12.服のサイズ直し
リセ視点です。
おじいちゃんは申し訳なさそうに頭を掻きながら、道で追いついたエレナさんと並んで作業場に入ってきた。その手には、大きな袋が下げられている。
「いやあ、エレナさん。忙しい時に呼び出してしまって悪いね」
「いえいえ、気にしないで。昨日はリセちゃんに本当に助けてもらったんだから。おじいさん、聞いたわよ。あれ、リセちゃんが一人で直しちゃったんでしょう?」
エレナさんは感心したようにリセを見て、それから少し声を落とした。
「専門店に持って行ったら、最低でも小金貨二枚はかかるって言われた代物だよ。それをミートパイだけで済ませるわけにはいかないわ」
「ああ、それなんですけどね。今日のエレナさんへのお直し代と、相殺でお願いしたいと思ってましてね」
おじいちゃんはそう言いながら、持っていた袋を机に置いた。中には、ジャンが今日から使うための下着や、歯ブラシや櫛など最低限の日用品が入っているようだ。
「うちは助かるけどさ……それじゃあ、釣り合わないよ」
エレナさんが申し訳なさそうに首を振ると、おじいちゃんはリセの頭に優しく手を置いた。
「リセの言う通り、丁度いい練習に使わせてもらったからね。それにね、実は新しく弟子を取ったんだが、ここへ来る途中で何もかにも盗まれてしまったようでね。作業着を含めた服三着分のサイズ直しに、お急ぎ料金。これらを込みということで、どうかね?」
おじいちゃんはそう言って、ジャンの事情を汲んでやってほしいと目配せをした。
「あらあら、可哀想に……。災難だったわね」
エレナさんはそう言うと、改めておじいちゃんに向き直った。
「わかったわ。正直、うちも今月はキツイから、そう言ってもらえると助かるわよ。その代わり、今度、林檎パイも付けてあげる。……よし! それじゃあ、張り切ってやらせてもらおうかね」
エレナさんは腕まくりをするように気合を入れると、同情を込めた眼差しでジャンの姿をじっと見つめた。そして、パッと目を見開いた。
「あら、凄く綺麗な子ね!」
エレナさんの率直すぎる称賛に、ジャンは居心地悪そうに、ふいと下を向いた。
確かにジャンは綺麗な顔立ちをしている。リセも初めて会った瞬間には女の子なんじゃないかと一瞬思った。
「リセ、エレナさんを案内しておくれ。ジャンも一緒に行って、サイズを合わせてもらっておくれ」
おじいちゃんに言われて、私は「はーい!」と元気に返事をした。
隣を見ると、ジャンが少し緊張した面持ちで立っている。
「こっち。エレナさん!」
二人を連れて、二階のジャンが昨晩泊まった部屋へと向かう。
私はクローゼットの奥から、あらかじめ目星をつけていた服を引っ張り出した。
「えっと……これと、これかな」
ベッドの上に広げたのは、厚手の生地でできた丈夫な作業着が二着。それに、ちょっと街を歩く時に良さそうな、シンプルな仕立てのズボンとシャツだ。
どれも、以前ここでおじいちゃんの弟子をしていたゲラルトさんが「もう小さいから……」と置いていったものだ。
私が二年前、この工房に来た時にはもう彼は居なかったけれど、おじいちゃんから話はよく聞いていた。実家の魔道具工房を継ぐために、三年の約束で修行に来ていたゲラルトさんは、十六歳の誕生日を迎えると故郷へ帰っていったそうだ。
「ゲラルトさん、三年間でびっくりするぐらい身長が伸びたんだって。『可愛い子供を預かったと思ったら、あっという間に背を抜かれちまった』って、おじいちゃんが笑いながら話してくれたよ」
ゲラルトさんがここに来たのは十三歳の時で、今のジャンより一つ年上だった。その後、ぐんぐん背が伸びて着られなくなった服を、「また、誰か弟子を取るんじゃないの?」と置いていったらしい。だから、今のジャンにはやっぱり少し大きい。
「エレナさん、これ、ジャンのサイズに直せそう?」
エレナさんを振り返る。
「ふふ、この年頃の子の成長は早いからね。ジャン君も、これから伸びそうだね。あんまりぴったりに丈を合わせると、来年の今頃にはこの服が着れなくなってしまいそうだね?」
エレナさんはそう言って、持ってきていた大きなカバンを開き、手際よく準備を始めた。
「なるべく生地は切らないで、内側にたっぷり折り込んでおこうね。そうすれば、背が伸びるたびにまた調整できるからね」
エレナさんは、ジャンとベッドの上の服を交互にじっと見比べていたけれど、やがてポンと手を叩いた。
「よし、決めたわ。まずはその作業着から試着してもらおうかね。……リセ、あんたは部屋から出てね。またあとで呼ぶからね」
「えっ、私もエレナさんの直すのとこ見てたいのに!」
私が口を尖らせると、エレナさんは「あらあらダメよ。お年頃の男の子なんだから」と笑って、私を部屋から追い出した。
パタン、と目の前で扉が閉まる。
部屋の外に一人残された私は、扉の向こうから聞こえるエレナさんの「さあ、脱いで脱いで!」という威勢のいい声と、ジャンの「えっ、あ、はい……」という困惑したような返事に、思わずくすりと笑ってしまった。
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それから一時間もしないうちだった。
「よし、終わったよ〜!」
という声と共に扉が開き、エレナさんが出てきた。
彼女は驚くべき速さでジャンのサイズ調整を終え、さらにはクローゼットの奥から「これも直せば着られるわよ!」と、ゲラルトさんが置いていった古いコートまで見つけ出していた。手際よくピンを打ち、服の仮縫いまで済ませてしまったらしい。
「明日の夕方までには仕上げて届けるからね。……じゃあ、私は洗濯物の山が待ってるから失礼するわよ!」
嵐のような勢いで、エレナさんは帰っていった。
実際には、翌日のお昼には早くも、サクサクに焼き上げられたアップルパイと共に、ジャンが着やすいように手直しされた服一式が届けられたのだった。
その甘い林檎の香りを巡って、ブランが食い意地を全開にして大騒ぎをしたのは、また別の話である。
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