第六十一話
呼吸をするたびに、肺に突き刺さった肋骨が神経を逆撫でする。
フレデリックは血の海に沈みながら、霞む視界でその光景を見ていた。
「やめなさいッ! 離して! キャリコには……アルには触らせないッ!」
シオンの悲痛な叫び。
彼女は無数の死兵たちに四肢を押さえつけられ、地面に縫い止められていた。
彼女を安全圏で拘束したことを確認すると、ユニット・ゼロの赤いモノアイが、冷酷にキャリコ号を捉えた。
『チェックメイトです。……まずはその目障りな船ごとSSO-008を消させて頂きます』
ゼロが胸部の装甲をスライドさせる。
まばゆい光が集束を始める。大口径荷電粒子砲。
直撃すれば、キャリコ号は跡形もなく消滅し、中にいるアルも死ぬ。
(……ああ、クソッ)
フレデリックの手が、虚しく地面を掻く。
動かない。体中がバラバラで、指一本動かすのに永遠のような時間がかかる。
『さようなら、兄さん』
エネルギー充填率、120%。
発射まで、あと数秒。
フレデリックは、震える手でホルスターの銀のリボルバーを抜いた。
だが、その銃口は敵には向けられなかった。
彼はゆっくりと、その冷たい銃口を、自分のこめかみに押し当てた。
(……あとで怒られるな……)
「フレデリック……!?」
シオンが目を見開く。
「……いくぞ」
ズドンッ!!
乾いた銃声が戦場に響いた。
フレデリックの頭部が弾け、その体がどうっと地面に崩れ落ちる。
完全なる自決。
『な……!? 自害……? まさか……』
シャドウが狼狽える。その時だった。
ドクンッ!!
崩れ落ちた死体から、爆発的なエネルギーが噴き上がった。
頭部が、砕けた骨が、千切れた筋肉が、蒼いノイズとともに急速に再生していく。
死をトリガーとした強制リセット。
「……う、おおおおおおおおッ!!」
硝煙の中から、剣士が蘇る。
フレデリックは絶叫と共に地面を蹴った。
人間離れした加速。ゼロが反応するよりも早く、彼はその懐に飛び込んでいた。
『バカな……!? 自ら死んで、回復したというのですか!?』
ゼロが慌てて腕を振り下ろす。
だが、フレデリックは避けない。
グシャッ、と腕が潰されるのと同時に、彼はリボルバーをゼロの関節にねじ込み、引き金を引いた。
ズガガガガッ!
ゼロの左腕が吹き飛ぶ。
同時にフレデリックも吹き飛ばされ、壁に激突して即死する。
だが、次の瞬間には、彼は再び瓦礫の中から飛び出していた。
「潰れろ! 潰れろっ!! ツブレロオォォォ!!!」
フレデリックは狂ったように突撃を繰り返した。ダメージも顧みず斬撃と銃撃をゼロに浴びせる。
そのたびに自身も撃たれ、潰され、焼かれる。
戦闘不能に持ち込まれるたびに自ら頭を撃ち抜き、あるいは敵の攻撃を利用して死に、即座に蘇って攻撃を叩き込む。
それは戦いではない。無限の特攻だ。
『異常です……! 非論理的です! なぜ……なぜ死を恐れない!?』
シャドウの声にノイズが混じる。
彼女の演算回路に、未知のエラーが走る。
恐怖。
かつて、アルがこの男に抱いたものと同じ、理解不能な存在への根源的な恐怖。
(……フレデリック)
シオンは涙を流しながら、その壮絶な姿を見ていた。
彼は自分の命を、ただの弾丸として消費している。
死ぬたびに、彼の心が削り取られていくのが分かる。
(泣いている場合じゃない……! 彼が命がけで作った隙を、私が……!)
シオンの瞳に、蒼い炎が燃え上がった。
彼女は自分を押さえつけている死兵たちを見た。
彼らは死んでいる。強制的に動かされているだけだ。
ならば――。
「眠らせてあげる……!」
シオンの手から、青白い光が放たれた。
破壊ではない。再構築の光。
それは死兵たちの装甲を透過し、埋め込まれた制御コアだけを包み込んだ。
バキンッ、バキンッ!
体内で何かが砕ける音がして、死兵たちが糸切れた人形のように崩れ落ちた。
肉体を傷つけず、強制操作している機械部分だけを「分離・再構築」して無力化したのだ。
フレデリックへの恐怖にリソースを割いていたシャドウは、足元の異変に気づくのが遅れた。
『なッ……!? サイボーグ兵が……沈黙!?』
自由になったシオンが、黒いリボルバーを構えて走り出す。
「フレデリック! 今よッ!」
シオンが叫び、蒼い弾丸を放つ。
それはゼロの厚い胸部装甲に着弾すると、装甲を瞬時に弾け飛ばした。
剥き出しになる動力炉。
「おおおおおおおッ!!」
フレデリックが血まみれの体で跳んだ。
最後の特攻。
彼は銀のリボルバーを、剥き出しのコアに突き刺した。
「チェックメイトだ、ガラクタ女ァ!!」
ズガガガガガガガガガッ!!
全弾発射。
神殺しの弾丸がコアを粉砕し、ゼロの巨体を内側から食い破った。
『あり得ない……私は……ニール様に生み出された……究極の……機械知性……』
断末魔と共に、ユニット・ゼロが爆発四散する。
巨大な鋼鉄の塊が、轟音を立てて崩れ落ちた。
静寂が戻る。
「はぁ……はぁ……ッ」
黒煙の中、フレデリックがふらりと立ち尽くしていた。
再生は終わっている。傷はない。
だが、彼の瞳は虚ろで、焦点が定まっていなかった。
「フレデリック!」
シオンが駆け寄る。
しかし、フレデリックはその場に膝から崩れ落ちた。
「……あ、あ……」
フレデリックが、震える手で自分の顔を覆う。
短期間に繰り返された数十回の「死」。
その代償はあまりに大きすぎた。
「俺は……誰だ……? ここは……」
記憶が混濁し、自我が崩壊しかけている。
シオンは彼を抱きしめ、必死に呼びかけた。
「私よ! シオンよ! 思い出して、フレデリック!」
その時。
ヒュゥゥゥン……。
静かな風切り音と共に、一機の小型艇が広場に降り立った。
流線型の美しい白い機体。
ハッチが開き、一人の男が優雅に降り立つ。
白のスーツを纏い、倒れ伏したユニット・ゼロの残骸と、ボロボロになった二人を見下ろして、彼は満足げに微笑んだ。
「素晴らしい。……実に感動的な愛と献身だ」
ニール・E=ターメル。
全ての元凶が、拍手をしながらゆっくりと歩み寄ってくる。
「シャドウとゼロを退けるとはね。……だが、随分と摩耗してしまったようだ」
ニールは虚ろな目のフレデリックを一瞥し、そしてシオンへと視線を移した。
「さあ、王女シオン。……最後の仕上げと行こうか」




