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銀のペンと魔法の回路 ―見習い修復師リリスティアと氷魔法を使う謎の少年、ときどき食いしん坊精霊のモフモフな日々。―  作者: 海優璃


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13.地下倉庫の探し物

 その日の午後、おじいちゃんはジャンを連れて地下の倉庫へと向かった。

 リセもランタンを手に、二人の後ろについて階段を下りた。

 ひんやりとした湿気を含んだ空気の中に、薬草の匂いが微かにする。


 そこには修復用の素材や道具だけでなく、修復に持ち込まれたが、修復を諦め手放された品物も保管されている。

 修復には多額の費用や膨大な時間がかかることもあれば、今では手に入らない希少な素材が必要なこともある。そうした「直したくても直せない」事情で手放された、道具たちの中で、おじいちゃんが、いつか直したいと思ったものが、ここでは静かに眠っているのだ。


「素振り用の棒は、この辺にあるものの中に丁度良いものがあるかな?」


 おじいちゃんに促され、ジャンは何本か手に取って感触を確かめると、すぐにその中の一本を選び出した。迷いのないその動きは、彼が積み重ねてきた訓練の証のようにも見えた。


「さあ、この辺りに剣がまとめてあったはずだ。魔導回路は死んでいても、(なまくら)じゃあない。お前に合うものがあるか探してみなさい」

 おじいちゃんの言葉に促され、リセが持つランタンの灯りが棚の奥を照らし出す。


 そこには、かつての輝きを埃の下に隠した剣が何本も立てかけられていた。ジャンは一つ一つのつかを確かめるように、ゆっくりと、けれど真剣な眼差しで歩みを進めた。

「これなんかどうかな。少し重いかしら」

 リセが棚から埃を払って差し出したのは、かつては美しく輝いていたであろう、細身の長剣だった。ジャンはその柄を握り、感触を確かめるようにゆっくりと空を切ってみる。

「……重さよりも、少し長いかな」

 並んでいるのは大人用の真剣ばかりだ。今のジャンの体格には、どうしても少し持て余してしまうようだった。

 その時、「あっ、リセたちも探検中〜?」と、朝食後に「探検してくる!」と姿を消していたブランが、どこからともなくふわふわと飛んできた。


「ブラン、こんなところにいたのね!」

「リセ〜!ここ、なかなか面白いものがあるよ! ちょっと壊れてるけど、温度管理が完璧で、シチューがすっごく美味しく作れそうなお鍋とか見つけちゃった!」

「何それ、そんなものまであるの?……でも今はシチューじゃなくて、ジャンに合いそうな剣を探しているのよ。ブラン、どこかで見かけなかった?」

「うーん、その手に持ってるのは?」

「これだと、少し長すぎるみたいなんだ」


 リセが困ったように言うと、ブランは首を傾げて宙を一回転した。


「う〜ん、そうだねえ。……あ! そういえばあっちの奥の方で、何か見た気がする!」

 ブランはそう言いながら、倉庫の奥の方へ飛んでいって、キョロキョロと周りを見渡した。


「あっこれこれ〜」

 ブランが誇らしげに指差したのは、積み上げられたガラクタのさらに奥、棚の隅にひっそりと置かれた古い木箱だった。中には、少し短めの剣が収められていた。


「それは……」


 おじいちゃんが、懐かしさと苦さが混じったような表情で目を細める。


「その剣はね。かつてある騎士が、誤って竜の巣に落ちてしまった時に、主を守ろうとしたのか、自らが持てる限界を超えた力で敵を凍りつかせたんだ。おかげで主は無事に逃げ出せたんだが……その代償に、剣は二度と氷結の力を発動できなくなってしまった。そんな逸話がある剣なんだよ」


 おじいちゃんは箱に歩み寄り、動きを止めたままの冷たい鞘をそっと撫でた。


「儂も何度か直そうとはしてみたんだがね。……悔しいが、今の儂の腕ではどうにもならなかった。回路が焼き切れているだけじゃない、まるで心が折れてしまったかのように、魔力を通さなくなってしまったんだよ」


 リセは、ランタンの灯りに照らされたその静かな剣をじっと見つめた。おじいちゃんが「直せなかった」と言い切るほどの難物。けれど、主を守り抜いたというその物語は、今のリセの胸に強く響いた。


「これなら……」


 ジャンは歩み寄り、真っ直ぐな瞳でおじいちゃんを見つめた。


「……試させてもらっても、いいですか?」


 おじいちゃんは何も言わず、ただ頷いて、剣を差し出した。

 ジャンが柄を握ると、地下倉庫のひんやりとした空気が、揺れたような気がした。彼は数度、空中で剣を振る。風を切る音は鋭く、それでいて乱れがない。


「これ、使わせてもらっても良いですか? 凄くいい剣だと思います。軽くて、長さも僕にちょうどいいです」


 ジャンは剣先をじっと見つめ、その感触を指先まで染み込ませるようにして言った。


「本当は片手で持つ剣かもしれないですが……今の僕には、両手でしっかりと振るのに、これ以上のものはない気がします」


 おじいちゃんは少しの間、その様子を黙って見守っていたが、やがて満足そうに口端を上げた。


「……いいだろう。その剣も、ずっと誰かに握られるのを待っていたのかもしれん。魔導回路は眠ったままだが、お前さんの相棒としては申し分ないはずだ」

 おじいちゃんの許可が出ると、ジャンは「ありがとうございます。このお礼はいつか必ず」と静かに、けれど力強く頭を下げた。

 リセはその様子を横で見ながら、ジャンが剣を握った瞬間に纏った、独特の「空気」に圧倒されていた。

(やっぱり、ただ者じゃないんだわ……)


 リセはランタンの灯りに照らされた剣の回路を、食い入るように見つめた。おじいちゃんでも直せなかった剣。いつか直したいな、とリセは密かに思うのだった。


 ***************************************


 それから一ヶ月の間、ジャンは家の中で静かに過ごしていた。

 身体の回復を待ちながら、リセと一緒になって魔鹿の角をすり鉢で細かく挽いてパウダーを作ったり、おじいちゃんの修復作業を見学しては簡単な手伝いをこなしたりする日々。リセはその横で、倉庫から持ち出してきた「あのお鍋」と格闘していた。温度管理の回路が複雑で、なかなか一筋縄ではいかないのだ。


 ジャンは、何かをしていないと落ち着かないようだった。

 朝は必ず裏庭で素振りを欠かさない。そして暇さえあれば机に地図を広げ、魔獣の生息域を食い入るように眺めては頭に叩き込んでいる。あるいは、古びた魔導書をめくり、呪文の構成を熱心に読み耽っていた。時には、リセも一緒になって、冷凍庫に使えそうと、氷結の魔法陣や時間停止の魔法陣の解析をしたり、魔法陣の発動を試してみることもあった。

 それはすべて、いつかこの家を出て、過酷な外の世界へ戻る日のための備えであることは、リセの目にも明らかだった。


 一方、ブランはといえば、エレナさんのアップルパイにすっかり感化されていた。

「世界には美味しいものがたくさんあるんだ! 全部食べ尽くさなきゃ!」と威勢よく家を飛び出していったので、もう二度と会えないのかと心配していたのだが……数日もすれば、何食わぬ顔でふらりと帰ってきてはご飯を要求してくる。

「やっぱり、ここのご飯が一番落ち着くんだよね〜」

 なんて言いながら、夜にはいつの間にかリセのベッドに潜り込んで丸くなっていることもあった。


 そんな自由奔放なブランだが、実はおじいちゃんと密かに情報のやり取りをしていた。


「リセがジャンを見つけた場所の近くを、旅の魔導士がウロウロしていたよ。……何か、うーん。僕の好きじゃない魔力の匂いしてた」


 ある日、帰ってきたブランがそう教えてくれた。ジャンが使った転移魔法陣の残滓ざんしを追ってきたのだろう。

 その魔導士は三日ほど周囲を執念深く探っていたようだが、それ以上の足取りを掴めなかったのか、やがてどこかへ去っていったという。

 ブランが好きじゃない魔力の匂いと言うあたり、やっぱり良い人じゃない気がする。


「……まだ、安心はできないね」


 おじいちゃんの低い声が、工房の夜に重く響いた。追っ手の影を振り払うように、ジャンは静かに、けれど強く、手元の魔導書を握りしめた。

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