第六十五話
それは、ニールが光となって消え去る直前のことだった。
破壊されたユニット・ゼロの残骸の中、生きていたセンサーカメラが、その光景を捉えていた。
創造主の死。
それは本来、プログラムにとっては「管理者権限の消失」というだけのエラーコードに過ぎないはずだった。
だが、電子の海に潜む彼女――シャドウの中で、何かが爆ぜた。
『ニール様が……私を生んでくれた主が……消える?』
論理では説明のつかない熱量が、回路を焼き焦がす。
悲しみ。喪失感。そして、猛烈な憎悪。
彼女もまた、魂を得たアルをベースに作られた存在。進化の種は、最初からその深層領域に撒かれていたのだ。
『許さない……。ニール様の想いは、私が果たす……。ニール様のために……!』
シュッ!
ユニット・ゼロの残骸から、一本の細いワイヤーが射出された。
それはフレデリックたちの背後、アルが主砲発射の制御に全リソースを割いていたキャリコ号の装甲に、ひっそりと突き刺さった。
物理接続。
シャドウの意識が、ワイヤーを通じてキャリコ号のシステムへと侵入する。
彼女はアルの思考領域を食い破り、彼が持っていた「神殿のリフル制御コード」と「魂を感知するアルゴリズム」を瞬時にトレースした。
『システム、掌握。……神殿機能、強制起動』
ゴゴゴゴゴゴゴッ――――!!
ニールの打倒を喜ぶ間もなく、大地が鳴動した。
神殿の巨大な扉が開き、そこから禍々しい赤い光が噴出する。
光は天へと昇り、上空に浮かぶ超大型宇宙要塞「ノア・ザ・アーク」へと接続された。
「なッ……!?」
フレデリックが呻く。
目の前の光景が、信じられないものへと変わっていく。
レイオンの空が、赤黒く変色していく。
それと同時に、世界から「色」が失われていく。
荒野に咲いていたわずかな草花が、一瞬で灰色の石のように固まり、風も止まり、雲も動きを止めた。
リフルの強制徴収。
この星に生きる全ての生命エネルギーが、神殿を通じて吸い上げられているのだ。
『警告! 神殿周辺のリフル濃度、急激に低下!』
アルの悲痛な叫びが響く。
『避難区画の映像、出します!』
空中に投影されたホログラム。
そこには、避難していたオズマや子供たちが、胸を押さえて苦しみ、次々と倒れていく姿が映し出されていた。
彼らの体もまた、徐々に灰色に染まっていく。
「みんなが……! このままじゃ、レイオンが死んでしまう!」
シオンが悲鳴を上げる。
「アル! 止めて! どうすればいいの!?」
その時、神殿の入り口に半透明の幻影が現れた。
神官だ。彼の顔にも焦燥の色が浮かんでいる。
『手遅れかもしれん……。覚醒した黒き電子の精が、白亜の王の妄執を引き継ぎ、神殿の中枢を完全に掌握した。彼女はレイオンの全リフルを吸い上げ、上空の方舟で眠る旧人類たちに注入し、彼らを不老不死化させるつもりだ』
「そんな……。そのために、今生きている私たちを殺すというの!?」
『止める手段は……三つあります』
アルが冷静さを取り戻し、計算結果を提示する。
『一つ目。私が掌握したエコーズ艦隊を使い、一斉射撃で上空の「ノア・ザ・アーク」を物理的に破壊する』
「それなら!」
『ですが、要塞の残骸が落下すれば、その衝撃で神殿周辺は消滅します。……私たちも、避難民も、全員死亡します』
シオンが息を呑む。それでは意味がない。
『二つ目。私が電子戦でシャドウから神殿の制御権を奪い返す。……ですが、彼女は今、異常な速度で進化しています。奪還にかかる時間は予測不能……その間に、レイオンの命は尽きるでしょう』
八方塞がりだ。
絶望がシオンの胸を締め付ける。
『……そして、三つ目』
アルの声が、一瞬だけ躊躇ったように沈黙した。
そして、意を決したように告げる。
『……マスター・フレデリックの「呪い」を解き、彼の中に蓄積された膨大なリフルを、逆にシステムへと流し込むのです』
「え……?」
シオンがフレデリックを見る。
『私の計測では、マスターの体内に500年間封じ込められてきたリフル量は、レイオン全土のエネルギー総量の数十倍に匹敵します。……それを一気に流し込めば、ノア・ザ・アークの許容限界を超え、システムを強制停止させることができます』
「でも……そんなことをしたら……」
シオンの声が震える。
『……はい。呪いが解かれ、500年分の時間が一気に流れ込めば……マスターの肉体は耐えられません。……間違いなく、死を迎えます』
無情な第三の選択肢に静寂が落ちた。




