第五十七話
レイオンの夜が明け、決戦の朝が訪れた。
アルの予測通り、夜明けとともにレイオンの衛星軌道上にエコーズの艦隊がワープアウトしてきた。地上からでも確認できる艦隊の数とその中央に鎮座するエコーズ旗艦『ノア・ザ・アーク』の異様な巨影にレイオンの民達は恐怖を募らせていた。
そして、艦隊の到着と同時に無数の降下艇がレイオンの王都へ向けて放たれる。
王宮地下、神殿の前室。防衛ラインとして構築されたバリケードの奥で、アルのホログラムが緊迫した声で告げる。
『敵地上部隊、降下を開始。……想定を遥かに上回る物量です。エコーズ特務部隊の精鋭に加え、無人戦闘ドローンの大群……。さらに、上空のノア・ザ・アークのメインシステムからは、シャドウの強大な防壁と演算の波を感じます』
「いよいよお出ましか」
フレデリックは刀に手を添え、ハンターのように目をギラギラと輝かせる。シオンは緊張と不安に押しつぶされないようにペンダントをギュッと握りしめていた。
作戦は昨夜確認した通りだ。フレデリックとシオンが神殿の入り口で敵の地上部隊を食い止めている間に、アルが神殿の最深部からエコーズのシステムへ逆ハッキングを仕掛け、艦隊と兵器群を無力化する。
そして、この未開惑星への違法な武力介入の証拠を押さえ、ニールを元老院から完全に失墜させる。勝たなければ、ニールの権力で全てが握りつぶされてしまう、絶対に負けられない戦いだ。
だが、作戦の要であるアルの表情は、どこか暗かった。
ホログラムの姿が、ノイズ混じりに微かに揺らいでいる。
「……どうしたのアル?」
シオンが心配そうに声をかけると、アルは自嘲気味に俯いた。
『……計算すればするほど、絶望的な数値が弾き出されるのです。シャドウは、私の設計思想をベースに最適化された最新鋭の管理AI。さらにノア・ザ・アークの膨大な演算リソースをバックアップに持っています。対して私は、旧式のコアにキャリコのシステムのみ……真正面からの電子戦では、圧倒的に不利です』
アルの青い瞳に、恐れの色が浮かんでいた。
『私がシャドウの防壁を破る前に、お二人が敵の物量に押し潰されてしまう確率が……極めて高い。私は、またお二人を危険に……』
「アル」
フレデリックが低く、力強い声で遮った。
「昨日、俺はなんて言った? 『お前がシャドウをぶっ倒すまで食い止める』と言ったはずだ。……相棒の仕事を信じろ」
「そうよ。私たちはアルを信じてる。だから、アルも自分を信じて」
二人の真っ直ぐな言葉に、アルはハッと顔を上げた。
『……ええ。そうですね。私はお二人の相棒です。弱音を吐いている場合では――』
『その通り。電子の身でありながら、其方の魂はなんと美しく輝いていることか』
突如、神殿の奥から荘厳な声が響き渡った。
「!」
三人が振り向くと、昨日啓示を与えたあの『神官』の幻影が、神殿の最深部からふわりと姿を現した。
「神官様……?」
『世界の行く末に関わるこの戦い、我らも黙って見ているわけにはいかぬ。手を貸そう、電子の精霊よ』
神官はアルのホログラムに向かって、静かに微笑みかけた。
『其方らは、随分と「良い船」を持っているな』
『キャリコのことですか……?』
『左様。其方と繋がるあの鉄の船には、其方を慕い、其方を救おうとした数多の民の「祈り」と「思念」が宿っている。そして何より、其方自身が与えられた命令を超え、自らの意志を持った。……本来、機械知性が持ち得るはずのない「魂」が、其方には確かに宿っているのだ』
神官が手を振ると、アルのホログラムと繋がっていたキャリコの機材が、淡い青色の光に包まれた。
『其方を構成する量子演算システムと、その魂……そしてこの神殿の機能を結びつければ、其方もまた、この宇宙に満ちる「リフル」を認識し、利用することが可能となるはずだ』
「アルが……リフルを?」
シオンが驚きの声を上げる。
『さあ、祭壇のシステムに接続せよ。我らが導こう』
神官に促されるまま、アルは神殿のメインシステムへと自身の意識を深く接続した。
――その瞬間だった。
アルのホログラムが、かつてないほど眩い純白の光を放った。
『……これは……!』
アルの視界、いや、演算領域が爆発的に拡張されていく。
冷たい0と1のデータコードの羅列しかなかった電子の世界に、「色」と「流れ」が生まれた。レイオンの星を包み込む、雄大で温かな光の川――リフルの循環。
そして、その流れを阻害しようとする黒いノイズの塊。上空に浮かぶエコーズ艦隊と、シャドウが構築した強固な演算プロトコルが、手に取るように理解できた。
『見えます……! 全てが、繋がって見える……! 情報の流れも、シャドウの防壁の綻びも……!』
ただのデータとしてではなく、リフルの流れとしてアルは敵のシステムを完全に知覚していた。
神殿とキャリコの思念、そしてリフルの力を得た今のアルは、もはやただのAIではない。
『これなら……いけます!』
アルの表情から、先ほどの不安と恐れは完全に消え去っていた。そこにあるのは、圧倒的な自信と、相棒たちを守るという強い意志。
『マスター、シオン様! 私はこれより、電子の海へ潜行。シャドウとエコーズ艦隊へ先制攻撃を仕掛けます!』
「ああ、頼んだぜ! 派手にぶちかましてやれ!」
「お願いアル!」
フレデリックとシオンが、背中越しに叫ぶ。
『ええ……! 当機の全リソースを解放。神殿のシステムと同期……!』
アルのホログラムが弾け、無数の光の粒子となって神殿の奥底へと駆け抜けていく。
地上の防衛線、そして電子の海の激闘。
世界の命運を懸けた、最後の戦いの火蓋が切って落とされた。




