表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀のペンと魔法の回路 ―見習い修復師リリスティアと氷魔法を使う謎の少年、ときどき食いしん坊精霊のモフモフな日々。―  作者: 海優璃


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/33

12.魔鹿パウダー(後編)

「うん。初めてなのに、ほとんど一人で運べてたね!」


 リセがパッと顔を輝かせて俺を褒めてくれた。その屈託のない笑顔を見ると、先ほどまでの気恥ずかしさが少しだけ晴れるような気がした。


「よし、次はこれ。魔鹿の角をナイフで薄く削って、それをさっきのすり鉢で粉にするよ。ちょっと手間がかかるんだけど、安くて手に入れやすくて、効果もバッチリなんだ」


 リセは作業机の上に角を固定すると、ミスリルのナイフを手に取って俺に差し出した。


「削る時も、細くナイフに魔力を流してね。でも、流しすぎるとすぐに疲れちゃうから気をつけて。……まずは、お手本見せるね」


 彼女がナイフを角に当てると、あんなに硬そうだった角の表面が、まるで冷えたバターを掬い取るように滑らかに削れていく。薄く、羽のよう削られたそれは、エターナルストーンの鉢の中へとひらひらと落ちていった。


「削り終わったら、今度は乳棒で粉にするの。……はい、ジャン。やってみて。指先、切らないようにね」


 手渡されたナイフの柄は、不思議と手に馴染んだ。

 深呼吸をして、魔力をそっと流して、慎重に刃を角へと滑らせた。


 魔鹿の角は、面白いぐらいにするすると削れた。

 手に伝わる感覚は、硬い骨を削っているというよりは、ニンジンを薄く剥いていくような感覚だった。

 ミスリルが持つ魔導効率の良さのおかげか、俺の拙い魔力でも、刃先が吸い込まれるように角の層を捉えてくれた。

 リセが削ったものに比べれば、俺の切り出した破片は多少厚みがあり、不格好かもしれない。だが、ふと隣を見ると、リセが驚いたように目を見開いて固まっていた。


「……上手すぎて、教えることないじゃない……」

 ぽつりと呟かれたその声が、静かな作業場に響いた。


 何度か野宿の手伝いでロープを切ったり、火起こしの木を削るくらいでしかナイフは使った事がなかった。それに、魔力操作も8歳から家庭教師に教わっていたが、3年かかってようやくファイアボールが撃てるようになった程度で、決して得意ではなかった。それなのに、初めての作業がこれほど上手くいくなんて、自分でも驚きだった。


「……これで、合っているか?」


 俺が手を止めて尋ねると、リセは我に返ったように大きく頷いた。


「合ってるどころか、完璧! 凄いよジャン、そんなに一定の力で削れるなんて。ミスリルのナイフはね、手の動きも大事だけど、魔力を一定に細く長く流すのが、薄く削るコツなんだよ……。うーん。よし、じゃあ次の工程に進もう。今度はそれを粉にするよ。力仕事も混ざるけど、コツはさっきと同じだよ」


 リセはそう言って、机の端に置いてあった地竜の指骨の乳棒を手に取った。ずっしりとした重みがあるはずなのに、彼女が持つとやはり羽のように軽く見える。


「今度はね、自分の魔力を乳棒の先まで染み渡らせるの。そうすると、地竜の骨が魔鹿の角の硬さに勝って、面白いように砕けてくれるから。鉢はちょっとやそっとじゃ傷つかないみたいだけど。やりすぎには気をつけてね」


 リセが手本を見せるように、鉢の中の角を乳棒で一度突いた後、力強くゴリゴリと回し始めた。

「パキッ」と乾いた音がして、先ほどまで形を保っていた角が瞬く間に細かくなっていく。


「 ジャンも、やってみて」


 俺は受け取った乳棒の重みに耐えながら、先ほどの感覚を思い出す。鉢に魔力を巡らせた時よりも、もっと内側に魔力を押し込むように、乳棒の芯まで染み渡らせるイメージだ。


「……いくぞ」


 俺は乳棒を握り直し、鉢の中の角へとぐっと力を込めた。

 まずは真上から押しつぶし、次にリセの動きを真似て、鉢の底に擦り付ける。これを何度か交互に繰り返していると、手に伝わる感触がジャリジャリとしたものから、次第に抵抗のない柔らかなものへと変わっていった。

 気がつけば、魔鹿の角は砂粒よりもさらに小さい、雪のような白い粉になっていた。


「わあ、すごい……! ジャン、初めてなのに粉の大きさがすごく揃ってる!」


 覗き込んできたリセが、弾んだ声で俺を褒めた。


「魔力回路の定着剤にするには、この『粒の細かさが均一であること』が一番大事なの。ムラがあると、魔力が流れた時にそこから回路が焼き切れちゃうから……。ジャン、本当に筋が良いのね!」


 剣を振るうのとはまた違う、指先から伝わる繊細な手応えと達成感に、俺の胸に静かな高揚感が広がっていった。


「……これ、修復に使えるか?」


 俺が尋ねると、リセは自分のことのように嬉しそうに何度も頷いた。


「もちろん! しっかり、魔鹿パウダーだよ!!さすがジャン、修復師の素質あるね!」


 その言葉に、俺は少しだけ照れくさくなり、まだ温かい乳棒をそっと机に置いた。

 その時、表の方から誰かの話し声と、軽やかな足音が近づいてくるのが聞こえた。


 扉から入ってきたのは、師匠と俺の服を直しに来たというエレナさんという女性だった。

 師匠は、俺の荷物が途中で取り違えに遭って着替えがないという風にエレナさんに説明してくれたらしい。昔の弟子が置いていった服を俺のサイズに合わせて縫い直してくれるようだった。

 リセが昨日直したメンテナンススクロールのお礼とお直し代を相殺にするという取り決めがいつの間にかされていた。なんとお礼を言っていいか分からないぐらいだ⋯⋯。


 ――そして、翌日の昼前。

 工房のベルが、軽快に鳴り響いた。

 「お待たせ! 特急で仕上げてきたよ!」

 嵐のような勢いで飛び込んできたエレナさんが届けてくれたのは、俺の体にぴったり手直しされた作業着や上着の一式と、約束通りのサクサクに焼き上げられたアップルパイだった。


 エレナさんは「じゃあ、私はお店があるから!」と、荷物を置くとすぐに慌ただしく帰っていった。

 その姿が見えなくなった途端、甘い林檎の香りを敏感に察知し、それまで気配を消していたブランが食い意地を全開にして大騒ぎを始めたのは、言うまでもない。

続きが気になる、あるいは気に入っていただけましたら、ブックマークや評価で応援いただけますと大変励みになります!

これからも、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ