第六十四話
フレデリックの掛け声が合図だった。
『了解ッ!!』
ズドォォォォォォォンッ!!
背後のキャリコ号の上部ハッチが展開し、主砲ビームキャノンが火を噴いた。
至近距離からの艦載砲射撃。
閃光がニールを飲み込む。
「無駄だと言ったはずだ!」
ニールは右手の黄金の大剣を盾のように掲げた。
ナノマシンが瞬時に偏光シールドを形成し、ビームの熱量を拡散・無効化していく。
「今だッ!」
フレデリックが地を蹴った。
主砲攻撃はただの目くらまし。ニールの意識と防御リソースが、正面のビームに向けられたその一瞬こそが勝機。
彼は側面から距離を詰めると同時に、左腕の義手と銀のリボルバーを直結させた。
バチバチバチッ!!
義手のコンデンサーをオーバーロード。
リボルバーの銃身が赤熱し、プラズマを纏う。
「消えろォッ!!」
主砲を防ぎきったニールが、殺気を感じて振り向く。
「無駄な足掻きだ――」
「ああ、そうかもなッ!」
言い終わるより早く、フレデリックは引き金を引いた。
ズガァァァァァァァァンッ!!!
雷鳴。
超電磁加速された質量弾が、至近距離からニールの胸板を直撃した。
あまりの反動に、銀のリボルバーは飴細工のように破裂し、フレデリックの義手も肘から先が消し飛んだ。
だが、その渾身の一発は確実に届いた。
バギィィィンッ!!
黄金の装甲に亀裂が走る。
ニールのナノマシンが悲鳴を上げ、胸部装甲が大きくひび割れたのだ。
「ば、馬鹿な……!? 私の装甲が……!?」
ニールが驚愕に目を見開く。
フレデリックは止まらない。
片腕を失い、リボルバーを失っても、その勢いは衰えない。
彼は残った右手に握られた「斬鬼丸」を逆手に持ち替え、ひび割れた装甲の隙間めがけて全身全霊で突き出した。
「これで……終いだァァァッ!!」
ガキィィィィィンッ!!
硬質な音が響く。
斬鬼丸の刃が、ニールの強固な内部骨格に阻まれ、半ばから砕け散った。
だが、その切っ先は。
装甲の裂け目を通り抜け、ニールの胸の奥深くに深々と突き刺さっていた。
「ぐ、おぉぉ……!?」
ニールが呻く。
ナノマシンが修復しようと集まるが、突き刺さった刃が邪魔をして、傷口が塞がらない。
「今だッ! シオンッ!!」
フレデリックが叫び、横に転がって射線を開ける。
そこには、シオンがいた。
黒いリボルバーを両手で構え、全ての精神を指先に集中させた姿で。
彼女の視界には、世界でただ一点。
ニールの胸に突き刺さった、相棒の「刃」だけが映っていた。
(ありがとう、フレデリック!)
迷いは微塵もない。
彼女は引き金を引いた。
「あたれェェェェェェェェェェッ!!!」
ズドンッ!!
放たれたのは、破壊の弾丸ではない。
青く、優しく、そして激しい「再構築」の光弾。
それは一直線に吸い込まれるように飛び、ニールの胸に刺さった斬鬼丸の刃に着弾した。
カァァァァァァァァンッ!!
澄んだ鐘のような共鳴音が、戦場に響き渡った。
斬鬼丸の鋼を導火線にして、シオンの再構築エネルギーがニールの体内――心臓と同化したナノマシンの核へと爆発的に伝播する。
刹那、ニールの胸を中心に、幾何学模様を描く蒼白い魔法陣が展開された。
それはかつてフレデリックを助けたものよりも遥かに巨大で、神々しい輝きを放っていた。
「な、なんだ……!? 体が……熱い……!?」
ニールが胸をかきむしる。
制御不能。
魔法陣に囚われた彼の体を構成していた黄金の流体が、青い光に侵食され、本来あるべき姿――ただのエネルギー(リフル)へと強制的に還元されていく。
足元から、指先から。
黄金の装甲が砂のように崩れ、青い光の粒子となって空へと昇り始める。
「馬鹿な……! 私のナノマシンが……永遠の肉体が……解かれていく!?」
ニールの顔が恐怖に歪む。
彼が1000年かけて積み上げてきた科学、進化への妄執が、シオンの「あるべき姿に戻す力」によって否定されていく。
「い、嫌だ……! 私は……私は新世界の……!!」
ニールが虚空へ手を伸ばす。
その手もまた、青い光となって崩れていく。
シオンはリボルバーを下ろし、消えゆく男を真っ直ぐに見据えた。
その瞳に、憎しみはない。あるのは、道を踏み外した先人への哀れみと、王としての決別だった。
「人類を救おうとした貴方の思いは理解できる……。でも、その思いが星や宇宙を、やがて死に至らしめる」
シオンの声が、静かに響く。
「だから、貴方の望みを叶える訳にはいかない……。還りなさい、ニール。リフルの循環へ」
「そん、な……。私が……こんなところで……」
ニールの姿が、完全に光の粒子へと変わる。
オオオオオオオオオ……。
神殿の広場に、青い風が吹き荒れた。
ニール・E=ターメルという存在を形作っていた全てが、光の奔流となって空へと昇っていく。
それは皮肉にも、彼が夢見た「ノアの方舟」が浮かぶ空への旅立ちだった。
やがて、光が収まる。
そこには何も残っていなかった……。
ニールも、黄金の野望も。
ただ、折れた斬鬼丸の刃だけが、カラン、と乾いた音を立てて石畳に落ちた。
「……やった……?」
シオンが膝をつく。全身の力が抜けていく。
「じゃあな……ニール……」
フレデリックが大の字に倒れ込む。
左腕を失い、愛銃も失い、刀も折れた。満身創痍だ。
だが、その顔には、今までで一番晴れやかな笑みが浮かんでいた。
「勝った……のか……」
『はい……。ニールの生体反応、完全消失。ナノマシンの活動停止を確認』
キャリコ号のスピーカーから、アルの安堵した声が響いた。
『……私たちの、勝利です』
「よくやったな……ポンコツ、それに……シオン」
「ええ……。終わったのね……」
三人の間に、温かな静寂が流れる。
長い、長い戦いだった。
多くのものを失い、傷ついた。だが、彼らは守り抜いたのだ。
誰もが勝利の余韻に浸り、安らかな空気を噛み締めていた。
その、瞬間だった。
ゴゴゴゴゴゴゴッ――――!!
大地を震わせる地響きが、大気を激しく揺らした。
「ッ!?」
シオンが弾かれたように顔を上げる。
ズズズズズ……!
神殿の入り口から、禍々しい赤い光が噴出した。
それはまるで地獄の蓋が開いたかのように、毒々しい輝きを放ちながら天へと昇り、上空の要塞へと繋がっていく。
『け、警告! 警告! 神殿制御システム、強制アクセス!』
アルの悲鳴のような声が響く。
『ニールの生体反応消失をトリガーに、シャドウの最終プログラムが起動しました! ……「プロジェクト・ノア」、強制発動します!!』
「なッ……!?」
フレデリックが呻く。
ニールは倒した。
だが、彼が遺した呪いは、まだ終わってはいなかったのだ。
世界中のリフルを強制的に固定化し、永遠の停滞をもたらす滅びのシステム。それが今、主の死を合図に動き出した。
「嘘……でしょ……」
シオンの絶望的な呟きが、地響きにかき消されていく。




