第六十三話
冷たい金属の感触が、こめかみに触れようとした、その時。
ザンッ!!
鋭利な風切り音と共に、金色の閃光が走った。
「……?」
ニールが怪訝な顔をする。
次の瞬間、シオンを掴んでいた彼の右腕が、肘から先で鮮やかに切断され、ぼとっと落ちた。
「……はぁ、はぁ……。汚ぇ手で……シオンに触るんじゃねぇよ」
ドサリと落ちたシオンを受け止めたのは、満身創痍のフレデリックだった。
彼は焦点の定まらない瞳で、しかし確かな殺意を持ってニールを睨みつけていた。
その手には、激戦でボロボロになった「斬鬼丸」が握られている。
「フレ……デリッ……ク……」
シオンは彼の腕の中で、安堵と共に意識を手放した。
「やあ、おはようフレデリック」
ニールは切断された右腕を見ても、眉一つ動かさなかった。
傷口から黄金のナノマシンが湧き出し、瞬く間に新しい腕を形成していく。
「その体で動けるとはね。……だが、見ていて痛々しいよ」
今のフレデリックは、立っているのが奇跡のような状態だった。
再生は終わっているが、精神の摩耗が限界を超えている。
全身から冷や汗が噴き出し、呼吸は浅く、手足は微かに痙攣している。
「やはり、君の不死は不完全だ。死ぬたびに精神が削れるなんて、実に欠陥品らしい」
ニールは再生した右腕を、巨大な黄金の剣へと変形させた。
左腕は、高出力のビームガンへと姿を変える。
「今までありがとう。君のおかげで、私は完全な存在になれる。……せめてもの礼に、私が引導を渡してあげよう」
「……御託はいいから、さっさと死ね」
フレデリックが吠え、斬鬼丸を構えて突っ込む。
キィィィィンッ!!
黄金の剣と、鋼の刀が激突する。
パワーはニールが圧倒的に上だ。だが、剣技においてはずぶの素人。
フレデリックはニールの豪腕を受け流し、死角へと滑り込む。
「オラァッ!」
斬鬼丸の一閃がニールの脇腹を捉える。
だが、硬い。
黄金の装甲は、斬鬼丸の刃をもってしても数ミリしか食い込まない。
「無駄だと言ったはずだ」
ニールは左腕のビームガンを至近距離で発射する。
「チッ!」
フレデリックはのけ反って回避するが、回避しきれずに頬を焼かれる。
即座に体勢を立て直し、銀のリボルバーを連射するが、弾丸は全て装甲に弾かれる。
攻防は数十合にも及んだ。
戦闘経験のないニールを、フレデリックの技術が翻弄する。
だが、決定打がない。
どれだけ斬っても、撃っても、ニールのナノマシンは瞬時に修復してしまう。
対してフレデリックは、限界の体に鞭打って無理やり動かしている状態だ。一撃ごとに動きが鈍っていく。
「しぶといな。……だが、終わりだ」
ニールが全身から全方位に衝撃波を放った。
「ぐわぁッ!?」
回避不能の範囲攻撃。
フレデリックは為す術なく吹き飛ばされ、シオンが眠るキャリコ号のハッチ付近へと叩きつけられた。
「ガハッ……!」
口から血の塊を吐き出す。
刀を握る握力すら残っていない。
ニールが悠々と歩み寄ってくる。
黄金の光を背負ったその姿は、まさしく絶望の象徴だった。
万事休す。
だが。
うつ伏せに倒れたフレデリックの顔に、諦めの色はなかった。
彼は血に塗れた唇を歪め、獰猛に笑った。
(……上等だ……いいことを思いついたぜ……)
彼は隣で倒れているシオンを見た。
彼女のまつ毛が震え、ゆっくりと瞳が開かれる。
「……ん、うぅ……」
シオンが重い瞼を開けると、そこは戦場だった。
鼻を突く焦げ臭い匂い。耳鳴り。
そして、隣にはボロボロになったフレデリックが座り込んでいた。
「よお、シオン。……よく眠れたか?」
フレデリックは血反吐で汚れた口元を拭い、ニカっと笑った。
「フレデリック!? ニールは……」
シオンが慌てて顔を上げる。
数メートル先。黄金の光を背負ったニールが、悠然と佇んでいた。
無傷だ。フレデリックの決死の猛攻すら、彼のナノマシン装甲には届かなかったのだ。
「健在だ。……鉄壁のナノマシンが厄介でな。俺の剣も銃も、まるで歯が立たねぇ」
フレデリックは悔しげに呟き、背中のキャリコ号の装甲板にバンと手をついた。
「おい、相棒。……聞こえてるか?」
ザザッ……。
外部スピーカーから、アルの切迫した声が響く。
『マスター……。現在、シャドウとの電子戦リソースが限界です。……これ以上の負荷は……』
「忙しいとこ悪いが、少しだけ手伝え。……一瞬でいい」
フレデリックの声は真剣だった。
アルは少しの沈黙の後、溜息交じりに答えた。
『……仕方ありませんね。少しだけですよ? ……本当に、手のかかるマスターです』
「ははっ、恩に着るぜ」
フレデリックはニヤリと笑い、視線を横に向けた。
そこで不安げに見上げている少女へ。
「シオン。……再構築の弾丸は、まだ撃てるか?」
「撃てるけど……」
シオンは黒いリボルバーを握りしめた。
「当たる前に防がれてしまうわ。彼のナノマシンは、私の力すら解析して適応している。……ただ撃つだけじゃ、届かない」
「一度だけだ」
フレデリックが、シオンの瞳を真っ直ぐに見据えた。
その瞳には、揺るぎない覚悟と、彼女への絶対的な信頼が宿っていた。
「俺が一度だけ隙を作る。……ニールの鉄壁をこじ開けて、あいつの心臓への道を拓く。だから、そこに叩き込め。……やれるか?」
失敗は許されない。
外せば、次はもうない。
だが、シオンは震えなかった。
彼女はもう、守られるだけの姫ではない。レイオンの王として、そして彼の相棒として、その覚悟を受け止める。
「……もちろん。絶対に当てるわ」
「上等だ」
フレデリックは、残った力を振り絞って立ち上がった。
そして、小声でキャリコ号に囁く。
「……俺が合図したら、キャリコの主砲をニールにぶち込め」
『了解、マスター。……タイミングは任せます』
ふらつく足取りで、フレデリックはニールの前へと進み出た。
シオンもまた、彼の少し後ろで銃を構える。
「やあ。お目覚めかな、眠り姫」
ニールは優雅に両手を広げ、二人を迎え入れた。
その余裕は、圧倒的な力の差から来る傲慢さだった。
「最後の会話は楽しめたかな? それが君たちの遺言とならないことを祈るよ」
「ああ、楽しかったぜ。……おかげで目が覚めた」
フレデリックは不敵に笑い、右手の斬鬼丸をだらりと下げた。
「それじゃ、おっぱじめるぜ! ……行くぞ、アルッ!!」




