまた修復師の弟子として、基礎から学び始めていたのだ。今まさに彼が挑んでいるのは、魔力を薄く、均一に広く伸ばす作業。この一週間で、リセからも「凄く上手くなった」と太鼓判を押されるほど、ジャンの繊細な魔力操作は開花していた。
ジャンは銀のペンを手に取ると、リセが抑え込んでいる魔力の渦の周りに、手際よくパウダーと粉を散らしていく。
「……リセ、広げるよ。君はそのまま」
ジャンの放つ静かな青い魔力が、虹光貝の粉を巻き込みながら、お鍋の底を滑るように広がった。リセの必死な魔力とジャンの冷静な魔力が、虹色の輝きを媒介にして、パズルのピースが埋まるように完璧な平面を描き出していく。
額から汗を流しながらも、二人の呼吸は不思議なほど一致していた。
仕上げに、リセが月睡蛾の鱗粉をふわりとお鍋全体に振り撒く。銀灰色の粉が回路の隅々にまで馴染むと、次の瞬間、お鍋全体がキラキラと光を放った。
やがて光が金属の奥底へ溶け込むように消えていくと、滑らかな魔力の路が定着していた。
「……ふぅ……っ」
リセとジャンは、溜まっていた息を大きく吐き出した。張り詰めていた緊張が解け、心地よい疲労感が二人の身体を包む。
「……で、出来たのかな〜? ジャンもブランも、手伝ってくれてありがとう。……あれ?」
リセは不思議そうに首を傾げ、傍らで満足そうに喉を鳴らしているブランを見つめた。
「……ブランって、何かしてくれたよね? 確か、私が結構手こずってた時に……。あれ? 何だっけ?」
リセが眉を寄せて思い出そうとしていると、ブランはふいっと鼻先を上げ、心外だと言わんばかりに尻尾を振った。
「ん? 僕? 何もしてないよ? ……もしかして、僕がいるだけでリセが凄い力が出ちゃうってことかな? ねっ?僕ってばとっても役立ったね?ご褒美!」
ブランは期待に満ちた目で、修復が終わったばかりのピカピカのお鍋を見つめた。
「ご褒美にシチュー作ってくれる? 今夜はシチュー? 出来たてのお鍋で、とびっきりのやつ!」
「あはは、もう、ブランったら。……そうだね、ホントに直ったか確認したいし。今夜はこのお鍋で、お祝いにシチューを作ろう!」
リセは可笑しそうに笑いながら、まだほんのりと温かいお鍋を大切そうに抱きかかえた。
続きが気になる、あるいは気に入っていただけましたら、ブックマークや評価で応援いただけますと大変励みになります!
これからも、よろしくお願いいたします。




