第五十六話
神殿での啓示を受けた直後。王宮地下の神殿前室にキャリコから持ち込んだ機材を展開しながら、アルのホログラムが冷静な声で告げた。
『シャドウのシステムを掌握した際、密かに抜き取っておいたエコーズ艦隊の航行データ……その解析が完了しました。ニール座乗の超大型宇宙要塞「ノア・ザ・アーク」を中核とする主力艦隊が、このレイオンの宙域にワープアウトしてくるまで、猶予はおよそ二十四時間です』
「丸一日か。随分と余裕のご到着だな」
フレデリックはタウラスのシリンダーを回しながら、皮肉げに鼻を鳴らした。
「どうしてそんなに時間がかかるの? あれだけの艦隊なら、もっと早くレイオンを攻撃できそうなのに……」
シオンの疑問に、アルが神殿の構造図を空中に投影して答える。
『彼らの目的は、シオン様とマスターの身柄、そしてこの神殿の無傷での確保です。もし急激な降下作戦や艦砲射撃などを行えば、目的の神殿ごと破壊してしまうリスクがある。……故に、彼らは大規模な地上部隊を降下させ、神殿内部への制圧戦に持ち込むため、部隊編成を整えてから進軍しているのでしょう』
「なるほどな。敵さんは最大火力を使えないってわけだ」
フレデリックが獰猛な笑みを浮かべる。
「なら、こっちからあの巨大な要塞に殴り込む必要はない。この神殿の入り口を塞いで、徹底的に籠城してやればいい」
『はい。神殿の構造は古代の強固な岩盤と未知の力場に守られており、要塞化には最適です。……そして敵の地上部隊がこちらに釘付けになっている隙に、私が神殿の最深部からエコーズの指揮系統に逆ハッキングを仕掛け、敵艦隊の全機能を無力化します』
アルのホログラムが、決意を帯びたように青く瞬いた。
『ただし、敵のメインシステムにはあのシャドウが待ち構えているはずです。彼女の強固な防壁を打ち破り、システムを完全に掌握するには、彼女との直接的な電子戦になります。私にとっても、膨大な演算と時間が必要になるでしょう』
「つまり、お前が電子の世界でシャドウをぶっ倒すまで、俺とシオンで群がってくるエコーズの連中を食い止めればいいんだな?」
『その通りです。マスター、シオン様。私の背中を預けます』
「任せて」
シオンは力強く頷いた。その瞳には力強い意思が宿っていた。
最後の戦いに向けた防衛準備は、淡々と、しかし確実に進められていた。
民の避難場所への誘導、キャリコの自動迎撃タレットの配置、神殿入り口へのバリケード構築、そしてアルの電子戦用リレーアンテナの設置。やるべきことは山積みだったが、オズマやレイオン騎士団の協力もあり、スムーズに準備は進んでいった。
数字の上では奇跡が起きない限り三人に勝ち目はない。しかし、不思議と悲壮感はなかった。
*
やがて、レイオンの夜が更けていく。
すべての作業を終え、神殿の隅に設営した簡易キャンプで、シオンは温かいコーヒーを二つのマグカップに注いだ。一つを自分用に、もう一つを、機材の木箱に寄りかかって目を閉じているフレデリックの前に置く。
「……起きてるんでしょ?」
「ああ」
フレデリックは薄く目を開け、マグカップを手に取った。
「流石に寝酒は望めないか」
「アルに止められたのよ。アルコールは明日の判断力を〇・〇五秒鈍らせるからダメだって」
『当然です。私の計算では、明日の作戦成功率は極めてシビアですからね。万全を期していただかないと』
傍らのコンソールから、小言を言うようなアルの声が響く。
シオンはクスリと笑い、フレデリックの隣に腰を下ろした。
しばらくの間、コーヒーの香りと、静寂だけが空間を満たす。
「ねえ、フレデリック」
沈黙を破ったのは、シオンだった。
「呪いを解いた後……貴方はどうするつもり?」
その唐突な問いに、フレデリックのコーヒーを持つ手がピタリと止まった。
「……おいおい」
彼はマグカップを置き、呆れたようにシオンを見た。
「戦いの前夜に先の話なんてするな。……そういうのは、大抵命を落とすフラグだって相場が決まってるぞ」
「そんなこと関係ないわ」
シオンは真っ直ぐに彼を見つめ返した。
「私は、明日絶対にニールの野望を阻止するつもりよ。だから、その先の話を聞かせてほしいの」
その強い意志の籠った瞳に、フレデリックは小さく息を吐き、古代の石壁に深く頭を預けた。
「……昔はな」
彼はずっと遠くを見るような、静かな声で語り始めた。
「呪いを解いたら、その場ですぐにでも死んでやろうと思ってた。五百年分の疲労と、灰色に変わった故郷とミコトを救えなかった記憶……それから解放されるには、死ぬしかないってな」
シオンの胸が痛む。それが、彼がこれまで抱えてきた絶望の深さだった。
「でも、今は少し違う」
フレデリックは自分の大きな掌を見つめ、ゆっくりと握りしめた。
「不死身の怪物としてじゃなく、ただの人間として……もう少しだけ、人生を全うしてみるのも悪くないって、そう思うようになったんだ」
彼は照れ隠しのように、頭をガシガシと掻いた。
「ま、この五百年働き続けたんだ、しばらくはのんびりさせてもらうつもりだけどな」
その言葉に、シオンの顔がパァッと明るくなった。
彼が「死」ではなく「生」を望んでくれた。それが何より嬉しかった。
シオンは意を決して、彼に向き直った。
「だったら……戦いが終わった後、レイオンにいてほしい」
「……は?」
「貴方も、アルも。……私と一緒に、この国にいてほしいの」
シオンは頬を赤く染めながらも、真剣な眼差しで訴えた。
「レイオンの再興には、まだ時間がかかる。それに、私はまだ王としては半人前よ。だから……貴方たちの力が、必要なの」
突然の提案に、フレデリックは目を丸くして固まっていた。
『……シオン様。それは、非常に魅力的なご提案ですね』
アルのホログラムが、ふわりと二人の間に現れて微笑んだ。
『なんせ私はオルトゥージャを300年で発展させた元神様ですからね?レイオンの復興や発展のご協力であればお任せください……マスター、貴方の「のんびりする」という要件も、この星の豊かな自然環境ならば十分に満たせるはずですが?』
アルにまで背中を押され、フレデリックは大きく溜息をついた。
「……お前らなぁ。勝手に俺の老後のプランを決めるなよ」
彼はぶっきらぼうにそう言うと、シオンの頭に大きな手を乗せ、乱暴にガシガシと撫で回した。
「きゃっ、ちょっと! 髪が乱れるじゃない!」
「うるさい。雇い主の命令なら、護衛としては聞くしかないだろ」
フレデリックはシオンから顔を背け、少しだけ口角を上げた。
「……悪くないかもな。考えとくよ」
その不器用な承諾の言葉に、シオンは満面の笑みを浮かべた。
彼女はフレデリックの大きな背中と、アルのホログラムのコアデバイスを、両腕でギュッと抱き寄せた。
「お、おい、シオン!」
『シオン様、マスターの体温で私の冷却ファンに負荷が……!』
照れて抗議する二人を構わず抱きしめたまま、シオンは神殿の入り口、その向こうの空を見据えた。
「明日、絶対に勝とう。……三人で、これからを生きるために……!」
決戦前夜。
星の記憶が眠る地で、三人の絆はかつてないほど強く結びついていた。




