第六十話
ズゥゥゥゥン……。
土煙が割れ、絶望的な質量を持つ巨大な影が姿を現した。
ユニット・ゼロ。
漆黒の装甲はさらに分厚く増設され、その巨体は以前とは比較にならない威圧感を放っている。
「シャドウ……! アルに負けて逃げ込んだ先が、その鉄屑の中?」
シオンが睨みつける。
『逃げたのではありません。……戦術的撤退と、最適化です』
ゼロの頭部にある赤いモノアイがギュインと不気味に回転し怪しく明滅した。
『リサイクルしましょう。部品としてはまだ使える』
次の瞬間、倒れていたサイボーグ兵士たちの装甲服から、バチバチと強制起動のスパークが散った。
「ガ、ガガ……」
「システム……再接続……」
致命傷を負い、死んでいたはずの兵士たちが、糸に引かれるように不自然な動きで起き上がる。
彼らのバイザーが、危険な赤色に染まっていた。
死体すら操る、悪趣味な傀儡部隊の完成だ。
「死人を操るなんて……!」
シオンが憤る。
『彼らに意識はありません。ただの自律兵器です』
シャドウが無慈悲に告げる。
『ターゲット、キャリコ号の破壊……および王女シオンの拘束。行け!』
命令と共に、死兵たちが一斉にシオンとキャリコ号へ向かって駆け出した。
生前の連携などない。ただの暴力の塊として、数に任せて押し寄せる。
「厄介だなッ!」
フレデリックが即座に反応し、阻止しようと飛び出す。
だが。
ドゴォォォォンッ!!
ゼロの右腕、巨大なパイルバンカーが、フレデリックの進路を塞ぐように地面に打ち込まれた。
爆風がフレデリックを押し戻す。
『貴方の相手は私です、不死身の検体』
ゼロが巨大な腕を引き抜き、フレデリックの前に立ちはだかる。
『SSO-008のいない貴方など、解析済みの旧式データに過ぎない』
「チッ、上等だ鉄屑! シオン! キャリコを頼む!」
「分かったわ! フレデリックも死なないで!」
戦場が分断された。
キャリコ号の前では、シオンが死兵たちの群れを一人で食い止めなければならない。
そして、フレデリックの前には、最強の敵。
「いつぞやの借りを返してやるぜッ!」
フレデリックは地面を蹴り、ゼロの懐へと飛び込んだ。
神速の斬撃。鋼鉄をも断つ斬鬼丸の一閃。
ガィィィンッ!!
ゼロは見てすらいなかった。左腕の装甲だけで、的確に刃を受け止める。
そのまま裏拳のような動作で、フレデリックを薙ぎ払った。
「ぐはッ……!」
強烈な打撃。フレデリックは地面を転がるが、即座に受け身を取ってリボルバーを連射する。
しかし、それも全て最小限の動きで回避、あるいは分厚い装甲で弾かれる。
『遅い。脆い。単純』
シャドウの声が嘲笑う。
『貴方の筋肉の収縮、重心移動、視線の動き……全ての予備動作から、0.5秒後の未来を予測済みです』
ドガァァァァンッ!!
ゼロの蹴りが、フレデリックの脇腹を深々と抉った。
骨が砕け、内臓が潰れる感触。
フレデリックは血反吐をぶちまけながら吹き飛ばされ、神殿の壁に激突した。
「はぁ、はぁ、ぐッ……!」
激痛で視界が歪む。
致命傷だ。肋骨が肺に突き刺さり、呼吸ができない。
だが、死んでいない。意識がある。
『……殺しませんよ』
ゼロがゆっくりと歩み寄ってくる。
『殺せばリセットされ、万全の状態で蘇るのでしょう? ……ならば、殺さずに手足をもぎ、戦闘不能にしておけばいい』
「……性格の悪い、女だな……ッ」
フレデリックは動かない体を叱咤し、這いつくばる。
死ねば治る。だが、殺してくれない。
痛みと出血で体力が削られていく中、リセットという切り札を封じられた絶望。
一方、キャリコ号の前では、シオンが悲鳴を上げていた。
「下がって! これ以上近づかないで!」
衝撃波で吹き飛ばしても、ゾンビ兵たちは痛みを感じず、何度でも立ち上がり、船に取り付こうとする。
シオンは自らの身を盾にしてハッチの前に立つが、圧倒的な数の前に飲み込まれようとしていた。
フレデリックは血に塗れた顔を上げた。
目の前には、パイルバンカーを振りかぶる巨大な影。
背後には、死兵の群れに埋もれるシオン。
最悪の光景。
死ぬことすら許されない真の絶望が、彼を覆い尽くそうとしていた。




