第六十二話
白亜の小型艇から降り立ったニール・E=ターメルは、優雅に腕を広げた。
目の前には、破壊されたユニット・ゼロの残骸と、力尽きた「鉄騎」たちの屍。
そして、満身創痍で倒れ伏すフレデリックと、彼を支えるシオン。
「素晴らしい。……実に素晴らしい光景だ」
ニールは心底感心したように、うっとりと目を細めた。
「私の最高傑作も、精鋭部隊も、全てが君たちの踏み台となった。……この予測不可能な成長こそが、私が求めた『進化の揺らぎ』だよ」
彼はゆっくりとシオンに歩み寄ると、意識を失ったフレデリックを一瞥し、目頭を押さえるしぐさをする。
「……彼には感謝している。500年もの間、貴重なデータを送り続けてくれたのだからね」
「ニール……ッ!」
シオンが立ち上がり、黒いリボルバーを構える。
彼女の全身は怒りで震えていた。
この男は、フレデリックの苦しみを、死のループを、ただの実験データとしか見ていない。
「もうたくさんよ。貴方の歪んだ実験は、ここで終わりにする!」
「終わり? いいや、シオン王女。ここからが始まりだ」
ニールは穏やかに微笑み、右手を差し出した。
「さあ、おいで。君とこの神殿があれば、人類は永遠の安寧を手に入れる。……新たな秩序を君の力で生み出すんだ」
「お断りよッ!!」
シオンは迷わず引き金を引いた。
ズドンッ!
放たれたのは、殺傷力のある実弾ではない。力を極限まで圧縮した「蒼の弾丸」。
ニールの肉体を、あるべき姿へと戻すための一撃。
弾丸は正確にニールの眉間を捉えた――はずだった。
ジュッ……。
ニールの顔面に触れる直前、蒼の弾丸は霧散した。
まるで熱した鉄板に落ちた水滴のように、一瞬で蒸発して消え失せたのだ。
「な……ッ!?」
シオンが驚愕に目を見開く。
「……残念だ」
ニールが大げさに溜息をついた。
「君たちなら理解してくれると信じていたのだが……拒まれるのであれば仕方あるまい」
パキ、パキパキ……。
ニールの皮膚の下で、無機質な音が鳴り響く。
彼のスーツが裂け、内側から溢れ出したのは、黄金色に輝く流体金属――超高密度ナノマシンだった。
「見せてあげよう。……これが、人が到達した究極の姿だ」
黄金の波がニールを包み込む。
人の形を留めながらも、その肌は金色の装甲へと変わり、背中には光の輪のような放熱フィンが展開される。
それは科学が生み出した、人造の神の姿だった。
「怖がることはない。……痛みは感じない。ただ、私の意志の一部となりたまえ」
ドォォォォォン!!
ニールが地面を踏みしめただけで、神殿前の広場が激震した。
圧倒的なエネルギーの奔流。
シオンは本能的な恐怖に足がすくみそうになるのを、必死にこらえた。
「負けない……! 私はレイオンの王女よ!」
シオンは恐怖を振り払うように叫び、リボルバーを連射する。
同時に左手から蒼い炎を放つ。
だが、通じない。
蒼の弾丸も、蒼い炎も、ニールの黄金の装甲に触れた瞬間に無効化される。
「無駄だ。私のナノマシンは、あらゆるエネルギーを解析し、適応する」
ニールは悠々と、散歩でもするように近づいてくる。
シオンが放つ蒼の炎すら、彼には心地よいそよ風程度の意味しか持たないようだった。
「来るなッ!」
シオンは後退るが、背後はキャリコ号の船体だ。逃げ場はない。
「躾が必要かな」
ニールが右腕を軽く振るった。
それだけの動作で、右腕の装甲が巨大な黄金の槌へと変形し、暴風のごとき圧力がシオンを襲う。
「くッ……!」
シオンは咄嗟に両手を交差させ、全霊の力で蒼の防御障壁を展開する。
ガガガガガガッ!!
衝撃波同士の衝突。だが、出力の桁が違う。
シオンの障壁はガラスのように砕け散った。
「きゃああああああああッ!!」
華奢な体が、木の葉のように吹き飛ばされる。
背後のキャリコ号の装甲板に激しく叩きつけられ、彼女は地面に崩れ落ちた。
「あ、う……」
脳が揺れ、視界が明滅する。
激しい脳震盪。指一本動かせない。
薄れゆく意識の中で、黄金の巨人が近づいてくるのが見えた。
「可哀想に。……だが、これでもう迷うことはない」
ニールは抵抗できないシオンの頭を、片手で鷲掴みにして持ち上げた。
彼の左手から、黄金のナノマシンが触手のように伸び、鳥籠のような形状を作り出す。
神経遮断檻。
かつてフレデリックを縛った拘束具。
「これを付ければ、君は苦しみから解放される。……さあ、永遠の一部におなりなさい」
黒い檻が、シオンの頭部へと近づく。
(嫌……離して……助けて…フレデリック……!)
シオンは心の中で叫ぶが、声にならなかった……。




